突然だった出会いはあっという間に過ぎてゆき、その後は何もなく、ただ変な視線を感じながら無事に生徒会室の前まで来ることができた。

 だが……何故だろう、中から全くもって人の気配しないのである。

 まだ開けてもないのに分かるわけないだろ、と言われてしまったらそれまでなのは理解している。

 だけど、気配をなんとなく感じてしまう、というのが人間に関わらず、動物全般に備わっている気がしないだろうか。

 例えば、家にいて急にチャイムが鳴ってインターホンを覗いた時に、いかにもめんどくさそうな感じのスーツの人が映っていた時、息をひそめて見なかったことにするみたいな。

 ……あれ、これ例え違うな。

 これだと俺が生徒会室の中にいて、扉をノックされたときに思わず息を潜めちゃうときの例えだ。

 じゃあなんだ?

 ……まぁいいか。

 とりあえず、言いたいことは「いると思っていた人が扉の先にいなかった時、ちょっと寂しい気持ちになる」ってことである。

 そんなことはいいから早く扉を開けろって? しょうがない……今開けますよ。

 ガラガラぁー。


「いや、本当にいないんかい」


 そこは「いや気配ないと思ったらいるんかい!」、と言うのが様式美なんじゃないかと心で思っていたらそれが裏目に出たらしい。

 前もこう思って勢い良く扉を開けたら、普通の顔して生徒会長が作業してた時があったから何かこう……。

 暖簾に腕押しの拍子抜けな現状です。……学校に暖簾なんかないけどね。

 そんな、学んだことを脳で反芻したがるお年頃なことを自覚しながら、いつも座っている席に座って、散らかっている机の上を見てみると、そこにはもうすべての枠が埋まっているスタンプラリーの厚紙が置いてあった。

 おお、早いなぁ……。

 一年一組、二年二組と続いて製菓部に書道部など、校内地図を見た時に広く点々とあるチェックポイントを全て回った証。

 最後のチェックポイントである、茶道部のスタンプを押してから生徒会室で交換してもらえるステッカー。

 これは自慢じゃないけれど、なんてことを言って次に言うのは必ず自慢である。

 ――満を持していうけど、我ながら素晴らしいアイデアだと思う。

 というのも、三人体制になって初めてのイベントだったから、協力して何かを実行している感覚が強いのだと思う。

 これが達成感というやつなのか。いや、まだ終わってないけどね。

 なんて、一人で勝手に達成感に浸っていたそんな俺の目に、ふと入ってきた一枚の厚紙。

 普通にいっぱいある厚紙の一枚だろ、と考えて無視しそうになった俺の脳は急ブレーキを踏んで視線と頭がピタッと止まる。

 そして、もう一度その厚紙の方に視線を移す。

 冷静になってそのスタンプのを数えてみる。

 一、二、三、四、五、六、七、八……。

 明らかに一つ分スタンプが多いのが分かる。……これは一体どういうことだろう。

 気になって、山になっていた厚紙に手を突っ込んで一枚取ってみるけれど、どの厚紙にも八個目のスタンプが押されていた。

 一旦、腕を組んで考えてみよう。

 まず、本来想定されていたチェックポイントは七か所である。

 一年一組、二年二組、三年三組、製菓部、書道部、吹奏楽部や演劇部(体育館)茶道部。

 要は、最後になる『茶道部』の後に、何かの要因があって八個目のスタンプを押されているということになる。

 ……まぁ、でもスタンプが一個増えたところでステッカーを貰えることには変わらないからなぁ。

 別に対処しなくていいちゃいい問題。

 そんな事を考えながら、お菓子の袋を生徒会長と副会長(夏希)それぞれのいつも座る机の上に置く。

 よし、これで俺の仕事は終わりだ。さぁ自分の持ち場に戻ろう。

 仕事を済まして、次に向かうのが元々あった自分の仕事? まったく……とんだ働き者じゃないか。

 何とも黒そうな社会人が抱きそうな誇りを抱きながら、生徒会室を後に――。

 ガラガラ――「うわっ、ぶっ」ぼすん。「おわっ」

 扉に手をかけた時になんか軽いなって思ったら、扉の反対側で同時に取っ手を引いていたからだったらしい。

 そして、そのまま俺の胸に激突!☆

「……っ、って佐藤! ここにいたの!? 探したよ、もう」

「な、夏希……教室に入る時はちゃんと前を見ろって、ごほっ」

「ごめんごめん! でもそれどころじゃなかったんだもん」

「そんなに急いでどうしたんだよ」

「佐藤、生徒会長見た!?」

「生徒会長?」

 確かに俺が入ってきた時には見なかったけど……。

「いや見てない。なんか先生に呼ばれたとか用事を頼まれたとかを対処してるんじゃないか?」

「そうなのかなぁ……」

「あ、そうだ! ちょうどお前に渡したいものがあったんだよ」

 そう言って俺は、机に置いたお菓子の袋を取って夏希に渡した。

「これは?」

「製菓部の人が他の生徒会の人に、ってくれた」

「へぇー! 嬉しい! 今食べようかな」

「別にいいんじゃないか」

「やったー!」

 夏希はお菓子を持って自分の席へと座った。俺もいつもの席へと座る。

 サクッ……ザクザク。「おー、こんなのどうやって作るんだろう……」感心した様子でそう言った。

「いや別に、特別な作り方とかはしてないんじゃない?」

「そっか。でも、出来たてだと数倍美味しく感じるってやつかもしれない」

「確かにそれはよく言われてるのを聞くな」

 俺も、自分用に貰ったお菓子の袋を開けて一つ食べてみる。

 うん。美味しい。

 夏希は過剰にべた褒めしている節があるが、言っても製菓部と名の付くだけのことはある。ちゃんと美味しい。無難に美味しい。

 安定感を感じられる味がする。

「あたしの方もぼちぼち食べ物とか買ってきてたんだけど、肝心の生徒会長がいないんだよねぇ」

「ん、何買ってきたんだ?」

「えーっとね、サッカーボールの柄になってる小っちゃいおにぎりと、たこ焼きとお茶。あと文芸部が文化祭用に本出してたからそれ買ってきた!」

「結構いっぱい買ってるな」

「生徒会長にお裾分けする分もあるからね。まぁ……ほとんどがあたしのお腹の中に入るわけだけど」

「結局そうなるのかよ」

「なに! なんか悪い?」

「いーや、悪くない」

「ふふん! だよね!」

 何を誇ってのそのドヤ顔なんだ。

「あ、そうだ夏希」

「なに?」

「お前、この紙見た?」

 そう言って俺は、例のいわくつきコンプリート済みスタンプラリーカードを一枚手渡した。

「これがどうしたの?」

「よく見てみろ」

 言われてよく見て、ようやく気付いたらしい。

「あれ、これなんかスタンプの数多い?」

「そうなんだよ。ふざけてスタンプを別の場所に押す、とかはあると思ったけれど、ここに置いてある厚紙のほとんど同じ場所に押してあるんだよ、八個目のスタンプがさ」

「確かにそれは不思議な話だねー……」

 同意してくれているそぶりをしているが、本当にそう思っているのか分からないのが夏希の特徴だ。もし本当に不思議だと思ってたら棒読みすぎるし、もし興味がないのだとしたらもっとバレないようにして欲しい。いつか人を傷つけるぞ。

 これを嘘が付けない性格と言ったらいい風に聞こえるけれど、やっぱり、こっちにばれないような演技はして欲しい。みずきに言って鍛えてもらおうかな。

「本当に不思議だと思ってる?」

「思ってるよ! ……いやね? 最後には生徒会長が受け取ることになってたから、生徒会長に聞けば何かわかるかなって思っただけ!」

「……それは、そうだな」

 その考えには激しく同意する。だが、懸念点もある。

「今、生徒会長はどこにいるか分からないんだろ?」

「それはそうだけど……」

「なら、俺たちで解決しちゃわないか?」

「え?」

「生徒会長はもしかしたら、今あっちにこっちに引っ張りだんごかもしれない」

「だんごじゃなくてタコじゃない?」

「え? そうだっけ……あぁ、そうか。いや、そんなことはどうでもよくて、俺たちでこの問題を解決しておくことが生徒会長のためになるんじゃないかってことだ」

「ほぉ……でもあたしたちにはスタンプの番人をするって仕事があるんじゃないの?」

「それは……使えそうなツテがあるからに頼んでみる」

 断る可能性も無くはないが、多分あいつも今は変な諸事情により断りずらいだろうからな。後でとやかく言われそうだが、今思い当たる人がそれ以外思いつかないのが運の尽きだと諦めてもらおう。

「それじゃあ……」

 夏希は口をパクパク、目を右往左往に泳がして、何かを言いかけては止めるのを繰り返している。

「おい、どうした」

「……なんでもない。よし行こう」

 と思ったら、きりっと真顔になって率先して生徒会室を後にする夏希。

「おい、その前にこのバスケットと看板返しに行くから待って!」

 これはいよいよ文化祭という名目を利用して、テンションがハイになる怪しい何かがばら撒かれているんじゃないかと思ったが、それは余りにもフィクションが過ぎるので結局、みんなして文化祭が好きなんだなと思うことにして、それ以上考えるのを辞めることにした。

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