第32話 4章・一年生・前編_032_初授業

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 4章・一年生・前編_032_初授業

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 授業を受ける実技を提出した。

 迷ったよ。迷い過ぎて頭が爆発しそうになったから、いっそのこと四教科にすればいいと思ったわけ。刻印、魔法薬学、魔術、そして製作の四教科。

 フォーク先生は何も言わずに受け取った。そもそも用紙には記入欄が五つあったから、魔法を含めた五教科を受講する生徒も中にはいるのかもしれない。

 年二回の試験の成績は三教科で判定されるから、成績が悪い二教科は切り捨てられる。落第点を取っても問題ないわけ。ある意味保険だけど、前期(五月)の試験で評価された三教科が、後期(十一月)の試験での判定教科になるから気をつけないといけない。そういう理由から前期では五教科を受講していた生徒が、後期から三教科に減らすこともあるらしい。選択と集中ってやつだよね。ある意味正しいやり方なのかもしれない。


 サークルに関してはまだ決めていない。こちらは入らなくてもいいし、いつでも入れるから急いで決める必要はない。


「―――であるからして刻印と魔術は密接に関係していると言えるだろう」

 白髪のドルガー先生から刻印の講義を受けているが、なかなか素晴らしい声をしてらっしゃる。なんだろう、この眠気を誘う絶妙な優しさを含んだ声は? 僕は太ももを抓っては、襲い来る睡魔と戦っていた。


「はー、酷い目にあった……」

 あんなに眠気が襲って来る授業も珍しいんじゃないかな? でも刻印は実技だから、そのうち眠りたくても眠れなくなるだろう。


「お前、よく起きていられたな……」

「ルーク君は爆睡しすぎだよ(笑)」

 彼はいびきをかいて寝ていた。


「教科書に涎垂れてたからね」

「そんな細かいことは気にするなって。あははは」

 ルーク君が高笑いすると、舌打ちが聞こえて来た。入学式の日にルーク君に絡んだ上級貴族のアムレス伯爵家次男、ロバート=アムレス様だ。

 彼は今でもあの時のことを根に持っているのかな? でもルーク君は彼に何もしてないから、根に持つというのもおかしな話だよね。

 ルーク君はロバート様に睨まれていてもどこ吹く風で、それがロバート様の気に障っているようだ。

 でも先日のように絡んで来ないのは、助かる。僕まで巻き添えで、上級貴族のロバート様に睨まれたくないからね。もう遅いかもだけど。


 次は魔術の授業。この授業の受講生は多い。人気の授業だね。

 ルーク君とリンさんと固まって席に座る。視線の先には先程のロバート様もいるし、もう一人の上級貴族バルガンテス侯爵家長女、アリシア=バルガンテス様もいる。

 スキンヘッドのベルンダーグ先生の授業は、分厚い魔術用の教科書の朗読から入った。


「来週からは実際に魔術を施す実技を行う。それまでに杖を用意しておくように」

 授業の終わりに、ベルンダーグ先生はそう言って教室を出て行った。

 魔術で使う杖は僕のニワトコのような長いものではなく、二十から四十センチメートルくらいの短めの杖のことを言う。この大きさのほうが使いやすいらしい。


「おい、ランドー。杖を買いに行こうぜ」

 ルーク君に誘われて僕は杖を買いに行くことにした。自分で創ってもいいけど、この世界のオリジナルの杖を見てみたい。


 魔法学校の校門で外出届を出して、辻馬車に乗って二十分ほど。魔法使い御用達みたいな店が連なるバグズ街という商店街に到着。

 某魔法使いの少年の映画で出て来そうな趣のある商店街だ。


「俺の掴んだ情報では、ここの商店街の奥にいい店があるんだぜ」

「どこでそういう情報を掴んでくるの?」

「へへへ。そういうのは言えないものだぜ、ランドー」

 そう言うとタタタと歩きだすルーク君。


「隠すようなことじゃないのです。ルーク君のお兄さんが魔法学校の卒業生で事前に聞いていただけなんです」

 こっそり種明かしをしてくれるリンさん。


 色々な店が建ち並んでいる。魔女がいそうな店ばかりだ(笑)

 書店を見つけたから窓から覗き込む。数百という書物は魔法や魔術、その他の魔法使いに関係したものばかりのようだね。

 店主さんが横から顔出してきて目が合った。すみません。すぐに立ち去るので。はたきを持って立ち読みする人を追い出す書店員さんを思い出す。昭和かよ!


 ルーク君の案内でズンズンと奥へ。店と思えない目立たない佇まいの建物に入っていくルーク君を追いかける。

「おーい、魔術用の杖を見繕ってくれー」

「ん、魔法学校の生徒かい。よくうちのような目立たない店に来たねぇ」

「へへへ。情報収集はばっちりだぜ」

 まだ三十にもなってなさそうな、魔女ルックの女性がカウンターでパイプタバコをふかしていた。しかし長いパイプだね、それ。


「三人とも杖でいいのかい?」

「ああ、杖だ。頼むぜー」

 立ち上がった魔女さんが長細い箱が詰まった棚へと向かった。


「手をお出し」

「手か?」

 ルーク君が両手を差し出すと、魔女さんはその手を触った。あれで杖の大きさとか分かるのかな?


「ひひひっ。分厚い手だね。職人っぽいよ。そんなあんたにはこれなんかどうかね」

 笑いが魔女っぽいけど、お婆ちゃんじゃないから似合わない。そんな魔女さんが出したのは、柄が太い杖だ。形は前世の工具のドライバーに似ているけど、材質は木っぽい。長さは四十センチメートルくらいと長めになっている。


「イノシシの魔獣の牙を芯にした杖でね、イノシシの真っすぐな性質が出ているものだね」

「どれどれ……お、いい感じじゃん」

 ルーク君はブンブンと振り回して調子を確認する。そういう使い方じゃないと思うんだけどね。


「次はお嬢ちゃんだよ。手をお出し」

「は、はい。お願いします」

 魔女さんはリンさんの手もペタペタと触る。


「ひひひっ。あんたにはこれだね」

 オーソドックスな杖かな。柄から先にかけて徐々に細くなっていく杖だ。長さは二十センチメートルくらい。かなり短く感じる。


「それはタカの魔獣の翼の芯を使っているんだよ。小さいが荒々しい子だよ」

 さっきから杖の性格のような発言をしているけど、杖にそういったものがあるのかな?


「いい感じです」

「ひひひっ。あんたの内に秘めた思いを再現してくれるよ」

 手相占いでもしているの?


「最後はあんただね」

「オスッ。よろしくっす」

 緊張で口調が変になってしまった。

 手を差し出すと、触って握って挟まれて……。


「これは……難しいねぇ。あんたはまるでいくつもの人格があるようだよ」

「え?」

 僕は多重人格者? そんな自覚はないんですけど、こういうのは自分では分からないのかな?


「一番のものは……っ!?」

 ばっと手を離し、驚いたような表情で僕の顔を見つめて来る。


「あんたあのお方の……」

「はい?」

 あのお方ってなんなの?


「そうかい、そうかい。ふー……」

 自己完結? 僕は何も納得してませんけど?


「これを持っておいき」

「は、はぁ……?」

 箱を開けることなく、押しつけられたんですけど……?


「今日は店じまいだね。またのお越しをお待ちしているよ」

「「「え?」」」

 僕たちは追い出されるように、店から出される。


「あの、代金は」

 リンさんが金貨が詰まっているであろう茶色の革袋を取り出した。


「今日はサービスしておくから、次来た時はたくさん買っておくれ」

 バタンッとドアが閉められ、閉店と小さな看板がかけられた。

 いったいなんなの? 僕のせい?

 ちょっと気になるから、今度一人で来てみよう。


 寄宿舎に帰って細長い木の箱を開けると、油紙と布で厳重に包まれた杖が出てきた。

 長さは三十センチメートルくらい。持ち手のところは瓢箪のように起伏があって、材質は木のようだけど金属のようにも見える不思議なものだ。


「なんとも不思議な材質だね?」

 ルーク君やリンさんの杖は芯に魔獣の素材が使われているから、僕のも使われているのかな? 気になるけど、あの魔女さん教えてくれるかな?


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