第二章
第1話
さて、晴れて優香と付き合うことになった訳だが。
それ以降のことは、何も考えていなかった。
八割方振られると思っていたのだ。付き合いはじめた後、どのように過ごすべきなのか。そもそも付き合うとはどういう状態なのか。僕は、何も知らなかった。
……いや、もし優香と付き合えたら、手を繋いで歩いたり、デートしたり、キスしたりその先は、ということは一応考えたのだが、すべて妄想レベルであり現実味がなかった。
告白した土曜日は、お互いになんだか気まずい空気になり、優香は「テストの復習をします」と言って家に帰ってしまった。
その翌日、日曜日。
優香とは、何も約束をしていなかったのだが、
『この前のテストでわからなかったところがあるので、教えてください』
とLINEがきて、いつものノリで家に入れて、勉強を教えた。
勉強している時の優香は真剣なので、いまは付き合っているとか、そういうことは意識しなかった。そのままお昼になり、優香がまたご飯を作ってくれて、一緒に食べた。
平和だ。
「あの、さ、優香ちゃん」
思い切って、食事中に僕の方から話しはじめた。
「なんでしょう?」
「その、せっかく付き合い始めたんだからさ、デート……とか、する?」
「!!」
急に、昨日の告白の時を思い出したかのように、優香がびくんと震える。
「せ、先輩がしたいなら……」
「どっか、行きたいとこある?」
「優香は、今は特に……あっ、そういえば、そろそろ食材がなくなっちゃいます」
「あ、そうだった。じゃあとりあえず一緒にスーパー行こうか」
「はいっ」
そんな訳で、午後は近所のスーパーへ。
これが僕たちの初デートというわけだが、徒歩数分のとても近い場所にあってすぐ到着する。買い物を始めると、優香は野菜を手にとって傷みがないか確認したり、肉のパックを手にとっていろんな角度から眺めたりして、真剣そのもの。
「肉はそんなにじっくり見ても一緒じゃない?」
「照明があたると色がよく見えないのです。ピンク色に近いのが一番いいんですよ」
「ふーむ」
まともに会話したのはそれだけだった。
その後、どこか寄ろうにも、両手が塞がるほど食材の買い物をしているので、まっすぐ家に帰る他なく。
このところずっと優香が僕の家で料理をしているから、食材はすべて僕の家の冷蔵庫へ。
「先輩がいると、一度にいっぱい買い物ができるので助かります~」
優香は荷物持ちがいるというだけでご満悦。何も不満そうなところはない。
この日は、それだけで終わった。
* * *
「という訳でさ、告白には成功したけど、何も変わらないんだよね」
週明けの放課後。
僕はデジタルイラスト研究会の部室で、上尾さんに状況報告をしていた。この日は一年生の下校時間が少しずれているので、しばらく優香や村上さんが来る心配はなかった。
「ふうん」
「それだけ?」
「私にどうしろというの?」
「いやさ、これまで通り勉強教えて、御飯作ってもらうだけじゃ、付き合ってなくても一緒じゃん。どうすればいいと思う?」
「彼氏いない歴イコール年齢の私に聞かれても困る」
「まあ、それはそうか」
「○す」
「理不尽だなあ」
上尾さんに彼氏はいない。彼氏どころか同性の友達もかなり少ない。生活をイラストに全振りしているためだ。下手に友達を作ると付き合いで一緒にどっか寄ったりとか、無駄な時間が発生するのが嫌なのだという。そこまでするか、とは思う。
「あんたがしたいことをすればいいじゃない」
「僕がしたいこと?」
「彼女ができたら、したい事。一つくらいあるんでしょう」
「おっぱい触るとか?」
「通報していい?」
「ごめんなさい、今のは冗談です、優香ちゃんとは清きお付き合いを心がけます」
「よろしい。普通にデートするとか、そういうのないの?」
「うーん」
僕自身、誰かと一緒に出かけることをあまりしない人生を送ってきたので、急にデートへ行くと言われても、アイデアが出て来ない。
「一緒に帰るとか」
「おっ、それっぽいね」
同じマンションなので、帰り道は一緒なのだが、いつも村上さんが優香と帰るので、僕は別のルートを一人帰っていたのだ。
「しかし、それだと村上さんに、っていうか学校のみんなに付き合ってるってバレちゃうよね」
「隠し続けるつもりなの?」
「いや。いつまでも隠せるとは思えないけどさ。他の男子や村上さんや村上さんからの嫉妬が怖いな」
「それはわかるけど。そんなの言ってたら優香ちゃんと付き合うのなんて無理でしょ。あの子、すごくかわいくて学校中の有名人なんだから。あんたが無名でも、付き合い始めたらつられて有名になるしかない」
「有名税ってやつか」
「そうよ。それが嫌ならしばらく隠しておくことね」
「うーん」
そんな話をしていたら、優香と村上さんが部室に入ってきた。
平日のここは勉強会の場なので、いつも通り優香のリクエストで勉強を教える。村上さんはスマホをいじってだらだら。
この空気も、優香と正式に付き合ってるのだから、変えなければいけない。
「じゃ、優香ちゃん、一緒に帰ろっか」
勉強会が終わった後、さりげなくそう言った・
「はい……えっ? 一緒に?」
「うん、一緒に」
僕はアイコンタクトを十分に送って、これまでとは違うのだ、という意味のことを伝えようとした。優香もわかってくれているらしく、急にふわ、と浮いて、もじもじしている。
「え、何言ってるんですか。優香ちゃんはわたしと帰るんですよ。先輩と帰ったら陰キャがうつるかもしれないじゃないですか」
案の定、村上さんが僕たちの前に立ちはだかる。っていうか、後半ひどいな。
「そんな事ないさ――」
「真里ちゃん、ごめんなさい。今日から優香、先輩と一緒に帰るね」
「え? なんで? どっかお店でも寄るの? じゃあわたしも一緒に行く」
「ううん、そうじゃなくて――優香、先輩とお付き合いすることになったからっ」
「……は? は? は?」
火の玉ストレートで、僕が言い出せなかった事実を伝えられ、村上さんは硬直してしまった。
「先輩、帰りましょう」
「お、おう」
唖然として何もできなくなっている村上さんを残し、僕と優香は部室を出た。
その後、初めて二人で学校を出て、家へ向かった。
「優香ちゃん……村上さん、大丈夫かな」
「真里ちゃんはわかってくれると思います。優香の親友なので」
「そうならいいんだけど」
付き合っていることをオープンにするのか、秘密にするのか。まだ何も話し合ってない中で、優香はなぜ堂々とあのようなことを言ったのか。それが一番気になったが、聞けなかった。
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