第39話 4章・一年生・前編_039_試験開始
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4章・一年生・前編_039_試験開始
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カンカンカンカンカンカンカンカンカンカン。
ん、今の音は……。
カンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカン。
やっぱりだ。やっぱり何回かに一回、ドルガー先生と同じ音がした。
ほんのわずかな差だけど、間違いなくあの音だ。
カンカンカンカンカンカン。
うん、うん。あの音だよ! これはいい。こうじゃなければ!
カンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカン。
ふふふ。いいぞ、いいぞ。もっとだ、もっと聞かせてくれ!
カンカンカンカンカンカン。
乗って来たぞー!
カンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカン。
魔術紋に魔力を乗せて、カンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカン。
あー、気持ちいい! この音だ。この音だよ!
これまでハンマーを使うほうの右手に意識を向けていたけど、鏨のほんのわずかな傾きが音の決め手なんだ。そうか、こういうことだったのか。
「むっ、これは……」
いままでの魔術紋とは明らかに違うこの存在感。魔力がしっかりと定着している。これは素晴らしい。こうなると皇龍火炎剣や天神雷光などの刻印をやり直さないといけないな。あれらが不完全なものだと、今なら言える。
この感覚を忘れないように、僕は魔術紋を刻印した。やればやるほど、あの音が増えていく。まだ百パーセントじゃない。でもいつか必ず全部の音を上書きしてみせる!
刻印がいい感じになりつつあった僕は、とうとう試験日を迎えた。
試験は最初の日に筆記が行われ、その後三日に渡って実技の試験が行われる。
僕が受講している刻印、魔法薬学、魔術、そして製作(彫金)。
刻印は出題された十文字の魔術文字を、三日で刻印するというもの。
魔法薬学は最もポピュラーな傷薬を二時間で作成する。
魔術は与えられた短剣に、三十分で風属性を付与するというもの。
彫金は三日でリンゴのデッサンと彫金を行うというものだ。
筆記を無難に終わらせた僕は、実技一日目に望んだ。
最初は魔法薬。リンさんの隣の席で試験を受ける。魔法薬は三日で六回の試験が行われる。後ろのほうになればそれだけ傷薬作成の練習ができる。でも他の教科もあるから配分は生徒自身が考えて、どこで試験を受けるかを決めるようになっている。
「緊張するね」
リンさんの顔は本当に緊張していた。ちょっと顔面蒼白で大丈夫かと思うくらいだ。
「初めての試験だけど、肩の力を抜いてやろうね」
「はい」
僕の言葉に頷くも、気もそぞろだというのがよく分かる緊張っぷりだ。なんとかしてやりたいが、僕にそういったスキルはない。
「そうだ。手の平に人って文字を書いて、飲み込むと緊張しないらしいよ!」
「え? そうなのですか?」
「うん。こうやってね……あとは飲み込むの……」
手の平にこの世界の文字で人と書いて飲み込むフリをした。
こんなことで緊張が和らぐとは思えないけど、溺れる者は藁をもつかむと言うからね。
「あ、少し楽になりました」
え、マジ? そんなに効果ある? でもリンさんの顔に血色が戻ってきている。気やすめで言ってみたけど、効果があって良かったよー。
リンさんと話していたら、僕も気が楽になった。
試験官の教師たちが入ってきて、僕たちの前に薬草を置いていく。置かれた薬草は十枚で、その中から一枚を選んで傷薬を作れということだね。
色と匂い。まずはこれで薬草を寄り分け、さらに勘で一枚を選ぶ。相変わらず天の神様頼みの勘だけど、創造神様への神頼みだから少しは効果があると思っている。
ゴリゴリと薬研で薬草を粉末にする。とにかく細かくすることを心がける。
お湯に薬草を投じた後の温度管理に細心の注意を払って、色が青色に変わるタイミングで火を止めた。
出来上がった傷薬を瓶に入れて封印。瓶に僕の名前がちゃんと書いてあることを確認して、そこで息を大きく吐いた。
すでに時間は二時間近くが経過していて、残っている生徒はわずか四人。その中にリンさんの姿もあり、彼女は真剣な面持ちで鍋をかき混ぜていた。
彼女の邪魔にならないようにそっと席を離れ、傷薬を提出して教室を出る。真剣にやると、どんなことでも疲れる。肉体的な疲れよりも精神的な疲れのほうが、試験では勝る。
「とりあえず、合格さえすれば問題ないんだ」
そんな呟きが出てしまう。
「合格すればいいなんて、気楽なものね」
たまたま通りがかったバルガンデス侯爵家のアリシア様に、僕の呟きが聞こえてしまったようだ。
「僕のような者には、合格さえできれば十分にございます」
頭を下げながらそう返事をすると、ふんと鼻を鳴らして彼女は立ち去った。
そういえば、オリビアちゃんが懲らしめる相手は、バルガンデス侯爵家の五男だっけ? アリシア様と同じ年齢なんだね。侯爵ともなると側室がいそうだから、同じ年齢の子供がいても不思議はないか。
気の強さでいえば、アリシア様もオリビアちゃんに負けてない気がする。熱血タイプと冷血タイプの差はあるけどね。
カフェで軽くケーキを食べて脳に糖分を供給し、精神的な疲れを癒してから彫金の試験に挑む。
課題はリンゴだ。早速デッサンをする。ここで手を抜かず、全力でデッサンする。
しかし食べかけのリンゴとか、先生は某スマホメーカーの手先か!? とはツッコまない。齧られた痕はすでに茶色に変色している。デッサンはその色を白と黒で表現するものだから、赤いリンゴと茶色く変色した齧られた部分のコントラストが難しい。
納得いくリンゴが描けるまで、何枚も描いた。デッサンに二時間もかける人はいない。次から次へ周囲の生徒が入れ替わる。
焦るな、僕。ここで妥協したら、いいものはできないぞ。
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