真風景便り
そうざ
A Message from True Scenery
それは余の知見を著しく超越していた。
その渦巻銀河の中心部から8-8.5 kpc離れた円盤部に生命が存在するだろうと言われてから、早12万4,071年の歳月が経過している。
遅きに失する事を承知の上で、余は私財を投じて
降下地点に選んだのは、第三番惑星の北半球に存在する極小の列島である。広大な大陸よりも全体像を把握し易いと判断したまでの事で、他意はない。
結論から言えば、残念ながらそこに高等生命の姿は認められなかった。
事前調査は詳細を極め、有機生命体の棲息可能性が著しく低い事は覚悟していた。それにしても、環境は余りにも過酷だった。漸く確認出来たのは一部の菌類や細菌類程度だった。
この分では、同惑星中を経巡ったところで成果は望めないと思わざるを得なかった。
しかしながら、せめて何かしらの痕跡だけでも見付けたかった。
大都市遺構の発見は容易かった。金属や鉱石等、複合材料の欠片は幾らでも入手出来、掃いて捨てる程に大量生産されていた事は想像に難くなかった。勿論、この程度の痕跡は他星系でも散見する凡庸な史料に過ぎない事は理解している。
余が求めるのは『真の遺物』である。
諦め掛けた時、大都市遺構の一画に穿たれた巨大な
その内部はCaCO3を主成分にした堅強、堅固な外壁で固められていた。その事から放射性物質を取り扱う関連施設跡を想像したが、線量値は自然由来の閾値に収まる程度であった。
余は潜入した。
この内部に必ずや何かがある。
余が求める『真の遺物』が存在すると、天啓の如く閃いたのである。
当然、異文明探査に於ける鉄則は順守し、一切の破壊行為を排除した。
そこで『トンネル効果』を用いた事は言うまでもない。確率的に幾星霜を要するかはまるで分からない手段であるが、寿命を懸ける価値は十二分にあると思えたのだ。
結果、百年も掛からずに内部へ擦り抜ける事が出来たのは、余の強運の為せる業と自慢しておこう。
――余がそこで何を見たのか。
今回は私見を押し留め、見聞のみを有り体に提示する方法を採用したい。それが最善と思わせる程の道理を絶する光景だったからである。
但し、対象は異文明であるが故、飽くまでも余の主観を通した意訳である事は予め含み置いて貰いたい。
―――――――――――――――――――――――――――――
一.恒星由来の可視光線から波長の長い赤色のみが抽出され、空間を満たしている。
一.商業兼住居用構築物と思しき共同体の遺構が存在し、植物性または動物性栄養源販売業、貸与系情報伝達業や廉価系嗜好品販売業等が狭小空間に
一.時折り円錐形金管楽器が窒素と酸素とを主成分とする大気を振動させ、第三次栄養摂取時の炭水化物、脂質、蛋白質等の化学変異に依って発生した有機分子が放出される。
一.前記の赤色光線が放置されたままの幼生用自力駆動車を同色に浮かび上がらせる中、樹木製送電端末柱に設置された光源器が作動する。
―――――――――――――――――――――――――――――
その後、当該惑星の隅々に至るまで調査範囲を拡張したが、想定通り末裔と呼べる程の高等生命を確認する事は遂に叶わなかった。
しかし、これは終わりではなく、新たな始まりである。
この渦巻銀河の何処かに、或いは、別の星系の何処かに、否、異なる宇宙の何処かに末裔が存在している可能性を捨て切れない。
余は自らの帰還を無期限に延期する事をここに宣言する。
隧道の奥で覚えたあの形容し難い感慨は、余の叡智を以てしても未だ計り兼ねない。
何処の誰の説であったか、または予言であったか、この宇宙の何処かに『心』と呼べる器官を有する生命体が必ずや存在するという。
その『心』の持ち主こそ当該惑星に嘗て存在した高等生命であると、余は信じて疑わない。そうでなければ、あのような大都市遺構を構築しておきながら、恐らくは前時代的と思しき必要最小限規模の共同体の記憶を未来永劫、後生大事に鉱物の棺へ封じ込める行為を説明し得ないのである。
この感慨を与え給うた『心』の正体に肉薄するには、膨大な歳月と研鑽とが必要であるが、今回体験したものを仮に『真風景』と名付けておきたいと思う。
勿論、余の調査報告を全くの捏造と断ずる勢力の存在は把握している。
参考までに、当該地で採取した酸化金属片を極限まで復元した図像を委員会に提出したい。刻まれている模様は間違いなく文字であると余は確信している。
『昭和風俗博物館』
真風景便り そうざ @so-za
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