騙されて闇バイト

平中なごん

一 架空請求詐欺

「──ああ、もしもし。こちら、◯◯警察署の生活安全課なんですけどぉ、あなたの銀行口座の情報が詐欺グループの持っていたリストに載っていましてね。ちょっと確認がとりたいんですがぁ…」


 簡素な事務机が並んだオフィスビルの一室……幾人もの通話する声が響き合う騒音の中で、俺も御多分に漏れず、警察官を偽装すると金持ちの高齢者宅へ電話をかけている……。


 俺の名は実波義明みなみよしあき。見ての通り、今は架空請求詐欺のカケコ・・・をやっている。


「……ええ。それじゃあ、後でご自宅の方へ伺いますんで……はい。それでは後ほど……よし! 契約・・、一本取れましたーっ!」


「おお! グッジョブだ。今週のノルマ達成は近いぞ? この調子でどんどんいってみようか! おい! 誰か空いてるウケコ・・・いるか?」


 電話を切り、隠語という程でもないのだが、「カモが引っかかった」ことを意味する言葉でリーダー格の男に報告すると、彼は俺を調子よくおだてた後、さらなる営業努力を暗に要求してくる。


「ハァ……次で今日の電話50件目か……騙されたぜ……」


 俺は短く溜息を吐くと、机の上にあるターゲットのリストをぼんやり眺めながら、リーダーには聞こえないよう小声でボヤきをひっそりと呟いた。


 まあ、他人ひとのことは言えず、金持ちの老人を騙す仕事をしている身の上ではあるのだが、俺達だってに騙された人間の一人である。


 某SNSで見つけたこの闇バイトに応募した際、まさかこんな大変なことをさせられるとは思ってもみなかった……正直、今からでも辞めたいくらいだ。


 ここにいる俺と同じ下っ端の連中も、きっとみんな同じ思いでいることだろう。


 だが、たいていのやつが真っ当な働き口がなくて食うに困ったり、闇金の借金取りに追われている連中だったりするので、そうおいそれとは辞めるわけにもいかなかったりする。


 その上、この闇バイトを始めるに当たり、相手がこんな反社とは知らずに実家の住所など個人情報も記して履歴書を提出しているため、いわば家族を人質に取られているようなものである。


 もしグループを脱けたいなどと言った日には、家族に危害を加えるとかなんとか脅しをかけてくるに違いない。


 だから皆、こんな犯罪の片棒を担がされる危険な仕事、本心ではすぐにでも辞めたいと少なからず思っているのだが、そうした諸事情によって脱けるに脱けられないでいるのである。


 しかし、簡単な仕事だって聞いてたのに、まさかこんなキツイ労働だったとはな……。


「ほんと、騙されたぜ……ああ、もしもし? こちら◯◯警察署の生活安全課ですがあ…」


 俺はもう一度小声で呟くと、配られた詐欺師共通通話マニュアルと睨めっこしながら、再びカケコの仕事に精を出すことにした──。

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