誰にでも優しい学園一の美少女が、僕の公開処刑を企んできたので返り討ちにした。
二上圭@じたこよ発売中
1 性癖を満たすために僕の公開処刑を企んできた甘井さんを返り討ちにした
01 甘井さんが僕にだけ辛辣な件について
授業中、鉛筆や消しゴムを落とすなんてことは、誰でもある経験だろう。
転がり落ちていった先が、隣の席の机の下。それに気づいた相手が拾ってくれる。そんな小さな親切に対して、その場きりの感謝以上の感情を抱くことはないだろう。
では、その相手が学校で一番の美少女だったら?
「落ちたよ」
と渡されるときに手が触れたら、ドキドキするのが男心だ。女子に縁がなければないほど、その接触は嬉しいものであり、それだけで好きになってしまう者もいるかもしれない。
実際、ふたつ隣の席だった田中は、その日の昼休みに「俺、
人が恋に落ちる瞬間を見てしまった身としては、甘井さんに期待してしまったのだ。なんの期待だって? 小テスト中に甘井さんの机の下に、消しゴムが転がり落ちてしまった。それを拾ってくれる期待だ。
消しゴムのひとつくらい、当たり前のように拾ってくれる。そう信じていたのに、彼女が拾ってくれる様子がない。気づいていないのではない。落ちた消しゴムの行く末を、彼女はちゃんと目で追っていたのだ。
「あ、あの……甘井さん。その、消し――」
「今はテスト中ですよ、
小声で話しかけると、切り捨てるように返された。
テスト中に話しかけるなというのは正論である。でもたかだか小テストだ。すべて解答を終えたのか、甘井さんの手が止まっている。残りの時間はミスがないかの見直しだけなのだから、消しゴムのひとつくらい拾うのを求めても、バチは当たらないのではないか。
ただ甘井さんが消しゴムを拾ってくれる気がないのはわかった。
「ごめん、甘井さん」
仕方ないから身を低くしながら、甘井さんの机の下に手を伸ばした。すると甘井さんの足が動いて、消しゴムを遮った。
伸ばした手が、甘井さんの足に触れてしまった。
「……えっち」
甘井さんはスカートを抑えながら、恨みがましそうな顔で見下ろしてきた。
これにはもう、なんともいえない困った顔をするしかなかった。
◆
「甘井さんが僕にだけ辛辣な件について」
昼休み、僕はそんな悩みを打ち明けた。
相手は小学生からの幼なじみのふたり。
「あの甘井が辛辣?」
「信じられんな」
ハルとアキは、揃って首を傾げた。こんな所作すらも絵になるところは、さすがといったところか。
「気のせいじゃないのか?」
ハルは学園一の快男児。高校一年にして百八十センチ越えの巨体に、筋骨隆々のその身体。男の色気というものをまとっており、男から好かれる男。その男らしさに惚れる女子は後を絶たない。
ただしその性癖は拗れに拗らせており、人妻や未亡人が好きである。中学の頃から初恋である僕の母親を狙い続けているどうしようもない奴だ。
「甘井に気があるから、そう見えるだけなんじゃないか?」
一方アキは、学園一の美男子だ。中性的なその顔立ちは、まるで歌って踊れるアイドルそのもの。昔から天使のようだと持て囃され、本人の気持ちなど知らず、幼稚園の頃からアキを取り合う女の争いが繰り広げられてきた。
ただしその性癖は拗れに拗らせており、小学生が大好きなロリコンである。その性癖に目覚めてからずっと僕の妹を狙い続けているどうしようもない奴だ。
「甘井さんに気があるとか、そういうわけじゃないけど。なんかさ、明らかに僕への態度が違うんだよ」
そして僕、
性癖も女装に目覚めることもなく、可愛い女の子と手を繋いで下校する。そんな健全な青春を送りたいだけの思春期男子である。
頬を掻きながら、ハルは信じられないような顔をする。
「あの甘井
「その美貌が綻んだときは、天使の微笑みと呼ばれるほどだからな」
アキは中指で眼鏡をクイッとした。
「別け隔てなく誰にでも接する様は、カーストの下々の民から女神の慈悲と讃えられている」
「成績優秀、品行方正、才色兼備などの四字熟語を装備する格の高さは、男子たちにとって手の届かない憧れ。高嶺の花とされているんだぞ?」
「そんな甘井のちょっとした優しさは、誰もが平等に与えられるものとすら言われている。そんなミス・パーフェクトヒロインが、人畜無害のルカに辛辣と言われてもな……」
ふたりはにわかに信じられないと悩ましげである。
アイドルなのか天使なのか女神なのか高嶺の花なのかミス・パーフェクトヒロインなのか、ハッキリさせてほしいところだが、ふたりの言いたいこともわかる。
甘井さんのちょっとした優しさは、誰もが平等に与えられる。甘井さんに興味がないふたりですら、これは男たちにとって共通認識なのだ。
それなのになぜ僕にだけ辛辣なのか。僕にすら心当たりがないのだから、ふたりが信じられないのも無理はない。
「ちなみに、どんな風に辛辣なんだ?」
「さっきの授業の小テスト中にさ、消しゴムを落としたんだけど……甘井さんの机の下まで転がっていったんだ」
ハルに聞かれたので、先程の出来事を話した。
「落ちたのを気づいていたはずなのに、拾ってくれないんだ。一応、声をかけたんだけどテスト中ですよってばっさり」
「甘井の言うことはもっともだからな。しょうがないんじゃないか?」
「だから自分で拾おうとしたら、いきなり足が動いたんだ。そこに手が当たって、スカートを押さえてえっちとか言われたよ」
「まあ、女子の足元にいきなり手を伸ばせば、そうもなるだろ」
ハルとアキの顔には、それはしょうがないんじゃないか? と書いていた。
「いや、でも一声かけてから手を伸ばしたんだよ? それで足を動かすとか、もうわざとだとしか思えないよ」
「まあ……たしかにそれはなー」
「それにさ、今ハルが座ってる甘井さんの席。僕とは反対の隣にいた田中は、いつも甘井さんのほうから拾ってくれていたんだ。やっぱりこれは、甘井さんの作為的なものを感じるよ」
甘井さんに惚れてしまってから、田中はよく落とし物をするようになった。その度に甘井さんが拾ってくれたのだが、あまりにもやりすぎた。そのことを担任に告げ口をされた田中は、注意力が散漫だと怒られた後、一番前の席へと変えられてしまった。そうやって親友の隣にたどり着いた
「他にはどんな風に辛辣なんだ?」
「授業中、ボーっとしてたら当てられてさ。甘井さんが教科書のページを指さしてくれたから、それを信じて読み上げたらまったく別なページだったんだ。それだけじゃない。消しゴムを貸してくれないかとお願いしたら、なぜか修正テープを渡してくるんだ。他にも上げたら小さなことだけど、明らかにみんなとの対応が違う」
甘井さんはいつだって、絶妙に困ったことをしてくる。そこにみんなへ振りまく優しさがまるでないのだ。
「んー……ルカにだけ態度が違うのはわかるが」
「辛辣って言うほどでもないような……」
やっぱり腕を組みながら、ふたりは揃って首を傾げる。
「まあでも、誰にでも優しい甘井にしては、なんか変な態度だな」
「なるほど、わかったぞ」
アキが拳で手のひらを叩いた。
「これはツンデレというやつだ」
「好きな子についつい意地悪しちゃうってことか」
ハルも納得したようだ。
「ツンデレって……甘井さんが、僕に?」
こっちは納得できず眉をひそめた。
アイドルだか天使だか女神だか高嶺の花だかミス・パーフェクトヒロインだかわからないが、そう呼ばれるほどの存在が、僕のことが好きになるなんて信じられなかった。
「そりゃふたりみたいにカッコよかったらともかく、僕なんてこの顔だよ?」
「いやいや。人は見た目がすべてじゃないし、ルカは中身で勝負できる人間だ。それは俺が保証する」
「それに見た目も、人それぞれ好みもあるだろ。ルカは自分の顔を卑下することはない。お姉さま受けしそうな顔してるじゃないか」
ふたりはこれでもかと僕を持ち上げる。
「たしかにルカは可愛い顔をしてるからな。おまえが何度女だったらよかったのにと、涙で枕を濡らしたもんだ」
「まったくだ。ルカがもし女だったら、きっと俺たちは醜い争いをしていたはずだ」
「やめろ! リアルに気持ち悪いこと言うんじゃない!」
怖気が走りすぎて、机を叩いて立ち上がった。
「冗談だ。冗談」
「いくらルカが女になったからといって、そんな目で見るわけないだろ」
そんな前と右に座っているふたりは、はっはっはと笑っている。
心の底から安堵しながら救われた顔をした。
「だよね、よかった……」
「なにせ俺は、静子さん一筋だからな」
「俺の目には、美雪ちゃんしか映らないさ」
「なにもよくなかった!」
なにひとつ救われておらず、僕は頭を抱えた。母と妹を狙っている親友の目が、本気なのがよくわかっているからだ。
「くそっ、なんで僕の周りにはこんなのしかいないんだ……!」
「まあまあ、落ち着け息子よ」
「そうだ、落ち着いてくれお義兄さん」
「おまえらのような父親と弟を持った覚えはない!」
ふたりから伸ばされ両肩に置かれた手を振り払う。
「でも、よかったじゃないかルカ。あの男共のアイドルが、おまえに気があるかも知れないんだぞ」
「きっとツンデレだツンデレ。天使の微笑みの裏では、小悪魔がクスクスと笑っていたんだ」
「慈愛に満ちた女神も、好きな子にはつい意地悪しちゃうというわけだ」
「高嶺の花に手が届くとは、さすがルカだな」
「あのミス・パーフェクトヒロインが、ルカのヒロインになるとはな。親友として鼻が高い」
ここは教室であることなどお構いなく、ふたりは声高々にしている。
この学園は食堂もあれば購買もある。外で食べるのも自由だし、なんだったら屋上も開放されている。昼休みの教室は閑散とまではしていないが、交友関係が盛んであるものほど外に行く。残っているのは大人しい子たちばかりだが、それでもこのふたりのように食べ終われば、すぐに戻ってきたりするものも少なくない。
「誰がツンデレの意地悪女ですか?」
この通り、学園のアイドルにして天使にして女神にして高嶺の花にしてミス・パーフェクトヒロインが教室に舞い戻ってきた。
「人がいないと思って、随分と好き勝手言ってくれますね」
天使の微笑みはそこにはなく、あるのは気を悪くした甘井さんだけである。いつからそこにいたのかはわからないが、もしかしたら全部聞かれていた恐れがある。
「いや、でもな甘井」
ハルは座っていた甘井さんの席を明け渡す。空いているから座ってもいいだろうとできる男は、ハルの他にはアキくらいなものだろう。
そのまま僕の背もたれの後ろにハルは移動した。ちなみに僕の席は、窓際の一番後ろである。
「聞いてみると、ルカへの態度が他とは違うんじゃないか?」
「やっぱりツンデレじゃないのか?」
ハルの言葉に続いて、本人に堂々とおまえはツンデレ呼ばわりするアキ。僕がこのふたりの胆力を見習ったら最後、クラスから孤立するのは間違いない。
お弁当箱を机に置くと、甘井さんは大きなため息をついた。
「他の人が親切にされているからって、自分もしてもらえて当たり前。なんて考えがそもそも浅ましいんです。それをしてもらえないのが辛いとか、逆恨みもいいところです」
「ぐうの音もでないほどの正論だな」
「すまん、ルカ。さすがの俺たちもこれ以上擁護できん」
いつだって僕の味方のふたりが、あっさりと降伏した。
ここで話を打ち切れば、クラスでの地位が勘違い野郎に落ちかねない。下手に出ながらも僕は戦わねばならなかった。
「でも、ほら……やっぱり、みんなと対応が違うとさ、やっぱりなんでだろうって。……なんか僕にだけ辛辣なのが気になるというか」
「辛辣?」
声を低めて甘井さんは繰り返した。
「え、いや! ……厳しいというか」
「厳しい?」
「その、
「辛い?」
「あ、辛いと言っても中辛……ピリ辛というか。甘口ではないかな……と思うのですが、どうでしょうか?」
「結局のところ、わたしが優しさとは無縁の、意地悪女だと言いたいんですね」
ジロリと睨めつけられ、僕は慌てふためいた。ただただ困った顔しかできずにいる。
「そういうところが優しくないと言いたいんじゃないか?」
「そうだそうだ! やっぱりルカへの態度がおかしいぞ!」
「やっぱりツンデレじゃないのか? そうなんだろ、ツンデレなんだろ!」
「好きな子につい意地悪しちゃうんだろ? 正直になれ! その想いが本物だというのなら、俺たちは応援するぞ!」
やんややんやと加勢してくるふたり。僕が怯んだ甘井さんの視線を向けられても、一切怯みはしない。
図体も声も大きい二人の勢いは、ちらほらと教室に帰還した生徒たちの気を一手に引いた。
人の気持ちをホームに置いてけぼりにした暴走機関車。困ったなんてレベルじゃない。なぜ僕の周りにはこんなのしかいないんだと頭を抱えてしまった。
「やめてくれふたりとも! 僕のことはもういいから!」
「いいわけないだろ! ルカの尊厳にも関わることなんだぞ!?」
「そうだ、ここで追及の手を止めるわけにはいかん! ルカの尊厳は必ず守る!」
「その尊厳が今、粉微塵にされようとしているのがなぜわからないんだ!」
注目は教室の中だけではない。なんだなんだと、廊下の外から教室の様子を覗く生徒たち。
僕がそうやって狼狽えていると、甘井さんは顔を俯かせているのに気づいた。口元に手を当てぷるぷると肩を震わしている。
どんな顔をしているかわからないが、ヤバイ。それだけはわかった。
僕たちはもはや衆目環視に晒されている。ここでこのふたりを止めねば、僕のこれからの学園生活に大きく関わる。
「どうしたの、ユユー」
「あ、いのりー」
そこに星宮さんがやってきて、甘井さんは振り返った。その顔を見た星宮さんはギョッとしたと思ったら、次の瞬間には呆れたような顔をしていた。
甘井さんの親友である、星宮いのり。甘井さんが黒髪ロングの正統派美少女だとしたら、髪を明るく染めたおしゃれ女子。ふんわりとまとめ上げた髪がよく似合う、可愛い女の子である。
「どうやらわたしって、好きな子に意地悪するツンデレ女だって思われてるらしいの」
「へー。誰に意地悪してるって思われてるの?」
「真中くん」
甘井さんの声音は、まるで音符がついているかのようだった。
「わたしが真中くんのことが好きで、ついつい意地悪しちゃってるんじゃないかって。今、追求されてるの」
「ほほう」
星宮さんはニヤニヤと僕を見た。
「そんな真中くんに、いいことを教えてあげちゃお。ユユはね、好きな人に好きって言われたら、もうその場でオーケーしちゃう子なのよ」
「やっぱり好きな男の子からの告白は理想よね」
「ほら、ユユが自分のことを好きだと思ってるなら、ここでコクっちゃえ真中くん。あなたの考えが当たってるなら、最高の彼女をゲットできるチャンスよ」
「真中くん……わたしのこと、好きって言ってくれるの?」
仲間を引き入れた甘井さんの勢いは、それはもうすごいものだった。衆目環視なんて関係ない。自分の存在を存分に使ってやり返してきたのだ。
「こーくはく! こーくはく!」
「好きだって言っちゃえ言っちゃえ!」
「俺たちの想いをおまえに託すぞ!」
「ヒューヒュー!」
教室中どころか、廊下の外から僕を囃し立てる声が湧いた。
こんなのはもうただの公開処刑ではないか。いたたまれなくなった僕の顔は熱を帯び、困った以外の顔ができない。
そんな僕の顔がおかしいのか、口元を押さえた甘井さんの目は笑っている。
なんて答えようが、その結末は絶対僕は笑いものにされる。八方塞がりだ。
誰か僕を助けてくれ。
「そこまでだおまえら!」
「ルカを見世物にしようっていうなら、俺たちが許さんぞ!」
救いはあった。こんな状況でもふたりは僕の味方をしてくれたのだ。
教室中どころか外からも届くブーイングに怯むことなく、
「いいから散れ散れ!」
「解散解散!」
とボルテージが上がった場の空気を一気にしらけさせた。
「ふたりとも……ありがとう」
「礼なんていらん。俺たち親友だろ」
「親友のピンチは俺のピンチだからな」
そう、僕には仲間がいた。どんなときでも味方になってくれる最高の親友たちが。
感動に震えそうになると、思い出した。よくよく考えたらこいつらが暴走したから、こんなことになったのではないか。
危ない危ない。危うくマッチポンプに騙されるところであった。
「本当、おふたりは真中くんと仲がいいですね」
面白くなそうに甘井さんは眉尻を下げた。
「当然だ、ルカは一番の親友だからな」
「もちろん、ルカは一番の親友だしな」
ふたりは僕の両肩に手を置いた。
「真中くんもこんな親友に囲まれていていいですね」
甘井さんの声音がふと高くなった。まるで悪戯を思いついた子供みたいな顔をしている。
胸元でぽん、と甘井さんは手を合わせた。
「ちなみに真中くんの一番の親友は、どっちなんですか?」
「え……」
嫌な汗が背中を流れた。
「「もちろん、俺だ」」
両耳から違う声で、同じ言葉が聞こえてきた。
「アキ、なにを勘違いしている。ルカの一番は俺だ」
「おいおい、ハルこそなに寝言を言っている。ルカの一番は俺に決まってるだろう」
「俺が一番だろ。な、ルカ?」
「いいや、俺だ。そうだろ、ルカ?」
ふたりの男がぐいっと近づいてきたので、その顔を掴んで押し返す。
「うるさい、寄ってくるなむさ苦しい!」
「真中くんも悪い男ですね。両方に気のあるふりして、君が一番だって思わせてきたなんて」
「いや、それ女の子相手にして咎められることだから」
ふたつの顔を押さえつけながら、疲れたように答えた。
甘井さんは楽しそうにしながら柏手を打った。
「おふたりの友情を見るに、同じくらい真中くんのことが大好きなのは伝わってきました。だから真中くんも、その情熱をどう比べて、選べばいいのかわからないんだと思います」
「そうなのか、ルカ! でも俺の想いはアキになんか負けちゃいない!」
「こんなにもルカのことを想っているのに、ハルより上だと伝わらないのはもどかしいな」
「うるさい、黙れ!」
甘井さんに焚きつけられ、また勢いを上げたふたり。恋する乙女のような気持ち悪いことを吐き出され頭を抱えたかった。まさに頭痛が痛い。悩みのタネが一粒で二度辛かった。
「だから、どれだけ真中くんを大切に想っているか。行動で示せば、真中くんも答えを出せるんじゃないですか?」
「たしかにそのとおりだな」
「その顔はなにか、案があるようだな」
ふたりはすっかり甘井さんの手のひらの上で踊り始めた。
「今から真中くんの腕を引っ張りあうんです。勝ったほうが真中くんを大切にしていると証明できます」
「ほう、面白い」
「その話受けた」
やる気に満ちたふたりは、僕の手首をがっしりと掴んだ。
あれ、これって……。
どこかで聞いたことのある話だと思いながら、すぐに思い至った。
「待て、それって大岡さ――ぎゃぁあああああああああああ!」
両端から引っ張られた僕は、引き裂かれそうな痛みに悲鳴を上げた。
真面目な顔で僕を引っ張り合うふたり。
甘井さんは自分の身体を抱きながら、もう片方の手で口元を押さえていた。その目はニヤニヤを越えてニタニタしており、ゾクゾクっとしたように身を震わせていた。まるで楽しむというよりも、気持ちよくなっているかのような顔であった。
仕返しできたことに喜んでいるのではなく、こんな困っている様を見て楽しんでいるんだ。
とにもかくにも、やっぱり甘井さんは僕にだけ優しくない。
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