第35話 4章・一年生・前編_035_彫金・魔術・魔法薬学

 ■■■■■■■■■■

 4章・一年生・前編_035_彫金・魔術・魔法薬学

 ■■■■■■■■■■


 製作の授業で彫金を学んだ。この彫金も金属に彫を入れることから、刻印とよく似た作業をする。ただし圧倒的に違うことがある。

「いいかな、彫金は無骨な金属に花を添えるものだ。ある意味芸術なのだよ」

 彫金のリック先生は地味な顔立ちだけど、服装はかなり派手な人だ。まさに芸術が爆発しているような服装だったから、最初に見た時は驚いた。


 刻印とは全く違って、自由に表現することが許されている。そういったことからリック先生も自由な人で、自分の作業を見せてあとは勝手にやれというスタンスである。


 彫金は最初にデッサンがある。作りたい物のデッサンができないと、それを彫金することは難しい。リック先生が僕たち生徒に要求したことは、必ずデッサンを描けというものだ。

 前世を通じて絵を描くのは嫌いじゃない。最初は簡単なものからデッサンして、徐々に難易度を上げていくことにした。


 今回は昨日デッサンした花一輪を彫金する。無機質で冷たい金属板に、温かみのある花を彫金する。これは意外と難しい。いや、意外じゃないか。難しいのは分かっていたさ。でもやり甲斐はある。


 リック先生の彫金する音には一貫性がない。それこそが先生の持ち味なのかもしれないけど、ドルガー先生とはタイプのまったく違う音に戸惑いを隠せない。リック先生の音は表現できないよ……。


 集中して金属板に向き合っていたら、いつの間にか周囲には誰もいなかった。窓の外を見たら、空が赤く染まっていた。始めたのは昼前だから、五時間くらいぶっ通しでやっていたことになる。自分でもびっくりの集中力だね。

 でも彫金は面白い。芸術というところが僕にはハードルが高いかもだけど、彫金は無心でやり続けられる。


「終わったかい?」

 リック先生が後ろに立っていた。びっくりするから、後ろから声をかけるのは止めてほしい。


「終わってはないですが……どうも気に入らないのです」

「ふむ……デッサンがちょっとだね」

「デッサンですか?」

「うん。デッサンだからと手を抜いてないかい? デッサンを適当にしても素晴らしい芸術を生み出す人もいるけど、僕が見たところ君は真面目だからデッサンも真面目に真剣に描いたほうがいいね」

 なるほど……そう言われると、デッサンに全力を傾けてなかったと思う。デッサンだからと、心のどこかで甘く見ていたのかもしれないね。


 魔術の授業を受けて気づいたことがある。

 魔術紋には難易度があるということだ。ジーモン兄さんはそんなことを言ってなかったけど、ベルンダーグ先生は難易度ごとにまとめられた魔術紋の本があると教えてくれた。

 魔術神の加護レベル一~三ごとに覚えるべき魔術紋が、難易度一~三としてまとめられているみたいだ。別に加護レベル一の人が、難易度二の魔術紋を使えないわけではないので勘違いしてはいけない。

 僕はジーモン兄さんから教えてもらったから気づかなかったけど、空気中の魔力を吸収するのは難易度二の魔術紋らしい。知らず知らずに使っていたけど、こういうことが知れて面白いと思った。


「魔術は魔術紋を思い浮かべ、魔力を形にし、それを武器や防具に定着させるものだ。よって、魔術紋を正確に覚え、それを明確にイメージし、さらに付与する力を身につけなければならない」

 魔術紋を正確に覚えるのは結構苦労する。イメージするのも苦労する人はいる。でも何よりも身につけるのに苦労するのが、最後の付与する力だね。付与するためには魔力を操る必要があるからだ。


 僕たちは五歳になると、加護を得られる。入学するまで六年以上の歳月があり、その間真面目に努力したらそれなりに魔力を扱えるだろう。そういう人が集まるのが魔法学校だ。

ただし魔術神の加護や魔法神の加護を持っていない人は、魔術紋を付与する魔力操作は初めてのはず。魔術神や魔法神の加護を持っていない人には、魔術を扱うのは難題なのだ。

 そういった加護の違いがあり、最初からできる人とできない人が分かれてしまうのは仕方がないことだと思う。


 魔法薬学は魔法薬の材料が多岐に渡る。それは魔術紋も同じことだけど、そういった知識を覚えつつ魔法薬と言われるポーションを作る。

「薬草を選ぶのじゃ」

 リール=アーバンス先生の容姿は幼く見える。本当の年齢はしらないけど、魔法薬の教師をしているのだから最低でも十五歳のはず。前世なら合法ロリと言われる分野の人だ。

 水色の髪は緩いカールがかかっていて、藍色の目は大きい。ある種の人には大変人気があるらしい。

 考えたら僕たちは十一歳から十二歳の集まりだから、十歳くらいに見えるアーバンス先生と並んで歩いたらカップルと見えないこともないだろう。


 アーバンス先生曰く、良い薬草を選べない者は良い魔法薬を作れない、そうだ。

 その薬草を見分るのは、目と鼻と感性。色合いと匂い、そしてインスピレーションや勘などの天性の才能なんだろうと受け取った。

 教本の内容を必死に思い起こし、目と鼻で薬草を選別して、十枚の中から三枚の薬草を選んだ。最後にインスピレーションで一枚を選ぶ。といってもインスピレーションなんてものは降りてこないから、心の中でどれにしようかなと唱えて選んだ。これこそ神頼み!


 その薬草をアーバンス先生のところへ持っていく。アーバンス先生はその薬草を見て「まあまあなのじゃ」と返してきた。これは褒められているのだろうか?

 先生がオーケーしないと、魔法薬を作れない。まあまあはオーケーの部類らしいので、僕は魔法薬を作る作業に移行した。


 最初はオーソドックスな魔法薬を作る。魔法薬全般のことをポーションと言われるけど、一般的にはポーションというのは傷薬という意味で使われる。

 その傷薬ポーションを、これから作る。


 先程選んだ薬草は、正確にはエルディール草という薬草を乾燥させたものになる。

 それを薬研で挽いて粉末にする。アーバンス先生は細かくしろと言うけど、どれだけ細かくすればいいか分からない。だから納得いくまで薬研車を押し引きした。結構力仕事なんですけど……。


 額に汗が浮かび、それをハンカチで拭う。それを繰り返して乾燥エルディール草を細かくした。

「ふー……」

 息を吐いて周囲を見たら、ほぼ全員が仕上げの行程に入っていた。

 焦っても仕方がないので、マイペースで次の行程へ移行。


 水を沸かして、一度沸騰させる。それを冷まして、六十度くらいにしたら、薬草の粉末を小さじ一杯投入。あとは煮立たせないように温度に気を配りつつ、魔力を注ぎながらかき混ぜる。

 薬草の粉末を入れた時は茶緑色だったのが、鮮やかな青色に変わる。それがポーションができたという合図だ。

「まだ緑っぽいか?」

 少しでも間違えたり、手際が悪いと品質が落ちる。ただ煮ているだけなのに、一人前にちゃんとした(売り物になる)ポーションが作れるようになるまでに多くの時間が必要だ。


 僕が作った緑青色のポーションは、アーバンス先生に「ダメじゃ」とぴしゃりと言われた。

 薬草の粉末がまだ荒かったのか、それとも細かすぎたのか? 温度が適切じゃなかったのか? かき混ぜる速度や頻度が悪かったのか? 注ぎ込む魔力量が不足しているのか? 思いつくことは色々ある。これらのトライアンドエラーを繰り返しながら、最適解を探すしかない。


+・+・+・+・+・+・+・+・+・+

応援お願いしますね

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る