第19話 貴族の仕事二日目。


「ご無事で何よりです!ローガンさん、マーキアーさん!」


「………」


「え」



私は1日気が重かった。もしかして二人がすぐに帰ってこなかったのはパキスが嘘でも親分さんに言って逆に二人が棒叩きにでもあってるんじゃないかって。


だというのに二人共面食らった様子だ。ローガンさんは口がほんの少しだが開いたままだし、マーキアーさんは「え?」と一言でて固まってしまった。



「ご心労をおかけして申し訳ありません」


「心配してました!」



何だこの反応。私なにかやってしまったか?なんて思ったがすぐに思い至った。二人は奴隷を心配するような言葉を上役の私がかけたことに驚いたんだと思う。


剣闘奴隷たちは命のやり取りや勝利で酒を飲まされたりして人と接するから人間味が残っている方だが人によっては感情が死んでしまってムチで打たれるまで全く動かないような人もいた。


私は奴隷と言っても人だと思うし、ちゃんと自分なりに扱いたい。そうも出来ない場面もあるかも知れないがそれでも人は人だ。



「フリムちゃんは奴隷に優しいんだね」



膨らんだベッドから声がした。……もう一人いる?


布団で寝ていたのはパキスの兄貴分の一人だ。闘技場で話した関係者用の入り口にいたまだ話の通じる兄貴さん。



「パキスの代わりに来た。久しぶり」


「お久しぶりです兄貴さん」



まともに話したのは多分二度目、私に暴力を振るった兄貴さんではないが、危険な相手だ。



「兄貴さんじゃなくて名前で呼んでくれ、仕事で必要かもしれないだろう?」



不味い……私はこの人の名前を一度も聞いたこともない。



「名前を聞いたことがないです。パキスさんには兄貴としか聞いたことがなかったので」


「ふふ、だよね、ちょっと意地悪したかったんだ―――――……ミュードだ、よろしくね?フリムちゃん」



からかわれただけだろうか?パキスのことで敵討ちに来たとかではないだろうか?兄弟だし……もしも暴力を振るわれても、今この場には誰も止める人がいない。


何を考えているかは分からないが怖くてたまらない。



「ミュードさんでよろしいでしょうか?」


「うん、ここには奴隷を運ぶのに来ただけ。時間も遅いし泊まって行けって言われて泊まることになったんだ、で?パキスはなんであんなに怒ってたの?」



―――ひやりと冷水が背中を伝った。どう答えるべきだろうか?いや、嘘を言ったところで既にローガンさんたちから伝わっているだろう。


ミュードさんに怒気は感じられないが、それでも何発か殴られるだけの覚悟はしておかないといけない。



「パキスさんは元々私の上司でして、親分さんに私の部下としてつけられたのが気に食わなかったのではないでしょうか?」


「そっか、災難だったね」



……あれ?パキスのことで怒ってるわけじゃない?



「すいません、ミュードさんにもお手数おかけしてしまいました」


「いや、いーよいーよ……どうせパキスが悪いしね、おやすみ、寝ろ寝ろ」


「はい、おやすみなさい」



できればこの夜のうちにオルミュロイには妹と話してもらいたかったし、ローガンさんたちには何があったのか聞きたかったが、彼が大部屋に居る以上そうも出来なかった。


寝るように言われたので並べられたベッドに入ろうとして……床で寝ようとしているローガンさん達を見た。



「ローガンさん、皆さんベッドで寝てください」


「よろしいのですか?ミュード様と同じ床に寝るなど不敬では?」



何だよその理屈、胃がムカムカするし、でもそういうものなのか?


いや、でも、この場合は……。



「ここで寝るように言ったのはこのお屋敷の人です。せっかく用意されたベッドなのに使わなければこの屋敷の人に『せっかくの厚意を無下に受け取らなかった』と見られるかも知れません……よろしいですか?ミュードさん」


「うん?いいよいいよベッドで寝な?」


「ありがとうございます」



私がベッドで寝てるのに、タラリネたちが床で寝るなんて気分が悪い。



「やっぱり、君は奴隷にも優しいんだね」


「奴隷だって人です。それに私は彼らの上司として親分さんに言われました。親分さんの所有物である彼らを大切に扱うのは当たり前でしょう?」



所有物、なんて言いたくはなかった。それでも、ちゃんとした理由を言わないといけない。


少し優しい顔をしたミュードさんだが何を考えているのだろうか?



「そっか……そういうことにしよう、おやすみ」


「はい、おやすみなさい」



何を考えているかわからない男が隣のベッドで寝ていて、緊張して寝られないかと思ったが疲れていたのかすっと寝ることが出来た。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




朝起きると既にミュードさんはいなかった。


すぐに仕事となって昨日と同じように、いや、二人増えたし柔らかいブラシで苔や汚れを落としてもらう。ローガンさんは身長もあって助かる。



「マーキアーさん高く持ち上げてください」


「わかった」


「このあたりも汚れが取り切れてませんね、いきますよ」


「おう」



像をブラッシングするのは壊しそうで怖いとマーキアーさんが拒否したためローガンさんの代わりに私を持ち上げてもらった。


昨日の像のチェックだ。幼女ボディの私には像の上まで見ることは出来ない。タラリネの前でオルミュロイに頼むのも忍びなかったしね。



「その像は昨日していただろう?なぜまた同じ像をする?」



従者の人が見に来た。昨日と同じ人だし私達の管理を任せられているのかな?



「おはようございます。昨日は夕方でしたし日の角度が違うので汚れを見逃していないか全体の検査と見えなかった汚れ落としをしています」


「なるほど……飯だ。食ったら洗っておけ」


「わかりました。ありがとうございます」



この世界に来てからスラスラ出る言い訳。いや、言い分だな、これが言えないと殴られるかも知れないしね。


昨日と違ってご飯はちゃんと出た。硬いパンに、美味しそうなスープ、少量の肉にサラダ。


従者さんたちがもってきてくれた遅めの朝食は親分さんのところで出る基本的なご飯より幾分豪華だ。私は親分さんのところで食べているから長持ちするようなものが多いだけあってスープは久しぶりだ。



「昨日は余りが出なかったからな。いつも出せると思うなよ」


「いえ、ありがたく頂戴します。バーサル様のご厚意に感謝を」


「……お前らは数日はいると聞いた。いつものいけすかん奴らとは違うな、調子が狂う」



それはそうとマーキアー、地面に下ろしてほしい。足プラーンとしたまま話すのはそれはそれで変な気分だ。



「まぁちゃんと出せるようには調整してやる。まぁ励めよ」


「わかりました!頑張ります!」



笑顔で伝えると従者さんは行ってしまった。



「さぁご飯食べましょうか!」



一つ一つ、全部注意して生きるのは……本当に息苦しいな。



――――それでも、まだ路地裏で寝るよりかはマシか。

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