第44話 5章・一年生・長期休暇編_044_守るべき人

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 5章・一年生・長期休暇編_044_守るべき人

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 切り立った崖が両側に聳え立ち、僕たちを見下ろす。谷の底を縫うようにある細い道を進むこと三十分。崖の途中の身を隠せる場所に、十人の武装集団がいた。

 フウコにその姿を見られているとも知らず、彼らは僕たちに勝てると確信しているようだ。持って上がるのが大変そうな長く太い丸太を用意して、その丸太で石をてこの原理で下に落とそうとしている。


 テイム神の加護がある僕がフウコと契約し、フウコとの親密性が高まったことでフウコと感覚共有ができるようになった。そんな僕はフウコの目を通して、武装勢力の状況を見ている。

 最初はぼやっとしたものしか見えなかったけど、今はクリアに見える。問題は僕が高所恐怖症だということだね。高いところは苦手で、今も真っ青な顔をしていることだろう。


「ランドー。真っ青な顔をしているけど、大丈夫なの?」

「な、なんとかね……。そこの左カーブを進んだところの崖の上に、武装勢力がいるからね。向こうは準備万端、こちらを待ち構えているよ」

「道を塞がれるのは他の使用者たちの迷惑になるから、石を落とす前にぶっとばしちゃって」

「分かったよ」


(フウコ。超音波だ)

(ホーウ)

 フウコの遠隔攻撃の手段は音と風。人間の三半規管を狂わす超音波を上空から照射する。

 三半規管を狂わされた十人は、まるで酔っぱらったように腰砕けになってその場に座り込んだり倒れた。

 一人は倒れた時に石に額を打ちつけたようで、血を流して動かない。気を失っているようだ。あとの九人は必死で立ち上がろうとして、無駄な努力をしている。


(フウコ。あの指揮をしている男に破壊音だ)

(ホーウ)

 破壊音は先ほどと違って範囲が限られてしまう。だから指揮官らしき人物を指定して攻撃をさせる。

 フウコの破壊音により、指揮官は目、鼻、耳、そして口から血を出して倒れた。破壊音は脳を破壊する怖い攻撃なんだよね。知らないうちに脳を破壊されているなんて、怖くてしょうがないよ。

 指揮官を抱き起こした人物が首を振った。残った人たちにも一人、また一人と破壊音を受けて倒れていく。


 五人が倒れたところでお化けにでも遭遇したような恐慌状態になった残りの四人は、慌てて崖から下りていく。

 崖を急いで下りていくものだから、一人が足を滑らせて他の三人を巻き添えにして落下していく。あーあ、二十メートルくらいから真っ逆さまだから助からないだろうな……。生きていても相当の大怪我をしていて、動けないだろうね。


「崖の上の人たちは無力化したよ。四人ほど崖の下に落ちているけどね」

「さすがはランドー。次は私たちの番だな、サルガマル」

「はっ。オリビア様の手を煩わせる必要のないよう、某が―――」

「あー、そういうのいいから。早い者勝ちってことで」

「………」

 オリビアちゃんはノリノリで馬に乗った。その馬、サルガマル様のだよね。


「はいよー、シルバー!」

 それ黒い馬なんですけど……。


「ちょ、サルガマル様! オリビア様を追いかけてください!」

「はっ!? そ、そうだった!」

 自分の馬を奪われたサルガマル様が、シャナン姉さんの声で我に返って追いかけて行った。オリビアちゃんのお守りは大変だよね~。うん、分かるよ。がんばれ、サルガマル様。


「ランドー! 貴方も行きなさい!」

「え、僕も?」

「当然でしょ!」

 シャナン姉さんの圧が凄いので、僕もオリビアちゃんを追いかけることにした。

 僕の前を騎士学校と魔法学校の生徒、さらには兵士も走っていく。アベル兄さんがその先頭を走っている。背中を見ただけで分かるけど、嬉しそうだね。


 アベル兄さんが持っている戦斧と着ている鎧は、騎士学校に入学する際のお祝いとして僕が創って贈ったものだ。とにかく丈夫さを追求してある。

 刻印に不壊とか非破壊とかがあればいいんだけど、ジーモン兄さんでもそんな魔術紋は知らないと言っていた。だから総黄銀合金のものになっていて頑丈だ。その分、重いけどね。

 アベル兄さんはそんな重いものを装備して走っている。しかも誰よりも速く。サルガマル様を追い越し、馬を走らせるオリビアちゃんに迫っている。まったく体力馬鹿なんだから。


「我こそはオリビア=リーバンス! 盗賊ども、覚悟しろ!」

 いきなりオリビアちゃんが馬で駆けて来て、武装集団は大慌てで武器を構えた。


「オリビアは殺すな! 他の奴らは皆殺しにしろ!」

 敵のものと思われる大声が耳に入った。どうやらオリビアちゃんの捕縛が目的のようだね。


「私を捕まえようなんて、一億年早いわ!」

 オリビアちゃんの声は大声でも耳あたりがいい。よく通る声というべきなんだろうか、戦場の喧騒の中でもよく聞こえそうだなと思った。

 それはそうと、一億年って、どう考えても生きていないよね。


 馬に乗ったまま敵の中にツッコんでいき、バッタバッタと斬り伏せる。

 天神雷光の効果を使うのではなく、斬り飛ばしていくんだね。そのほうがオリビアちゃんらしいと思うんだけど、せっかくのマップ兵器を使わないのかーいっ! とツッコみたい。

 オリビアちゃんにしてみれば、天神雷光の効果を使わなくても勝てる相手なんだろうけどさ。そこは僕に心配かけないために、問答無用でスバーンッだと思うわけだよ。


 アベル兄さんも嬉しそうな顔で斧を振り回しているね。相手にだってレベル二の加護を持っている人くらいいそうなものだけど、まったく相手にならない。

 そこにサルガマル様が到着して、切り込んだ。オリビアちゃんとアベル兄さんがいるから火竜剣の効果を使えない。まったくあの二人は後から説教だね。


「おい、遅れるな!」

 ボーマン先輩が僕に声をかける。僕がドベなのは理解しているけど、パイセンがブービーなのを理解しているのかな?

 そういう言葉は先頭集団に混ざってから言ってほしいよ。


 僕が到着した時には、戦闘はすでに終わっていた。これでも一生懸命走ったんだよ。オリビアちゃんが戦い始めてから三分も経ってないんだよ。なんで終わっているのよ?


「ふ~、もう終わってしまったんだね」

 ステータス補正があるけど、日頃体を動かしてないから走るのは苦手だ。全力を出せば音速の貴公子になれるけど、それやったら筋肉痛が酷いことになる。筋肉痛だけで終わればいいけど、多分色々ヤバいはず。

 日頃鍛えていないと、ステータスを十全に発揮できないのは有名な話だよね。


「だらしないわよ、ランドー」

「僕はまだ立っているからマシなほうだよ」

 敵と一緒になって地面に倒れているボーマン先輩を見る。


「ありゃダメね。戦場じゃ使えないわ」

「結局僕にも抜かされてドベだったし、途中で倒れてるし。魔法使いでもちょっと頼りないかな」

 まったくだとオリビアちゃんが頷いている。


「で、捕まえたのは三人だけ?」

「うん。あとはサルガマルに任せておけばいいわ。私たちはお茶でもしよ」

 オリビアちゃんは戦うのが仕事で、尋問は専門外。そう言わんばかりに僕を連れてシャナン姉さんのところへ戻った。


 落ちついたらアベル兄さんと一緒に説教だ。

 なのになんで僕がシャナン姉さんに説教されているのかな?

「貴方はオリビア様の婚約者でしょ! オリビア様のそばでお守りするべきなのは貴方なのよ! すぐに追いかけなきゃダメでしょ! 分かっているの?」

「はい。ごもっともでございます」

 オリビアちゃん見ていると、逞しいから守る対象ではないと錯覚するんだ。でもオリビアちゃんは僕の婚約者だもんね。僕が守らないといけないんだ。反省しなきゃ。


 

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