第5話
週明けの月曜日。
朝、教室に入ると、いきなり男友達に絡まれた。
「ヘイヘイヘーイ奥野クーン」
まず腕をぶつけてきたのは、豊田拓也だった。
サッカー部所属のいかにも運動部系な男で、いわゆる陽キャラだ。拓也はコミュ力が高いというか、誰とでも分け隔てなく話すタイプで、あまり社交的ではない僕にも遠慮なく話しかけてくる。
「キミ、いきなり一年の女の子に手出したんだって? しかも可愛くてめっちゃ胸大きい子」
「出してないよ!」
「嘘つけ、昨日ここの廊下で告白されてたじゃんか」
「そういうのじゃないよ! あの子、ちょっと家が近いから、学校への道とか教えてたんだよ」
「ほーん」
一緒にいるところを見られたら、みんなそう考えるだろう。でも普段からあまり女子と話さない僕が、新学期にいきなり一年の彼女を作るのはおかしい。だから拓也もまだ半信半疑なのだと思う。
拓也はにやにやしながら、他の男友達にジャッジを任せた。
「まあ、奥野はいきなり一年生に手を出すタイプじゃないし、そうなんだろうな」
口を開いたのは、男子のボス格である中野大地だった。
プロサッカーチームの運営するクラブでサッカーをしており、かなり優秀で将来はプロへの道も開けているという男だ。成績もよく、実家は大病院。リア充の模倣のような男で、僕自身、一目置いている存在だ。
しかし、大地には一つだけ欠点があった。
「あんなにおっぱいの大きい女の子が奥野のものになるなんて、俺は許さん」
大地は下ネタが大好きだった。巨乳好きだと公言しており、西高の女子のカップ数を全て言い当てられると豪語していた。
このゲスな言動のせいで、リア充の中心格なのに彼女はおらず、女子からの人気も低い。
「なあ中野、あの秋山さんって子、何カップなんだ?」
「調査中だ。まだ特定できない」
「中野にもわかんねーのか」
「制服での見た目だけならEかFくらいだろう。だがあの子は胸が小さめに見える下着をつけて、本来より抑えている可能性がある。本当のところは、ちゃんとした姿を見ないとわからない」
普通の男子ならまずわからない大地の発想に、周囲の男子たちが、普通に引いた。
「奥野が聞いてくればいいんじゃねーの」
「やだよ! 失礼すぎるだろ!」
ふざける拓也を一蹴したところで、朝礼のベルが鳴った。
優香ちゃんの勉強を見てあげる約束はしたけど、学校での振る舞いは気をつけないと……僕はともかく、優香ちゃんがゴシップの対象になることだけは避けたかった。
* * *
放課後。
僕はデジタルイラスト研究会の部室を訪れた。
授業が終わったら部室に直行する涼子は、すでにイラスト作業を始めていた。
「さて、新入部員が来ない訳だが」
涼子は僕の言葉を無視してイラストを書き続けている。
進級する前から、何度か部の存続のことは話していた。でも涼子はこの問題に取り組む姿勢を全く見せない。私には無理、と決め込んでいるようだ。
西高の部活登録は、この週までと決まっている。今週中に一人以上入部しなければ、デジタルイラスト同好会は廃部になってしまう。
いちばん困るのは涼子のはずなのだが、自分から積極的に他人と話すタイプではない彼女が、なにか動くとは思えない。とはいえ、僕も勧誘活動とかするつもりはない。涼子と違って、僕は普段から絵を書いたりしないし、正直同好会がなくなっても困らないのだ。
「……あんた、最近一年の女子と付き合いはじめたんでしょう」
とても白々しい態度で涼子が言った。まあ、この子は愛想が一切なくて、話す時はいつもこんな感じなんだけど。僕はもう慣れた。
「またそれか。付き合ってないよ。家が隣で、ちょっと道案内とかしてあげただけだよ」
「ふうん。じゃあ、その子をここに誘えないの?」
「んー、誘ってみてもいいけど、あの子勉強にすごく時間かけてるから、部活は厳しいと思うよ。ってか、もしかしたら他にしたい部活があるかもしれないし」
「ここで勉強すればいいじゃない。私は気にしないわよ。うるさくしなければ」
「ふむ」
確かに、僕の家で勉強会を開くよりも、部室でした方がいいかもしれない。優香はとてもいい子なので、いつも僕に何らかの見返りを与えなければならないと考えている。優香の料理はすごく美味しいけど、いつまでも頼る訳にはいかない。デジタルイラスト研究会に所属することの見返り、ということにしてしまえば、全て解決する。
「一応、優香ちゃんに聞いてみるよ」
涼子は返事もせず、イラスト作業に没頭している。彼女は自宅にパソコンやタブレットなどの機材がなく、イラストを書けるのは学校にいる時だけだから、いつも全集中で作業をしているのだ。
「なにか手伝うことある?」
「ない」
「そっか。じゃあ、僕は帰るよ」
僕もイラスト作業の基礎は知っていて、イベント前なんかは涼子の作業を手伝うこともあるけど、普段はほとんど活動していない。実質、涼子のワンマン活動になっている。
こんな部に、優香が居着いてくれるかどうか不安だ。涼子が無愛想だから、怖がって近づきたがらないかも。
そんな事を考えながら、僕は部室を出た。
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