第40話 別の選択肢。
この国には個人情報保護なんてものはなく、わんさかと贈り物が届いてくる。
私の姿は知られていないがそれでもフリムという人物が王様を助けたということは知れ渡っているようである。
「あの、エールさん。これらは?」
「多くの貴族からの贈り物ですね」
「………」
バーサル様からのお仕事の対価を軽く超えるであろうプレゼントの山。
派閥争いがあるわけだしちょっとは理解できる。社長派閥と専務派閥みたいなものがあって今回その社長が暗殺されかかった。法治国家で基本的に安全な日本と違い警察機関は勝者の味方になるだろうし、もしも暗殺が成功していればその後は専務が社長となってそれまでいた社長派閥は役職を取り上げられ、専務派が会社を牛耳ることができる。
日本でもお中元文化はあったがそれでも賄賂のように思われたりするからと会社によっては値段が決まっていたり、ギフトブックからのみ送っていいとか、そもそも禁止などのルールがあった。
公務員なんかは汚職の防止目的で禁止と聞いたことがあるが、世界を見れば汚職や賄賂に不正と言ったものが当然な国は普通に存在する。
贈り物には純粋なお礼の気持もあるかも知れないがその裏には様々な意味がある。
「良いポストに就きたい」とか「どうぞこれからも仲良くしましょうね」とか……お中元なんかで気の利く人は出世に影響するなんておじいちゃんが言っていた。
子供の精神ならわーいプレゼントだーって喜べるかも知れないが「うちの派閥はお礼をしましたよ」とか「ちゃんと送ったから!うちの家は暗殺に関与してないから!!」なんて言葉が聞こえてくるようで微妙な気がする。
――――……しかし、それにしたって私の情報広まり過ぎじゃないか?
SNSの発展していた現代では情報の速度がとんでもなく早い。世界の裏側のニュースだって1時間もあれば拡散していることがある。
その前はテレビ、その前はラジオ、その前は……ポケベル?いや、雑誌経由や口コミ?それとも井戸端会議が主流だったのだろうか?
現代日本ほど安全じゃない時代であれば情報は自分や自分の家族の生活に直結するし、個人情報保護の観点そのものがなければこんなものなのかも知れないな。それにしたって誰だ?金属製のおまる送ってきたやつは?馬鹿なんじゃないか?
「そろそろ一度帰りたいのですが」
「敵の動向もわかりませんしゆっくり療養してからです。さっ、お菓子でも食べましょうか」
強い薬は表面上の傷は全部治してくれた。戦闘後のボロ雑巾フリムちゃんは最終的に血だらけで見ていられないほどだったらしく、メイドさん達はとてつもなく過保護である。
治っていないのは足で治癒の魔法も体の芯までは届きにくいらしい。強い魔法か強い薬で治すこともできるらしいがあまり強い薬を使うぐらいなら自然治癒の方がいいという判断を薬師様と医師様がした。
ムチで引っ張られたのがそんなに悪かったのかな?……幼女だもんなフリムちゃんは。
ともあれ、寝ているといろんなことを考えてしまってよろしく無い。将来の展望が見えなさすぎる。
王様が一番偉いなら王様のもとにいるのが一番いいのかも知れないが王宮内に何十人も暗殺者来るとかダメダメすぎる。
あの偉そうな宰相様は何を考えているかわからないが苦い顔をしてたまに王様についてくる。エールさんとメイドさん達は甘やかしてくれて……王様は「いつまでもここにいても良いんだよ」って空気を出してて残って欲しそうな雰囲気だ。
日本の私の感性からも少しは理解できる。もしも自分の大切な友達が死んで、その子供が路地裏で生活してたなんて聞かされたら「うちの子になれ」とは言わないでも親類縁者を探してあげたり少しぐらいの間なら生活費の支援だってしてあげると思う。
―――将来を4~6歳の少女が決めなきゃいけないなんてきついな。しかも想定できるどのルートも結構詰んでいる。
肩を回して少しストレッチしてから水の魔法を練習する。やはり最後に物を言うのは自分の力だ。
水魔法ぐらいしか取り柄がないがそれでもこれまで色々練習してなかったら死んでたと思う。火の魔法の人も見逃してくれそうだったけど他にも暗殺者さん達は城中にいたしね。
魔導書に微妙な扱いをされている水刃の魔法、使ってみてフリムちゃん的にも微妙だ。
自分の近くから遠くなればなるほど制御は甘くなるし切れ味はない。水の槍の魔法をとっさに使ったがあれは良かった。槍の形状ではなくある程度の質量を伴った砲弾のように水を押し固めて放って、当てるだけで威力が出た。
水を生成し、固めて、浮かせ、操作し、狙って、放つ。水魔法はだいたいこれらで全部出来る。
初めて使う魔法と何度も使ってきた魔法では魔力の消費も効果も段違いだ。やはり練習あるのみ!!
「<水よ。砲弾となって穿ち抜け>」
連射する水の砲弾は的を破壊し、後ろの壁まで穴を開ける勢いである。
放水魔法のほうが近距離から遠距離まで届くが一撃の威力は足りない。相手を押して距離を作るノックバックの効果という意味なら放水のほうが良いと思う。高圧洗浄は近距離限定、散っちゃうから。
「「「おぉ~~」」」
やんややんやとメイドさんたちに褒められて練習する。
体はまだ痛むし、薬草臭いが魔法は使える。
「噂の爆炎というのはどんなものなのでしょうか?」
「試してみていい?」
「どうぞ、的を新しいものにしますね」
そう言って部下に指示したかと思ったらまた抱き上げられた。
この人私のこと目に入れるぐらい可愛がってる気がする。そろそろ猫みたいに頭吸われるかもしれない。
「蝋燭に火をつけてもらってもいいですか?的の近くにおいてほしいです」
「わかりました」
水の球を空中で操るのは水晶のジャグリングのようで面白かったが、メイドさんが準備してくれたし手早く済ませる。エールさんに抱っこされたままでは気を使う。子供って重いもんね。
水の玉に酸素をいれて薄い濃度のものから蝋燭の近くに落とす。1発では何も起きなかったが2発目でバウッと音を立てて爆発した。
たったあれだけの酸素で衝撃が走った。音にびっくりしたのかエールさんがビクッとした。
「ヒッ!?」
「実験は成功しました」
他の水球は壁際にぶつけて実験は中止。暗殺者騒動があってからそう日が経ってないし、やりすぎれば警備員駆け込んでくるかも知れない。
「も、もう終わりでいいですか?」
「はい、もっと強くしても良いんですけど結構危ないのでこの辺にしておきます」
濃度は分からないが少量の酸素でこの爆発だ。あの時は最後結構全力だったしさぞかし派手に爆発しただろう。爆炎と言われるだけはある。
オゾンや過酸化水素も濃度次第で毒にもなる。いまいちコントロールが分からないが過酸化水素はタンパク質の分解も出来るはずだしもう少し濃度を濃くしてからクリーニングに使ってみようかな?
超濃度の濃いオゾン水刃!とか過酸化水素水刃!更に効果の分からない酸性水やアルカリ水も水刃にしたら………だめだな、風を使う人に逸らされてたし自分にかかったら怖い。攻撃にはやめておこう。
お湯も練習になるし自分でお湯もいれる。
「<お湯よ。出ろ>」
「大浴場を使えばよろしいのに」
「なんで脱いでるんですかエールさん」
「一緒に入ろうかなと」
二人ぐらい入れそうな湯船で楽しむ。
一緒に入った。エールさんは出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいるナイスバデーだ。私もそうなりたいものだ。
「このお湯は……とても良いものですね。染み込みます」
「染”み”る”わ”ぁ”」
「ふふっ」
おっさんっぽく染みるわぁというと笑われてしまった。
魔法で作った水は人によって凄く美味しいという。私にはあまりわからないのだが親分さんもバーサル様も、ここの人たちも皆そんな反応だった。
高級な石鹸で体を洗ってもらう。凄く臭い薬品。後でまた塗ることになるがかぶれたりするかも知れないししっかり洗い流す。この卵肌だけは多分負けてないな。うん。
湯上がりにちょっと実験してみる。
少し冷えたジュースは用意されているが冷たい水を出してみる。限界まで冷やしたらどうなるかな?
「<水よ。限界まで冷えて出ろ>」
コップに注ぐと水はそのまま凍っていった。………化学の実験みたいだな。
過冷却水。確か炭酸ジュースを限界まで冷やしてから出そうとするとシャーベットみたいになるやつだ。冷凍庫で実験してみて面白かったのをよく覚えている。飲もうとしても始めに少しだけジュースが出て残りはペットボトルの中で凍って出てこなかった。
「こ、氷!?……いえ、これがフリム様の努力の結晶………さぞ辛い生活を…………うぅっ」
「なんとなくやってみたらできました」
なんか勘違いされた気がしないでもないが、風呂上がりに冷えたドリンクは美味しかった。
エール先生によると『魔法』は国で特色が違う。この国では精霊との契約が根本にある『精霊魔法』が基本で、精霊に願ったり声に魔力を込めればそれで成立する雑な魔法である。私の魔法もコントロールは必要だけどかなり雑く出るしね。
ドワーフの国家で発展する『魔法陣』神聖国家ルターティブでは神に祈る『祷式魔法』獣人国家では『血統魔法』蛮族が使うとされる『狂戦士化』流浪の一族が使う『秘術』他にも多くの種類の魔法があるがその国にしか無いわけではない。ある程度は何処の国にも普及しているようだ。
そして基本となる『魔法』の研究は何処の国でも行われている。魔法の力を込めた魔導具、不審者の取り調べで描いた絵を箱に入れると火を噴いて何枚も同じ柄が出てきたのはきっとそういうものだったはず。
この国の魔法は他の国と比較して雑である。周囲にいる見えない精霊が力を貸してくれるとか言う雑かつ謎の法則で、魔導具や魔法陣のような緻密さはない。
基本の魔法は詠唱や杖の振り方に魔法の発生元となる触媒が必要だと………。
「フリム様は火や風を使ったそうですがなにか道具や触媒を使ったのですか?」
「いえ、あれは水から酸素と水素を取り出しておいていただけです……着火したのは敵の火ですね」
「サンソ?水が燃える………??」
「すごいでしょー」
「?????」
えへへと笑って誤魔化したが酸素や水素は知られていなかったようだ。私は水の魔法しか使っていないが城で最も言われているのは爆炎のフリムだ。
酸素や水素って化学の実験でちょっとだけ燃やしたことがあったけど、魔法だと感覚で作ることになるから濃度とかわからないんだよね。オゾンとか至近距離で出した時は焦った。
―――そろそろ怪我も良くなってきて王宮生活も終わりかなと思ったら王様が来た。
「なぁ、俺の元に来ないか?」
「安全だったら行きますって言えるんですけどね」
この人は敬語よりももっと気軽に話せと言われたのでそうしている。
「そっか、俺も王位なんて欲しくはなかったんだがなぁ……これからどうするんだ?」
「それなんですが親分さ……じゃない。まずは商人のドゥッガ様に相談しようと思います」
親分さんに「出てけ」って言われたらその時はその時である。
敵対したと思われる王様の父親のお兄さん?に首にして持っていかれる可能性もあるかも知れないがそれなら全力で抗うつもりだ。噂の爆炎魔法が火を噴くぜ。
「ドゥッガか、調べはついてるが危ない商人だな。………しかし、そうだな」
なにか考えこんでいる王様。エール先生とイチャイチャ……じゃない。最後の魔法の勉強をしたいし出ていってほしいのだが。
「なにか?」
「新たな道を示してやろう。帰ったら―――――――」
「えぇ………」
王様から提案された新たな選択肢は―――――とんでもないものだった。
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