蜜を埋める
蜂紫
ひとつめのお話
君が人を埋めたいと言ったので、僕は人を殺すことにした。
相手は、君の嫌いな人、僕の嫌いな人、そして何より君の好きだった人だ。
君は彼を好きだったけど、彼は変わってしまった。君を殴るし、君から金をせびる。
だから、君が彼を埋めたいといったとき、僕は躊躇いなくその提案に乗ったのだ。
君が彼と一緒に海に来た時に、そっと後ろから近づいて、ロープで首を絞めた。体格のいい彼だったが、後ろからの襲撃に対応しきれず、あっさりと死んだ。
砂浜に穴を掘る。掘って、掘って、掘って、周りの崩れる砂を水で固めて、掘って。
それでも人を丸ごと埋めるには大きさが足りなくて、彼をバラバラにした。殺して埋めるんだ。追加で多少罪が増えても変わりはするまい。血は砂浜に吸われて、どこかに消えてしまった。血の匂いは海風に飲まれて、どこかに飛んでしまった。
「ねぇ、どうして彼を殺したの?」
君が口を開いた。
「確かに私は彼を殺して埋めたいって言ったけど、あなたが共犯者になる理由はなかったんじゃない?」
「僕は彼が嫌いだった」
「どうして?」
「君を殴るから」
「それって、殺したいほど嫌いになる理由かしら」
「うん」
君はそれきり喋らなくなった。僕は、君が殺して埋めたいといったから、という本質的な、しかし説明にならない理由を口に出すことはできなかった。
穴を掘るうちに、海風が止んだ。気が付くと日は傾いて、水平線のそばにあった。
穴の底は海水がしみだして溜まっている。
「もう、いいよ」
君が再び口を開いた。
「いいって、何が」
「人を埋めるなんて、私たちには無理だったのよ」
穴は彼を隠すにはまだ幾分小さかった。君は立ち上がり、話し続ける。
「巻き込んでごめん、でも私はもう」
「僕は」
君の言葉をさえぎって、僕は話しはじめた。
「僕は、君のためなら人だって殺すし、穴だって掘るし、罪だって被る」
「それは」
「これは僕のためだ。君がどう思っていようと、僕は僕のために、君の願いを叶えたい」
「……」
黙ってしまった君に、僕は問いかける。
「君の今の望みはなんだい?」
君は静かにしゃがみ込むと、穴を掘りはじめた。それを見て僕も、穴を掘り続けた。
日が沈む。暗い砂浜で、穴を掘る。
風は海に向かって吹いていた。その風に乗って、人の足音が聞こえる。そして、声も。
「血の匂いがしたって、気のせいだろ?」
「本当なんですよ、怖くてひとりじゃ近づけなくて。頼みますよお巡りさん」
「はぁ、やれやれ」
足音はこちらへと向かってくる。僕はとっさに、君に逃げるようにとジェスチャーで示した。
警察官の懐中電灯が僕たちを照らした。君は逃げなかったのだ。
僕たちは逮捕された。特に抵抗もせず、それは君も同じだった。
君は僕をかばって、僕も君をかばった。その結果として2人とも刑務所に送られた。
ひとつだけ後悔してることがあるとすれば、君が僕をかばってくれたことに気付けなかったことだ。君が僕を逃がしたいと思っているのなら、その願いを叶えてあげたかったから。
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