こんな花嫁修業があってたまるか

仲仁へび(旧:離久)

こんな花嫁修業があってたまるか



 こんな花嫁修業があってたまるか!


 私は早くも、婚約したことを後悔した。


「ここから一人で帰ってこいってどんなサバイバルよっ」


 今私がいるところは、現代日本の中だが、都会でも田舎でも、何の変哲もない町の中でもない。


 なぜか地下。


 土の中。


 地下の、土の中の、じめじめして、うす暗い洞窟の中にいた。


 一応手元に懐中電灯はあるけど、役に立つのはそれだけ。


「花嫁修業にサバイバル能力求めるなっ!」


 地下って住所どういう扱いになるんだっけ?


 疲れ切った頭が上手くまわってくれないせいか、そんなどうでもいい事が頭の中によぎった。


 かれこれ一時間も歩きっぱなしなんだから、いい加減早く外に出たい。


 もともと体力はある方だし、陸上ではちょっとした大会で優勝した事があるから、まだなんとかなっているけど。


 普通の女性だったら、絶対これ無理だと思う!







 事の始まりは一週間前。


 私はとある大企業の息子と婚約した。


 顔は分からないけど、有名な人だという。


 その日とは、人前に出てこないため、恥ずかしがりやで、照れ屋だとかいう噂がある。


 そこそこの中小企業の娘だった私にとって、婚約という言葉も大企業の婚約者という言葉も、遠すぎる事はないものの、近いものではなかった。


 だから、最初は驚いたものの、すんなりと対応できたと思っている。


 それで、書類とかを用意している中、相手の両親が挨拶しにきた。


 初対面での印象は悪くなくて、丁寧な良い人達だなと思った。


 だから、数度の話し合いを経て、結婚を見据えて花嫁修業をすることになったのだが。


「大企業の夫を支える妻として、出来るだけの能力は身に付けなければなりません」


 と、スーツ姿のどこかの誰かさんに説明された修行メニューは、とんでもないものばかり。


 私は思わず「こんな花嫁修業があってたまるか!」と突っ込んでしまった。






「はぁはぁ。やっと出られた」


 苦労して洞窟をさまよう事一時間。


 私はついに、洞窟の外へ出る事ができた。


 ぐったりしていると、頭上からヘリが、ばばばばばとやってきた。


 そしてヘリから、シュタッとスーツの人が降りてくる。


「クリアおめでとうございます。では次は、水中での修行になります。島から島まで泳いでもらいますが、よろしいですか?」

「よろしくないわよ。確認しながら、ぐいぐい手をひっぱらないで! それって拒否権ないやつなの!?」


 ぎゃあぎゃあ言い合っている(私が一方的に)うちに、頭上のヘリに乗せられてしまう。


 そして、どこかの名前の知らない島に放り出されて、数百キロかなんだかの島を目指せと言われた。


 そのまま、説明役の人は、ヘリにもどって、私はその島にぽつんと取り残される。


 人もいない。


 建物もない。


 無人島っぽいところに。


 思わず頭を抱えて、座り込んだ。


「どうしてこうなった!」






 修行なんて無視してやろうかと思ったし、実際無視していたが、何日経っても救助される様子はない。


 船は通りかからないし、スマホとかは修行に入る前に没収されている。


 もう自力ではどうにもできない状況だった。


 だから、腹をくくった私は、泳いだ。


 泳いで泳いで、泳ぎまくって、泳ぐ前は豆粒サイズだった目標地点を目指した。


「ぶくくっ、ぶくっ。ぜったい、婚約解消してやるっ! もう婚約なんてしない、男要らない! 一人で生きる。ぶくぶくっ! はあはあ! あと終わったら贅沢する。アイスお腹こわすまで食べる!」


 これが終わったら、やりたい事が山ほどあるんだと、心に誓いながら。


 そして、必死に泳いで泳いで、泳ぎきった私は、なんとか目標地点の島へ到着。

 

 どうかこれで終わりであってくれ、と思ったのだが。


 頭上からヘリの音が近づいてきてーー


「おめでとうございます。では一週間後にまた、お迎えに上がります」


 反論も何も言う暇もなく、どこかのスーツの誰かがやってきて、さっそうと消えていった。


「もう、いい加減にして!」






 それからも色々やった。


 私が花嫁修業に乗り気ではないと見るや、相手は色々手を変え品を変え、豪華賞品をご褒美に用意するとか、美味しい料理を振る舞うとか、綺麗な宝石あげるとか言いながら、私を修行に放り込んだ。


 どこかの誰かのスーツさんは「親分が怖い」とか「失敗したらどつかれる」とか言って、たまに泣きそうになってたけど、それはこっちの方なんですけど。


 泣きたい!


 たまに情緒不安定になるそんなスーツの誰かは、しかしヘリをしっかりと操って、私を色々な場所へ運んでいってしまう。


 その結果、断崖絶壁で崖登りさせられたり、どこかの治安の悪い海外の裏路地に置き去りされたり、危険物の処理とか解体とかさせられたりした。


 私はそのびに、もうやめたい、むり、できません、というのだが。


 相手は無視するし、そもそも私の声が聞こえる位置からすぐいなくなるし。


 なくなくクリアするしかなかった。






 そうこうしながら百個目の花嫁修業を終えた私は、とうとう修行の終わりを告げられたのだった。


 高層ビルの上で、窓ふき(命綱なし)をさせられた後、頭上のヘリのドアから顔をのぞかせたどこかの誰かが、拡声器でお知らせしてくる。


 すごく嬉しそうな声で。


「おめでとうございます! これで花嫁修業は終了ですっっ!」

「やったあああああ!」


 思わず人目もはばからずに、大声を上げてガッツポーズをしてしまった。


 これでやっと、過酷な日々から解放される。


 そう思った私は、今度こそ婚約解消を切り出すぞと思っていた。


 どこかの誰かにヘリに回収されて、運ばれているうちも、そればかり考えていたのだが。


 その途中で、気が付いた。


「そういえば、こんな花嫁修業が必要になる理由って一体、何者なの?」


 ーーある恐ろしい可能性に。


 大企業の息子だと聞いていたが、私はもしかしたらとんでもない人物を結婚相手に選んでしまったのではないかと。


 今までやってきた、数々のメニューを振り返る。


 どれもサバイバル感満載で、生き延びるための知恵とか力とかを身に着けさせようとしていた気がする。







 ヘリで運ばれた私は、そのまま結婚相手とご対面する事になった。


 お風呂に入れられ、メイクをさせられ、ドレスアップをさせられ。


 向かったのは、大きなビルの一番上の、超豪華な部屋。


 だけど。


「おっ、穏やかじゃない」


 部屋の前に、どでかい動物のはく製があったり、銃とか刀とかのレプリカ(まさか本物じゃないよね?)が飾られていた。


 かなり物騒だ。


 しかも部屋の前には、防弾チョッキを着た怖そうな人達。


 あと、入る前には、ボディーチェックをされた。


 本格的に荒々しい雰囲気だった。


 思わず遠い目になってしまう。


 戦々恐々としながらも、部屋の中へ入る。


 そこにいたのは。


「しっ、失礼します」

「よく来たな婚約者」


 あきらかに普通の人には見えない強面の男性がいた。


 しかも、刀傷みたいなのが顔についてる。


 それに加えて、殴られた人が部屋の隅に転がっている。


 その人は出血してて、床が真っ赤。


「ふ、あはははははは」


 絶望した私は思わず笑い声をあげてしまった。


 しかし、それを部屋の主は勘違いしたらしい。


「面白い女だ。数々の修行を乗り越えてきただけでなく、俺を前にして臆さずにいられるとは。今まで選んだ女はこうはいかなかった」


 違います。心が折れた影響で、感情がぶっ壊れただけです。


 私は、なんて、人を婚約者に、選んで、しまったん、でしょ、う。


「あはははは」


 この人って、もしかして裏の世界での成功者さん?


 表の世界で、顔出ししなかったのって、命狙われるとかの理由があって?


 私は笑いながら、心の中で涙するしかなかった。


「これからよろしく頼むぜ? うちの組織の連中が早く子供作れと、毎日うるさいもんでな」


 にこりではなく、にやりと笑った男の顔を見て、私は引きつった笑みを浮かべる。


 もうやだ、過去に戻りたい。


「こううまくいくなら、最初から体力あるやつに目を付けて花嫁を選べばよかったぜ」


 おめでとう!


 あいて の こうかんど は ばくあがり!


 おめでたくないわよっ!!


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