アサ

幽世

第1話 日暮れ

日暮れ

「これ、この23ページの⑥の“こどく”って独りきりって意味のやつじゃない…?」

アサが僕を覗き込んで言う。その声色に余裕もなければ確信も伺えない。当たり前だ。なぜならこの不可解な問いは僕の解答欄に書かれた”蠱毒”を覗き見するための作戦でしかないのだから。

「……残念」

え〜!と公共の施設には似合わない音量の声を出すアサの口に慌てて手を当てる。それにびっくりしたアサが真っ赤になって僕を振り払った。

「あ、ごめん」

「い、いや大丈夫。んはは、ここ図書館だった」

小声で近くで話す。思ったより二人の世界という感じがした。周りに聞こえているかよりアサに言葉が届いていればいい、そんな感覚で話していた。

「急に黙るじゃんアサ、ふふ」

テスト週間は一緒に図書館で勉強しない?と言ってきたのはアサからだった。僕がもちろんと言いたいけれど自分の勉強もしたいというと、テストまでの月曜と金曜だけ!と結構良い折衷案を出してきたので了承した。

「そのちょーっとばかなところもアサらしくてかわいいよ〜」

悪意100%だった。こうやって揶揄うとアサは静かに照れる。それを見れるのは僕だけの特権だった。多分。

「……顔赤いよ」

「日暮、うるさいっ」

この温度が心地よかった。世界が特段に輝いて見えるわけでもないけど、図書館の端のいつものところに行くことにこの上ない幸せを感じていた。

「日暮は、明日世界はどうなると思う?」

また変なアサクイズか。そう思って正解なんて気にせず答えることにした。アサはこうやって意味のないクイズをして僕をからかう。窓からの陽が少し濃くなって夕に傾く。

「最悪の残念へっぽこな結末になる」

「……っは、あ!何それ!!」

広げられた八割減も終わっていない課題に突っ伏してからそのまま僕を見た。普段見えない目がよく見えて陽の沈む速度みたいにじんわり鼓動が速さを増した。

「でもね、正解」




___それが最期だった。アサは死んだ。

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