「いやー、まさか私の作品の良さが分かってくれる優秀な後輩がこの学校にいたなんてね」

「え、えぇほんとに! なんで皆さんは木部先輩の凄さに、き、気づかないんでしょうかね」


 部活動が終わった帰り道、私が昇降口から出て来たところを見計らって声を掛けてきた彼女。

 彼女の名前は畑城はたしろほたる

 この学校の一年生で、私に話しかけたと思ったら開口一番に「き、木部先輩! あ、あの……わ、わたしあの。ふ、ファンです!」と言ってきた女の子である。

 一瞬「私不安です!」と、内情を急に赤の他人に吐露する不審者かと思ったが、よくよく話を聞いていくうちにそれが誤解であることを理解した。

 そんな彼女、きっちりと制服を着ているのとは裏腹に、ぼさぼさの髪とうつむきがちな顔、ちらちらとこっちを向いたり逸らしたりするその目線から、なんとなくの性格をうかがい知れた。


 ――暗い。


 濃いクマがよりその印象を加速させ、丸まった猫背と定まらない手の位置がそこに不気味さをプラスしている。

 ……その方が何かを秘めている感じがして私は好きだけれど。


「ぁ、あ、そうだ! 私さっきコンビニに寄った時に差し入れとして飲み物買ってきたんですけど、う、受け取ってくれますか?」

「ほんとに? わざわざありがとう」

「はぃ! これです」

 そう言って手渡してきたのは、綺麗な水色のパッケージをしたサイダーだった。

「これは……サイダーか。ちょうど糖分が欲しいと思っていたんだ、嬉しいよ! 有難くもらうね」

「よ、良かったです! どうぞどうぞ飲んでください!」

 ペットボトル自体が透明の水色に着色されていて、街頭に透かして傾けてみれば炭酸の気泡が光を小さく反射して輝いている。

 最近はサイダー一つとってもエモに傾倒して、客への需要を満たしているのかなと思ってみたけれど、元からサイダー自体そういうブランディングでCMを打っていたことを思い出した。


「ぺ、ペットボトルの色も可愛いし、シンプルでか、可愛いロゴマークがちょこっとあるデザインも好きなんですよね……私! さ、サイダー自体も薄い水色でコップに入れても可愛いですし……」

 興奮気味に早口でまくし立てるように説明されたところから察するに、これがとても好きだから共有したかったという気持ちがあったのだろう、というのがひしひしと感じられた。

 見た目に反して、乙女チックなところが垣間見えてギャップを感じた。……これが俗に言う「ギャップ萌え」と呼ばれるやつなのだろうか。

「最近は、こういうのが流行ってるんですよっ……。かわいいですよね……」

 そうなのかと感心しながら、私はペットボトルを開けて飲んでみる。

 強炭酸で強い刺激が一番最初に来て、その後にスッキリとした甘さが液体とともに喉を滑り落ちていく。

「……久々にサイダー飲んだのだけれど、これ美味しいな」

「ほ、本当ですか! 良かったですー!」

 ほっと胸をなでおろす畑城蛍。


 そして、それからしばらく、二人で最寄り駅に向かう道を共に歩いていたのだが、どうやら畑城蛍の様子が少しおかしい。

 やたらと「体調大丈夫ですか?」と聞いてきたり、全身や顔をちらちら見る回数が非常に増えていた。

「畑城蛍、どうかしたのか」

「ひぃえっ……どうかしたって、ど、どういうことですか」

「いや、さっきからやたらと視線を感じる気がしてな。なんか用があったら言ってほしいと思っただけなんだが」

「な、ナンデモナイデスよ? ちょっとみ、見すぎてたのならすみません……直します」

「……いやなんでもない」

 そう言われるとなんか罪悪感が込み上げてきて仕方がなくなる。別になにか悪いことを言っているわけじゃないのは分かっているけれど、なぜなのだろう「謝られる」ということに抵抗感を感じるのは。


 それからまた、しばらく歩いたところで、今度は畑城蛍に関してではなく、私自身に対しての違和感を覚えていた。

「というか……。なぁ畑城蛍、私たちは駅に向かって歩いていたよな?」

「そ、そうですね」

「……ここどこだ」

 確かにさっきまでちゃんと駅まで歩いてた……はずだが、気づいたら知らない道に知らない倉庫や工場がある場所に迷い込んでいて、うぅ、なんか頭が回らない感じがする。

「あれか、久々に甘い物飲んだせいで急速に糖分が血管を巡って、それで……なんか眠いのも、そのせい、か」

 いや、待て! いくらなんでも、こんなに激しい眠気が急に襲ってくるのはあまりにも異常だ!

 ……はっ!

 

 その時、私は畑城蛍の顔を見た。

 

 彼女の事だから心底心配そうな顔をしているんだと思った。しかし、違った。

 ぱっと見では、心配している感じで口元を手で覆ているように見える。だけど、その頬骨の上がり具合と目尻の下がり方、お前今もしかして……。

「お、お前、な、ぜ、笑っている……」


「先輩? 睡眠薬にはっていう食紅が入っているんですよ。知ってましたか?」


「知って、いるさ。まぁ、今日に、なる……まで、この目で、見たことはなかったが、な」

 もしかしたら、私は意外にも人間を信頼していたのかもしれない。

 だって、見ず知らずの下級生がくれた飲み物を、何も疑わずに飲んでしまったのだから。

 足に力が入らなくなり、ガクンと腰を落とすとすぐに畑城蛍が背中から抱きかかえるように支えた。

「先輩、大丈夫ですからね。私がいますから、心配しないでお眠りになって下さい」

「……」

 意識がちぎれる間際、私はポケットに入っていたものを取り出して道端に捨てた。

 それは、棺桶には何も持ち込ませないのが私の主義であり主張だからである。

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