第4話 親分の機嫌。
「ちっ、たくよぉ……フリムだったな?良く言ってくれた」
「は、はいぃ」
返事が喉から出ただけマシだろう。瓶を持ち上げて窓で瓶の中をガシガシ手ぬぐいでこすり始めた親分。
「ったく、使えねぇなぁ」
「あの、みズ出しましょうか?」
「ん?ちょっと待て、洗い終わったら水を注げ」
親分さんは護衛がいなくなって瓶を自分で洗い始めた。私には大きくて持ち上げられないし手持ち無沙汰だ。
「はい……洗うための水、は、いりますか?」
「余裕はあるのか?」
「はい、それと、ゴメンっサイ、です」
「……何謝ってんだ?」
瓶を床において、うつむいてる私の顔をしゃがみこんで覗き込んできた親分さん。
顔に傷もあって、本当に怖い。
「あ、あの、その」
「何を謝ってるか聞いてるんだ、さっさと言え」
「はい、その、この前親分さんにこれでめしくえって言われて渡されたお金、使えなかった、です」
「あァん?金はどうした?」
「ここの、お兄さンたヒに……と、とられました」
思いっきり噛んだ、このまま失敗したら殴り殺されるかもしれない。だけど何もしなかったら………どっちにしろ栄養失調かパキスに殴られて死ぬかな?
「………そうか、おら、水入れろ」
「はい<水よ出ろ>」
意外と瓶は汚れていたようで数回洗ってから水を注いだ。親分さんは怒っている様子もなかったのは幸いだ。
こうやってるとその辺のお父さんと同じような様子だけど何処に怒りのスイッチがあるのかわからない。
「おい、これ食ってけ」
「い、良いんですか?!」
「おう」
机の上にあった肉を渡されてその場でむさぼり食べた。
あまりにもお腹が空いていて、ちょっと硬くなった肉で噛み切るのも大変なのにとにかく噛んで飲み込んでいく。日本人的感覚では美味しくない肉だが、どんどん体に染み渡り、栄養で満たされていく。栄養が全く足りていなかったのがわか
………しまった親分の目の前だ!
「す、すいません」
「―――いや、気にすんな」
親分さんはデスクに座って片ひじをついてこちらを眺めていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
気がつけば生きて帰ることが出来た。
「おい、金」
「貰えなかったです、お肉ぽいって渡されてその場で食べました」
「……ちっ役立たずが」
待遇の改善どころではなかったが親分さんに私の顔を売ることが出来たんじゃないかと思う。ヤクザやマフィアに味方するなんてって考えが頭をよぎるが今は生きるだけが精一杯でそれしか選択肢がない。
それから親分のもとには4日に一回から2日に一回と呼ばれる回数が増えた。水を入れ替えるだけだし見られている気はするが特になにか言ってくることはない。
毎日怖いと言えば怖いがパキスや他の兄貴さんの暴力は格段に減った。
「終わりました」
「おう、今日はこれやる、ここで食ってけ」
「はい、ありがとうございます」
それと来るたびになにか食べ物を渡される。部屋には肉や野菜、果物が置かれているがその中でも少し痛みかけのものをポイと渡されるのだがさすが親分さんの食べるもの、日本産の品種改良された果物や野菜と比べると美味しいかと言えばそうではないがお腹が痛くなることもなく食べることができる。
「それと今日から賭場の水も入れてけ」
「はい」
この世界、いや、この国には衛生観念というものがあまりないようで……私の仕事は水回りなだけあってどうしてもよろしくない部分が目につく。
真っ赤に錆びた包丁に、苔の生えた飲み物用の瓶……肉用のまな板と野菜用のまな板にだって気を使う人もいる日本人的衛生観念からはとても考えられない。
賭場の裏の飲み物用の大瓶5つに水を注ぐ。本当はもっと早く一気に出せるが、仕事ができればできるほど仕事は増えるし、パキスっていうクソ上司は「どんどんやれ、死ぬまでやれ、やって俺の役に立て」っていう屑上司だしなぁ……仕事を抑える理由が命がけって日本超えてる。
終わればパキスの監視の元いつもの水売りだ。パキスは常に誰かを殴らずにはいられないのだろうか?いきなりまた殴られた。
「おかみさんは魔法使えないの?」
「小さな火を出せるぐらいだよ」
「便利ですね!」
「でしょう!」
できれば今すぐにも助けてくれる人が現れてくれればと願ってしまうがそうも行かない。
現代知識があればもう少しなんとかできるかもと思うが失敗したときは自らの命が散ると考えると慎重にならざるを得ない。
「じゃあこの薬を作るのにはこういう水が良いんですね?」
「そうじゃの、魔力がこもっとるほうがいい薬ができるの」
「そーなんだ!」
宿屋のおばさんや薬師のお婆さんにも仕事の合間に話を聞く。彼女たちにとって私は盗みを働く可能性もあるから水を入れているときはすぐ近くにいる……私は何もしないがパキスがなにか盗ってるのは見たことがある。
信用も信頼もされていなくて少し悲しいがこんなものかもしれない。信用されるにはもっと時間が必要だ。
―――少しずつ、少しずつ情報を集めて自分の価値を高めないといけない。
いつかはまた親分さんに一言言ったように、自分の命をかけないといけないかもしれない。
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