第3話 賢いことはばれてはならぬ。


異世界生活4日目、同じように働いて金を儲けるが少しこいつを騙すことにした。



「フリム、さっさとついてこい……フリム?」


「はい……」


「どうした?あるけねぇのか?」


「お腹がっ……すいてっ」


「いつもと同じ量食っただろ?足りねぇってのか?贅沢じゃねぇか」



日に日にふらふら歩くようにして、栄養不足であると見せる。


私の稼ぎはきっと高給取りのはずだ。


店屋の呼び込みで1食で銅貨7枚と言っていたが私の稼ぎは明らかに1日銅貨100枚を超えている。


お店なんかの水の補給はどんな契約でいくらもらっているかは知らないがあまりにもマージンを取りすぎだろう。



「私も、成長してるので、食べる量が増えたのかもしれません」


「そっか……クソがっ!俺を舐めてんだろボケが!!」



いつもの暴力、自分よりも体の大きなパキスは何もなくても殴ってくるし本当に最低だ。体を丸めて耐えるしか無い。



「うぐっ……やめ、やめてください」


「くそがっ!お前は俺の言うことを聞いてれば良いんだよ!俺だって兄貴に金渡さなきゃなんねぇのに!!馬鹿!言ってんじゃ!!ねぇっ!!!」


「……!……!………!!」



ただただ、痛みに耐える。


子供のパンチだが私はさらに小さい子供、栄養失調の…肋骨の浮かんだ女の子。


栄養失調は誇張表現しすぎたかもしれないが指先が震えることもあるし、ふらふらしてしまう。


ガスガス踏みつけられて生命の危機を感じる。食べられなくても死ぬしか無いのでいつかは抗議しないといけなかったのだが。



「言うこと聞けよな!さっさと来い!愚図がっ!」


「………ぁい」



この悪党には、子供なりの情というものがないし、手加減も知らない。


まともな提案だったはずだ、うまく行けばもう少し良い飯が食べられたはずだ。しかしまずいスープの増量どころか味わえたのは鼻血の味。


しかも昼時の、大通りのすぐ横、誰かが助けてくれる可能性もあったが皆見て見ぬふり……あぁ、最悪だ。




パキスにとっては言うことを聞かない馬鹿のしつけ程度に思っているんだろうけど……私の策はまだ続いている。


袖で鼻血を雑に拭って今日の仕事を終らせる。


パンもスープもなしだ。



「さっさとついてこい」


「……はい」



フラフラと壁にぶつかってついていく。パキスは全く私の心配をしていないどころか遅い私をのろまと偶に小突いてくる。


いつもとは違う路地、パキスの縄張りよりも更に奥、ドゥッガ一家の親分のいる場所だ。



「よぉパキス、今日のアガリはどうだ?」


「いつも通りだ」



私をボコボコにしたのとは違う兄貴分にパキスは金を渡した。


刺激したら、それだけで殺されるかもしれない。殴られても何処か遠くの出来事と俯瞰していた自分も流石に震えるほどに恐ろしくなってしまった。



「けっ、しけてんなぁ………おらよオメェの取り分だ」


「あいよ、親父の機嫌は?」



下を向いてやり過ごす。鼻先に鼻血がまだたれてきているのがわかる。



「いつも通りだ、さっさと通りな……」


「へいへい」


「おいまて」


このまま通り過ぎることができると思ったが――――兄貴分の人が私の顔を下から覗き込んできた。


震える手を握りしめる。



「この小娘、死にかけてねーか?」


「いつも通りだし死んだって構いやしねーよ」



最低でもナイフをもってる男たちがたむろしている。


そのすぐ横を通り抜け、路地から賭博場の裏へと入る。



「さぁ賭けた賭けた!」

「お見事!運がいいねぇお客さん!」

「良い賭けっぷりだね旦那!」

「だぁっ!ちっくしょー!」

「ははははは!」



にぎやかな観衆の裏で私は従業員用らしき通路を通って親分の部屋に向かう。



「……さっさと行け」



途中何人も武器を持った男たちが門番のような役割の人に急かされる。ボディチェックはされないが人によってはされるのだろうか?


以前に来たのはボコボコにされる前だがちょっと覚えている。ここの親分は食物と飲物は目の前で毒見させる。私の役目は数日分の水を瓶に入れることだ。



「さっさとしろよ」


「………はい」



パキスは部屋に入れない、入れるのは私だけだ。以前親分は毒を盛られたそうで凄く慎重だ。


親分が金勘定してる机の前で私は水を注ぐ。前に来たときにはおいしい水に興奮して銀貨をくれた。


今日も無言で水を入れて終わりのはずだ。そこでできれば現状の改善を求めたいが、結構危険だ。親分はあっさり人を殺すし、なんなら今も部屋の端で血を流した人が倒れたままだ。



「おぉ、フリムだったか?前の水はうまかったぞ」



……っ!



「はい、ありがとうございます」


「お前の水は美味くていいな、そこの瓶に貯めろ」


「はい」



状況の改善なんて望めない、この男の機嫌一つで10分後には命がないかもしれない。


ビクつきながら瓶の蓋を取ると……少し汚れている。指先で確認するとぬめっているし明らかに良くない。



「あ、あの」


「ん?なんだ?」



親分さんは既に金勘定に戻っていたが私の呼びかけに応えてくれた。横の護衛の男たちにいきなり殺されなくてよかった。


………自分の命を自分以外の誰かの機嫌一つで奪われる可能性が、とても怖い。



「か、瓶、瓶が汚れてますがその、ままいれてもいいです、か?」


「なんだと……?」



親分さんが立ち上がり、護衛達の空気が凍った。そのまま歩いてきて瓶に手を突っ込んだ。



「……この水瓶、洗っとけっつったよな?」



護衛を睨みつけて目が座っている親分さん………不味いっ!



「え?言ってましたっけ?」


「てめぇは俺が言ったことを覚えられねぇな……舐めてんのか?」


「舐めてない、です」


「じゃあその頭が悪いんだなクソがぁっ!!!」



空気が凍りつき、親分さんが部下の人を殴った。眼の前の大人の人の本気の暴力。肌がひりつくなんてものじゃない、灼けて焦げ付いてしまいそうだ。



「この!俺が!言ったことを!!守れねぇやつは!!!いらねぇ!!んだよ!!!ゴミがぁっ!!!!」



目を背けていても、人が踏まれて、潰れ、水の……血の音が聞こえる。



「はぁはぁっ!こいつもそのゴミも連れてけっ!!」


「は、はいっ!」



他の護衛の人に命じて、部屋には私と人を殺したばかりの、猛った親分さんだけになってしまった。



―――足が震えてしまう、自分で立てていることが不思議なぐらいだ。

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