AIの書いた小説

おーるぼん

AIの書いた小説

小さな部屋に物書きの男が一人。

彼は今、『AIの書いた小説』なるものを読んでいた。


それがどれ程なのかを見極めるためだ。


……というのは建前で、実の所は良い物、良い表現があればそこから拝借しようとしていたのだが。


しかし、彼は眉を顰めていた。


その小説がとんでもなく、つまらないものであったからだ。


そう思いつつも、男はタブレットに指を這わせる……


男はある文章に目を止めた。


『主人公は泣いた。その様はまるで、涙の滝……いや、洪水のようだった。』


何だこの表現は。

美麗な文章を求めているのは何となく分かるが、例えがまるきり、それとは非なる道を行くものではないか。


これではただ、読み手が顔をぐしゃぐしゃにして泣く、哀れな男を思い浮かべるだけだ。そこに美麗など、あったものではない。


そのような事を考え、男は首を左右に振る。

〝やれやれ〟とでも言いたげな様子だ。


その後、彼は再び小説を読み進める。


すると、また暫くしてから男の指が止まった。


『主人公と出会ったヒロインは言う。「貴方、何処から来たの?この三千年の歴史のある、国王様のお膝元の、〇〇王国では見ない顔ね?」』という文章で。


再度、男は考えていた。


少し、いやかなり助詞に〝の〟が多過ぎる。

そのうちのいくつかは〝が〟にしたり、失くす事も出来るだろうに。


それに、説明口調も過ぎる。

こんな話をいきなり聞かされては辟易してしまう。


勿論、作外の登場人物である我々〝だけ〟がだ。


なにせ、こんな下手くそな書き手によって作られている世界なのだ。どうせその中の登場人物達もそれに毒され、彼女の言葉には疑問すら抱かないはずなのだから。


そう、この事によって苦しむのは読み手だけなのだ。


書き手も作中の者共もそれには気付かず、それどころか違和感も覚えず、読み手にばかり苦行を押し付ける…………


「はぁ」


男はため息をつきつつも、指をタブレットから離す事だけはしなかった。


だが今回は『次に妙ちきりんな文章があったら読むのをやめてやる。』そう思いながら、彼は最早作業と化した読書を続けていた。


すると、それはまたすぐに見つかった……見つかってしまった。


『王国に来たならばまずはゲース・ペリカルータを見つけないと!そう思った主人公はまず、ピアッツァ・マルカットへと向かうのでした。』


男が目にしたのはそのような文章だった。


そこで男は一旦タブレットを操る手を止めてそれをテーブルに置き、怒っているような、困っているような、そんなような表情で頭をぽりぽりと掻く。


事実、彼は怒っていた。

そして、このような事も考えていた。


これは酷い。

読者に何の説明も無しに、訳の分からない単語を出すなんて。


まあ最悪、最悪百歩譲ってだ……『ゲース・ペリカルータ』は許すとしよう。


多分、これは外国語で『地図』を表す言葉を入れ替えたか、組み合わせた単語であるはずだから。自分も以前調べた事があるので、それは何となく分かる。


だが、『ピアッツァ・マルカット』は駄目だ。

全く、訳が分からない。調べればどうにか理解は出来るだろうが……


と言うかそもそも、『分からない漢字』等ではなく、『意味も、どうやって調べたら良いかも分からない単語』を調べる必要のある読み物など存在して良いはずがない。


……いや、そんな必要はなかったのだ。

こんなものを読む必要性すら、たった今失われたのだから。


何だこれは。

本当に何なんだ、これは。


つまらないだけならともかく、文章も稚拙……いや、ただひたすらに下手だ。下手くそだ。


一体こんなものを、誰が書いたと言うのか……AIだったか。にしても酷過ぎる。


男はタブレットを持ち上げるととうとう全てを読み飛ばし、その小説が投稿されているサイトの最下部へと指を動かし始めた。


そこにある評価の欄に最低値を入力し、コメントが可能ならば文句の一つでも書いてやろうと考えたからだ。


すると、そこには予想通り評価、コメント等を入力出来る欄の他に、『このAIが学習させて頂いた著者様』という項目があるのを男は発見した。


それを見た男は目を丸くし、タブレットを床へと思い切り叩きつけた。


そうされたタブレットは跳ね、放物線を描いて部屋の隅にへと飛んで行く。


まるで所有者の、男の『書き手』としての過去、そして現在の有り様を教えるグラフのような放物線を描いて。






その日から男は小説を書くのをやめた。


AIが学習した著者。

そこに自身の名前が書かれていたからだ。

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