こ、これは……!

自分の不甲斐ないリードでまた大量失点になってしまったという気持ちが本人にはありますからね。



こんな程度で終われるかいと、そんな表情で戻ってきた緑川君にも、笑顔はなかった。まだ4点差ある状況だが、これはこの試合まだまだ分からないぞと、そんな空気になり、また快音。



キャプテン並木がインコースのボールに対して、上手く腕を畳んで対応。レフト前に打球を運んでいた。



こうなったら俺も。




カンッ!




「新井は右打ちだ!1、2塁間を破っていく!!ヒットになります!流石のバッティング!続きます!!ノーアウトで1、2塁という形になりました!」



「交代ですかね」




「あー、フライヤーズはピッチングコーチ、そして監督が出てきます。まだ点差はありますが………」



「昨日5点差をひっくり返されていますからね、フライヤーズは同じことを2日連続というわけにはいきませんよね」




「なるほど。ピッチャーは先発の石田から前島に代わりました。打席には3番祭を迎えます」



押せ押せ。ここで繋がったりしたら、昨日のような大量得点がまた実現出来る。そう考えたのは打席にの祭君も同じ。それが力みに繋がった。



初球の高めのストレートを打ち上げてしまった。



打球は高く上がりながら、1塁ベンチ前へ。





風に乗ってそのままファウルになれ!と叫んだが、ファーストの選手が低いフェンスに身を預け、ミットをはめた左腕を伸ばし、この打球を掴んだ。



そしてベンチに落ちないように、フェンスを蹴って、グラウンドに身を転がした。



そんな体勢から素早く立ち上がり、2塁からタッチアップを狙う並木君の動きを確認しながら、ワンバウンドでボールを3塁に送った。




むう。かなり風に流されたらファウルボールかと思ったのに。



4番になんとかしてもらいましょう。





「ボールフォア!!」




「見ました!フルカウント。最後は低めいっぱいのところでしたが。前島、僅かにボールが低くなってしまいました」



「よく我慢しましたですねえ。芳川は」



「さあ、1アウト満塁という場面になりまして、マテルです。今日のマテル、一時は同点に追い付くホームランを放っています。この場面も、1発が出れば同点ということになります。初球。………変化球!空振り!ものすごいスイング。ヘルメットが飛びました」



狙っていた球種だったのか、コースだったのか、ブオンッと2塁まで聞こえてきたような気がするくらいの全力スイング。



捕球したキャッチャーが振り終わったバットを気にして反射的に頭を避けるくらい。吹き飛んだヘルメットがアンツーカーの上を跳ね、人工芝まで転がる。








極めて短い。9ミリカットの坊主頭くらいに短いチリチリヘアーと、それをカバーする薄手のキャップがお目見えする。



気持ちとスイングは場外ホームランという感じでしたから、マテルはちょっと恥ずかし層に苦い笑いしながらヘルメットを拾い、太ももで叩いて土を落として、被り直した。



バッティンググローブのテープを止め直し、バットを構える。




2球目は外のスライダー。ボール1個分外れたコースを冷静に見極める。



3球目のストレートがインコースベルトの高さ。マテルは出しかけたバットを急いで引っ込めながら、体をホーム側によじってゾーンから外れているとアピールする。



球審おじさんの腕は上がらず。フレーミングしながら、キャッチャーが首をかしげるようにして悔しさをあらわにした。



2ー1となって、マテルは初球のようにフルスイングムード。バッテリーの選択はカットボールであり、それがアウトコース低めの最高のところへいった。



カァンッ!!



「外打ちました。……ライトです。ん?飛距離は出ているぞ、飛距離は出ているぞ!!ポール………当たった!ポールに当たりました!ホームラン、ホームランです!!


なんと同点の満塁ホームランになりました!フライヤーズバッテリー茫然!マテルがライトスタンドに向かって、右手を挙げました!!」





「「マ・テ・ル!!マ・テ・ル!!マ・テ・ル!!」」



ビクトリーズファンからものすごい拍手とコール。1塁コーチおじさんと、芳川君が嬉しそうに揃って両手をグーにしながらホームインしたマテルを迎える。



マテルも大きな体をびょんびょんと跳ねさせながら、ベンチに向かい、会う人会う人とバッチン、バッチン。ハイタッチをしていく。



そしてベンチ前、列になっていない列に沿って、みんなに叩かれ、抱きしめられながら、最後はカメラに向かって、2本指を後ろ向きに立てながらウインクした。



ベンチに戻ってもさらに、通訳さんや専属のトレーナーさんを抱っこするようにして感謝の気持ちを伝えていた。



俺も改めてすっかりチームの頼りになりつつある助っ人マンの元へ向かう。



「マテルちゃん、すごいね!どうやって打ったの!?」



「アライサン、スバラシイ!アライサン、スゴイ!!」



「そんなことないよ!マテルのがスバラシイよ!」



「アライサン、スペシャルヒッター!アライサン、スーパーアベレージボーイ!」



赤ちゃんがファーストゴロに打ち取られている間に、通訳さんを通して話を聞いてみると、俺の無駄な力が抜けた右打ちを見て少しバッティングのやり方を変えていたのだという。

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