第8話 新たな賭け事。
「なんか客減ってないっすか?」
護衛のモルガさんがなんか言い出した。親分さんの機嫌が悪くなるようなことでも遠慮なく言ってしまう巨漢さんだ。
「そうだなぁ、雨が続いたってのもあるが」
「聞いた話じゃ、ルカッツの奴ら新しい博打を始めたってよ」
「そーか」
空気が重い。良くない話だし親分さんがいきなり怒ったらどうしよう……パキスの本気の暴力なら耐えられたが親分さんのぶっとい腕であれば私なんてひとたまりもない。
聞き耳だけ立てながら硬貨を数え続ける、まともな銅貨が243枚に汚れてたりするのが1655枚、使えるか怪しいのが26枚………よく親分さんは今までこれを一人で計算してたな。
「賭け事、賭け事なぁ……なんかフリムは思いつかねぇか?」
「え?わ、私ですか?」
「なんかねぇのか?」
「その……」
親分さんが怒ってしまうかもしれないしなんて言って良いのかわからない。上手く自分の有用さを売るのには良いかもしれない……がそんなアイデアを出す幼女って不気味すぎないか?
今までの『魔法』も『計算』も『掃除』も、この国では少しぐらいできる人はいる。
だが幼女が簡単に『儲かる賭け事の方法!』なんてのを言い出すのはわけが違うだろう。
「好きに言え、なんかあるか?」
「と、賭場を見たことがないの、で……」
「ああ”?」
「―――すいませんすいません!」
ペコペコ頭を下げて歯を食いしばる。
殴られたときに口を開けていたら舌を切ってしまうかもしれない。親分さんには「他の部下よりも使えるやつだ」という評価があるからかこそ少し優しい対応をしてもらっているが今回は失敗したか?
「……まぁいい、モルガ、ちょっとフリム連れて回ってこい」
「へい」
おっきな体のモルガさんが立ち上がった……今から!?今からすぐ行くの?!
「あの、仕事は?」
「この歳になるとなかなかいい案も思いつかねぇしな、任せた」
「行くぞ、フリム」
「………はい」
いつもなら賭場には入らず裏の瓶に水を入れるぐらいしかしてこなかった。今ならボロ雑巾以下の服から少しはまともな服を着るようになったし水浴びで身綺麗にしているから追い出されはしないはず。
どんな博打をしているかは分からないが……賭け事は好きではなかったしなんかやだなぁ。
作業要員スペースで何人か見知った顔の人に手を振られる。トイレ掃除から引っ張りだこでなにげに人気者となっているのである。
「離れんなよ」
「はい」
―――賭場は思ったものとは全く違った。
前世でカジノと言えばガードマンがいて、上品な内装に紳士的なスタッフ。スロットやカード、ルーレットやダイスなんかあるのが主流だろうか。
賭け事は他にも多くある。日本であれば競馬や宝くじなんかも誰もが知っているものだし。国によっては玉を転がしたり馬ではなく豚や子犬なんかを走らせたり、虫や鶏を戦わせたりするそうな……、いや、ここで行われているのと同じく人間が闘うこともあるのか?なんか粗末な格好の怪我した人が酒を飲まされている。
そこかしこに酒で寝た人がいるし、白熱しているのか私のことなど見向きもしない。
空気も悪い。魔法か何なのか明るいことは明るいが……とにかくくちゃい……タバコと香水と汗と酒の………酷い匂いでむせ返りそうだ。スタッフのお姉さん方に手を振られたので振り返しておく。
全体的に少しいい服を着た、裕福そうな人が金や酒、割札らしきものを握りしめている。
全体的にどんな賭けを何をやっているかわからないが大きなコマを回して倒れる方向を賭けていたり、なにかのカードゲームに興じている。
「飲め!もっと飲め!!」
「いただきます!」
「くっそ負けた!今度こそ!!」
「お客さん、酔い過ぎですよぉ」
「てめぇ!!」
「何しやがる!!!」
「ははははは!!!やれやれぇ!!」
「肉もってこい肉!!」
治安は、良くないな。いやかなり悪い。殴り合ってる人だっているのに周りはそれを当たり前と受け止めている。
「次行くぞ」
「……はい」
モルガさんと離れないようについていく。ただでさえ幼女は目立つし、こんな場所でお守りのモルガさんと離れれば遊びで殺されかねない。
モルガさんは名のしれた巨漢だし周りの人もよって来ない。
階段を降りると、熱狂が渦を巻いていた。
「ヒッ!!?」
地下はコロシアムであった。
武器を持って殺し合っていて、死んだ人が壁際に寄せられている。
首輪がついている人がいる……奴隷だ。一瞬で、強制的に命のやり取りをさせられたことが見て取れてしまって、喉の奥から気持ち悪いものが出そうになって必死に飲み込む。
ここで粗相してしまえば下手すれば彼らの仲間入りかもしれない。
それに気持ち悪い理由は他にもある。これまで数えていたお金が、彼らが殺し合って、それを見て目の前の人達が楽しんで金が賭けられたのか、そう思うと得体のしれない不快感で吐きそうに、いや、その場で吐いてしまった。
今までここで食べていた食べ物は、彼らの命で儲けていたのかと思うと、余計に気分が悪い。
誰も私のことなんて見ていない。何ならこの床にだって血の跡はあるし酒や食べ物の骨が落ちていて汚い。
「大丈夫か?」
「す、すごい匂いでつい」
すぐに取り繕う。
この部屋が汚いのは確かだし、私の出した吐瀉物とは別のものもあった。理由は充分だろう。
「そうか?」
すぐに起き上がって、賭場全体を見る。
人の死体が見える位置であるだけでも最悪の気分だが、私の中の知識が前を向けと言っている。
歴史や文化は好きで色んな国に旅行に行ってたし色々とアイデアはある。
今も腹を剣で突かれて死んでいく男がいる……助けられなくてごめん、そう、胸の中だけで考えてしまうが、自分にはどうしようもないのだと言うこともわかって、本当に気分が悪くなるが……
「しばらく見させてください」
「そうだな、おーい酒持ってこーい!!」
目を逸らさずに、今も死んでいく人達を見る。大人と子供、圧倒的な体格差で殺されていく。
―――ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
心のなかで自分の道徳観や何も出来ない不甲斐なさで謝り、顔も名前も知らない彼らの来世に祈る。
吐き気がするが見なければならない。
わかってる。人が一人特別な知識を持っていたって変えられないこともある。人を一人救うのだって日本でもなかなかない話だ。所詮私は小さな子供で、魔法が使えるだけ。
今ここで檻を壊すために魔法を使ったらどうなるかな?皆助けられる?いや、ありえない。モルガに殺されて終わりだろうし、奴隷たちも助けられはしない。
助けられなくて、ゴメンナサイ……
熱狂の中、歯を食いしばって涙をこぼさないように静かに観察する。
ここで死んでいく命は助けられない。見捨てるしか無い。だけど、せめて、賭場の改善を親分さんが求めてきたんだから私にはこれを変えるだけの知識があるのかもしれない……!
「ちっ、また一発だ。」
「これじゃ賭けにならねぇよ」
「酒もってこい!こっちだ!!」
「殺せ!殺せ!殺せ!!!」
「ビビってんじゃねーぞ!!」
私は、本当に最低だ。
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