私と彼のコンプレックス

@Rui570

私と彼のコンプレックス

 日本のどこかのとある町の中学校の職員室。一人の中学生が担任教師である若い男性と話をしている。

「大野君、これを教室に運んでおいてくれないか?」

大野と呼ばれた男子中学生は担任教師からたくさんの書類を受け取る。

「わかりました。ちょうどこのまま教室に戻るところなので。」

「その書類は教卓に置いてくれれば大丈夫だ。」

「かしこまりました。失礼します。」

男子中学生は担任教師にちょこんと頭を下げると、渡された書類を持って職員室を出て行った。




 彼の名は大野琉生。私立大道学園(中等部)に通う中学二年生だ。

琉生は1階の廊下を歩いてから東側の階段を上って、自身のクラスの教室がある3階に来る。もうすぐ自分の教室に到着すると思ったその時、近くで掃除していた中学一年生が琉生にうっかりぶつかってしまった。その拍子に琉生は尻餅をついてしまい、持っていた書類をばらまいてしまう。

「あっ、ごめんなさい!」

掃除していた中学一年生は琉生と共に床にばらまかれた書類を拾い始める。

 なんで僕はこんなに運が悪いんだろう…?

そう考えながら琉生は落としてしまった書類を拾うが、考えていることの答えが出る前に書類を拾い終えてしまう。

「さっきはすみませんでした。」

「いえいえ。一緒に拾ってくれてどうもありがとうございました。」

そう言うと、琉生は掃除していた中学一年生から残りの書類を受け取って教室へと向かっていった。




 その一方。中学校の近くで一人の男子が不良男子高校生に絡まれていた。

「テメェ、ふざけるなよ!急にぶつかってきやがって!」

男子中学生はおびえていて何もできない。

「やめなさい!見ていたけど、アンタたちがふざけててぶつかったんでしょ!」

「ああん?なんだよ?」

不良男子高校生が振り向くと、そこには一人の美少女がいた。

「ふざけているのはアンタたちだからさっさと謝りなさい!」

「ちっ…なんなんだよ、マジで…」

不良高校生は舌打ちをすると、そのまま走り去っていった。

「あ…ありがとうございます……」

男子中学生は救ってくれた美少女にお礼を言うと、その場から去っていった。

 彼女の名は北原遥香。私立大道学園(中等部)の2年制である14歳の美少女。心優しく、困っている人を放っておけない性格だがその性格からクラスメイトからはあまり女子とは思われていないのがコンプレックスだ。これはコンプレックスだらけの日々を終わらせるために奮闘する遥香の物語である。




 中学校の教室では担任の教師がやってきて朝礼が始まろうとする。

「それじゃあ出席を取りますよ!」

その時、一人の少女が教室に駆け込んできた。

「すみません、暴走族に絡まれている男子生徒を助けていたら遅くなりました!」

北原遥香だ。

「北原さん、人助けをすることは大切ですが、遅刻が最近連続になっていますので気をつけてくださいよ。」

「はい、すみませんでした、気をつけます。」

遥香は担任教師に謝罪をすると、そのまま自分の席に急いで向かっていった。

 遥香が自分の席である窓側の一番後ろの席につくと、隣の席に座っている幼馴染の男子生徒・大野琉生が声をかけてきた。

「よく暴走族たちを相手に立ち向かうことできるよな。」

それを聞いて遥香は隣の席に座っている幼馴染のクラスメイトに視線を移す。

「私だって……ただ…困っている人を放っておけなかったから…」

「へぇ……なんかヒーローみたいだな…うらやましいよ…僕なんか……」

「僕なんかって…どういうこと?」

そう聞かれた直後、琉生はうつむいてしまう。

「僕はドジで不運体質だからなぁ…」

「そっかぁ…。じゃあさ…!」

遥香が大きな声を上げた瞬間、クラスメイトと担任教師が一斉に遥香と琉生の方を向いた。

「ちょっと君たち、何か話したいことがあるんですか?」

「えっ?あ…いや……その……何でもないです、失礼しました。」

そんな遥香を見てクラスメイト達は首をかしげると、すぐに真正面を向いた。

 遥香は琉生を見つめて小さい声で声をかけた。

「ごめん……お話の続きなんだけど、後でもいいかな?」

「いいよ、別に…というかみんなに聞かれたくないし……」





 その日の放課後。遥香と琉生は夕陽に包まれた公園に来ていた。

「今朝も言ったけど、私は困っている人をどうしても放っておけなくて…それでクラスメイトたちからあまり女子として見られていないのが…コンプレックスなんだよね。」

「僕は……自分で言うのもあれだけど…真面目にやっているのに…ドジで……不運体質で…失敗ばかりで……さえないんだよね……」

「そっか……それじゃあ……」

遥香が何か言いかけた次の瞬間、どこからかサッカーボールが飛んできた。サッカーボールはまっすぐ遥香の顔面目掛けて飛んでくる。

「危ない!」

琉生は遥香を守ろうと、真正面に駆け出すが、その拍子に地面に落ちていた小さな石ころにつまずいて転びそうになってしまう。遥香は地面にしゃがみ込む。次の瞬間、サッカーボールが大きな音を立てた。気がつくと、琉生が遥香を守ろうと真正面に立っていた。顔面にサッカーボールが当たっている。サッカーボールが地面に落ちて転がると同時に琉生も顔の何か所からか血を流して地面に倒れこんだ。

「琉生君、大丈夫?」

「へ……平気平気……」

そこへ、小学生くらいの男子が二人くらい走ってくる。

「あっ、すみません。」

「大丈夫ですか?」

「だ……大丈夫……」

小学生くらいの男子たちは申し訳なさそうに頭を下げてからサッカーボールを拾うと、そのままどこかへと走り去っていった。




 遥香が怪我をした琉生を心配そうに見つめながら絆創膏を貼っていく。

「大丈夫、琉生君?」

「うん…そんなことより遥香さんは怪我とかしていない?」

「私は……大丈夫。」

「そっか。けれど、つまずいて転びそうになっていたし。守るならドジったりとかしないのにかっこ悪いね…僕…」

それを聞いて遥香は優しく声をかける。

「そんなことないよ。琉生君は私を守ろうとしていたんだし、かっこ悪いなんてことはないと思うよ。」

「うん。ありがとう。」




 公園を後にした遥香と琉生はY字路で別れようとしていた。

「それじゃあ、またね。」

「ちょっと遥香さん、待って。」

「ん?どうしたの?」

「さっきサッカーボールが飛んでくる直前に何かを言おうとしていたけど……」

それを聞いて遥香も言い忘れていたことを思い出す。

「あっ、そうだった。忘れていた。明日からなんだけどさぁ…私たちでコンプレックスだらけの日々を明るい日々に変えていかない?」

「えっ?そんなこと……僕にはできるのかなぁ?」

琉生は自信がないようだ。

「大丈夫だよ。だってさっき私を守ろうとしていたんだし……あれは嘘じゃないでしょ?」

「それはそうだけど……もしも失敗していたら……遥香さんは怪我していただろうし…僕だって派手に転んでいるだけだったから……」

それを聞いて遥香は黙り込む。琉生の言っていることは間違ってはいない。けれど、このままなんて絶対嫌だ。私は変わってみせる。

「それならせめて…私が変わるの…手伝ってよ…」

「えっ?」

「私は変わってみせる…!琉生君だって変わらないままなんて嫌でしょ?」

それを聞いて琉生も動揺を隠せない。こうなったら仕方がない。

「分かった…。それじゃあ…明日からスタートだな…」

「うん。明日から私もできるだけ琉生君に助けられないとだね。」

そんな遥香を見て琉生も微笑む。

「ああ。僕も頑張るよ。」

 こうしてコンプレックスだらけの毎日を明るい毎日へと変えようとする遥香と琉生の試練が始まった。




 翌日。遥香と琉生のクラスは数学の授業の際にワークをやっていた。遥香はワークの問題を見てなかなか解けずにいた。

「この問題分からないなぁ。琉生君、分かる?」

「ちょっと待ってて。今僕も解いている最中なんだ。」

そう答えた直後、歩いて見回りをしていた担任教師が歩いてきて遥香に問題の解き方を教え始める。

 もしかして琉生君、昨日の約束忘れちゃっているのかな?

「ごめん…お待たせ。」

琉生が声をかけた頃には遥香は問題を解き終えていた。

「琉生君、一応聞いておきたいんだけど、昨日の約束忘れていない?」

「ごめん……問題解くのに集中していた……君の助けを優先するべきなのに……」

琉生は申し訳なさそうな表情で遥香を見つめている。




 給食の時間。遥香は食器を自分の席に向かって運んでいた。食器にはカレーやサラダ、デザートのバナナと今日の給食のメニューがある。その時、一人のクラスメイトが床に置いてあった配膳台を拭く用の雑巾と大量の水が入ったバケツを蹴り倒してしまい、水が溢れてしまう。床にこぼれ出てしまった水によって足を滑らせてしまった遥香は前に倒れていく。

「危ない!」

琉生が遥香の真正面に走ってきて遥香の体を受け止める。おかげで遥香は無事だった。だが、遥香が持っていた食器のカレーが琉生の学生服にかかってしまっている。

「大丈夫?」

「私は大丈夫だけど…給食が……」

琉生はカレーやサラダにかかっていたドレッシングで汚れてしまった自身の学生服を見つめる。

「ごめん……給食の方は……何もできなかった……」

そう言うと琉生は着ていた学生服を脱ぎ始めて体育の授業の際に着る体操着に着替え始める。遥香は琉生に歩み寄る。

「ごめんね…私のせいで琉生君の学生服が汚れちゃった……」

「そんなことないよ…。遥香さんはケガとかしていない?」

「う…うん…私は大丈夫……」

遥香は今にも泣きそうだ。

 もしかしたら私のせいで琉生君がとんでもない目にあったらどうしよう…

「この後体育の授業があるから大丈夫だよ。」

「う…うん…」




 その日の放課後。遥香と琉生は誰もいない教室で会話していた。

「琉生君、今日は色々とごめんね。」

「そんな…僕は…全然大丈夫だよ。そんなことより聞きたいことがあるんだけど、明日の土曜日に二人でいきたいところがあるんだけど、いいかな?」

「うん。でも、私なんかで大丈夫なの?」

「もちろん。何かあったら僕がどうにかするから大丈夫だよ。」

それを聞いて遥香はちょっと安心したような表情を見せた。

「それじゃあ…一緒に行かせてもらおうかな…?」

「OK。それじゃあ…帰ろうか!」

琉生と一緒に歩きながら遥香は心配そうな表情を隠しきれなかった。

「さっきから元気なさそうだけど、どうしたの?」

琉生もようやく気付く。

「いやぁ……その…なんか今日改めて思ったんだけど……私のせいで琉生君がとんでもない目にあっているなと思ったから……」

「それって給食の時のこと?」

琉生の質問に遥香はこくりと頷いた。

「遥香さん……あれは…僕から見たら天罰となったようなもんだよ。」

「えっ?」

遥香は琉生の言っていることを理解できずに目を丸くする。

「僕は数学の授業の際に自分のことを優先して遥香さんとの約束を破ってしまったからそれが返ってきたんだ。あの時はごめん。」

それを聞いて遥香は頷く。

「だから、給食のことは気にしないで。」

「う…うん。わかった。」




 翌日。琉生は待ち合わせ場所である公園のベンチに座って遥香が来るのを待っていた。やがて、遥香が走ってきた。

「ごめん、お待たせ。」

「全然大丈夫。僕も来たばかりだから。それじゃあ行こうか。」

遥香は琉生の隣を歩きながら声をかける。

「琉生君、今日はどこに連れてってくれるの?」

「今日はあのレストランに行こうと思って。」

「レストランって…あの…」

琉生が言ったレストランというのは遥香がよく行くノストというレストランだ。

「マジで?本当にいいの?」

「もちろん。僕がおごるから。」

 琉生は遥香の手を引っ張ってレストランの中へと入っていく。




 二人はレストランでメニューに目を通していた。

「琉生君、この後はどうするのかって決まっている?」

「えっ?」

琉生は遥香の質問に答えられず、黙り込んでしまった。レストランでお昼を食べた後どうするかについて何も考えていなかったのだ。

「ごめん。この後に関しては何も考えていなくて……よかったら行きたいところあれば…」

そう言われて遥香も考え始める。やがて、口を開いた。

「それじゃあ…ゲームセンターに行きたい。」

「分かった。このあとはゲームセンターに行こうか。」

遥香は琉生をまっすぐ見つめて頷く。

「僕は今からチーズハンバーグステーキを頼もうと思っているけど、遥香さんは何を食べたいか決まった?」

「それじゃあ…私は…カルボナーラにでもしようかな?」

琉生は店員を呼ぶと、チーズハンバーグステーキとカルボナーラを頼む。




 数分後、チーズインハンバーグステーキとカルボナーラがきた。二人はそれぞれ自分が頼んだ食品を食べている。

「遥香さん、ちょっとトイレ行ってくるよ。」

「うん。」

琉生が立ち上がってトイレに向かおうとした瞬間、派手な服装をした一人の男性がぶつかってきた。

「おい、どこ見てるんだよ、クソガキ!」

(えっ?いや、明らかにぶつかってきたのは僕じゃないし、なんでこんなことに…)

派手な服装のチンピラは琉生の襟元を掴んでにらみつける。

「テメェ…なんとか言ったらどうなんだよ、ああん!」

「やめなさい!」

チンピラが声の聞こえた方を向くと、遥香が席を立ってチンピラをにらみつけていた。

「見ていたけど、アンタからぶつかってきたんでしょ!」

そう言われた瞬間、チンピラは舌打ちをするとそのまま不貞腐れて店を出て行った。

「琉生君、大丈夫?」

「う、うん。ごめん。」

琉生は気まずそうにそのままトイレへと歩いていった。




 昼食を食べ終えた遥香と琉生は近くのゲームセンターへと向かっていた。

「琉生君、さっきなんだけど大丈夫だった?」

「うん。でも、遥香さんに助けてもらっていたし…やっぱり僕は…」

「そんなことないよ。琉生君は優しいし、何事にも真っ直ぐだし私はそういうところ……」

そう言いかけたところで遥香は慌てて口をふさいだ。

「ん?どうしたんだい?」

「あ…ああ…い、いや……な、なんでもないよ…そんなことより早くゲームセンター行こう!」

遥香は琉生の右手を握って引っ張りながらその場を走り出した。

 遥香さんは何かを言いかけたけど、何が言いたかったんだろう…?

 琉生は気になって仕方がなかった。




 やがて、二人はゲームセンターに到着し、中へと入っていく。ゲームセンターには専用のカードをスキャンして遊ぶカードゲームやアニメや映画で活躍しているキャラクターのフィギュアやぬいぐるみのクレーンゲームがたくさんある。

「遥香さん、なにかやりたいゲームでもあるの?」

「ええっと、それじゃあ…あれでもやろうかなぁ。」

遥香が指さしたのは二丁のライフルが黒いケーブルで接続された「ゾンビシューター」というシューティングゲームだ。簡単に説明すれば次々と画面に表示されたゾンビをライフルで撃ちまくるゲームだ。




 琉生と遥香はは一丁ずつライフルを両手で持ち上げる。次の瞬間、画面に次々とゾンビが現れてきた。遥香はトリガーを引いて弾丸を発射して一人また一人とゾンビを倒していく。

「ええっと、なかなか当たらないな。」

ゾンビシューターを初めてプレイする琉生はシューティングゲームのやり方は分かっているが、まだ慣れておらず、コツもつかめていないようだ。その時、ゾンビが強烈なパンチを繰り出してきた。それによって画面左上に表示された3つの赤いハートの1つが消滅した。

「こ、これって…」

「ゾンビを倒さないと攻撃を受けてライフが無くなっちゃうんだ。ライフが0になるとゲームオーバーになっちゃうから気をつけて!」

ゾンビを次々と倒しながら遥香が答える。琉生もライフルを乱射するが、ゾンビは次から次へと増えてきて霧がない。その瞬間、ゾンビの連続攻撃を受けて残っていた2つのライフも消滅し、画面が真っ暗になる。やがて、赤く光る文字が浮かび上がった。ゲームオーバーという文字だ。




「このゲーム難しいなぁ…」

「このゲーム…始めてやるの?」

ライフル型コントローラーを置いて遥香が目を丸くする。

「うん…シューティングゲームとかあんまりやったことなくてね。というかゲームセンター自体あまり行かないんだ。なんかごめん。」

琉生はどうやらシューティングゲームをやったことがなく、遥香の足を引っ張ってしまったのではないかと考えているようだ。

「そ、そんな別に謝らなくてもいいよ。琉生君はやったことがなくてもすごいまっすぐやってくれていたし。」

 その時、琉生の目に何かが止まった。それはイルカのぬいぐるみのクレーンゲームだった。「遥香さん、ごめん。ちょっとやりたいゲームがあるんだ。」

琉生はクレーンゲームに近づいていく。遥香もついていく。

「もしかしてこのクレーンゲームをやるの?」

「うん。遥香さんはイルカが好きだったよね?」

「そうだよ。でも、難しいから無理しないで、琉生君。」

「大丈夫だよ、僕に任せて!」




 琉生は早速100円玉を一枚入れる。琉生はレバーを動かし、クレーンを一番取りやすくて近くに置いてあるぬいぐるみの真上にセットした。

「よし、ここだ!」

琉生はつかむと書かれた赤いボタンを押す。すると、クレーンがゆっくり下がっていく。クレーンは見事イルカのぬいぐるみを掴んだ。誰もが上手くいったと思った次の瞬間、クレーンが上がった衝撃でぬいぐるみはポロリと落ちてしまった。

「惜しいなぁ…よし、もう一回やろう!」

琉生は100円玉を入れる。その様子を遥香が後ろから見守っている。琉生はレバーを右に傾けて、先程取れずに落としてしまったイルカのぬいぐるみの一つの真上にクレーンを動かす。

「今度こそ、ここならいける!」

琉生はつかむと書かれたボタンを押す。クレーンにつかまれたイルカのぬいぐるみはゆっくりと上に持ち上げられていく。しかし、あと少しというところで耐えきれずに落ちてしまった。尾の部分が枠に引っかかった状態でイルカのぬいぐるみは横たわっている。

「もういいよ、ありがとう。」

「いや、次たぶんいけると思うから最後にもう一度チャンスくれない?」

「そ、それじゃあ…最後の一回やったら終わりにしよう。」

琉生はこくりと頷いてから100円玉を入れた。

「それじゃあ…これでいこうか…」

琉生はレバーを右に傾けると、今度はイルカのぬいぐるみの頭の位置にクレーンを止めた。そして、そのままつかむと書かれたボタンを押す。

「ちょっと待って!これじゃあ取れないんじゃ……」

後ろから様子を見守っていた遥香が口を出す。

「たしかに誰もがそう思う。けど、よく見ていて。」

遥香と琉生の目に飛び込んできたのはクレーンによってイルカのぬいぐるみが傾いて取り出し口に落ちていく瞬間だった。

「ええっ!マジ!嘘でしょ!琉生君、すごい!」

遥香は驚きのあまり子供のようにはしゃぎまくる。琉生は取り出し口からイルカのぬいぐるみを取りだすと、遥香にイルカのぬいぐるみを差し出す。

「これ、僕からのプレゼント。」

「えっ?私に…?もらっちゃっていいの?」

琉生は笑顔で頷く。

「僕はドジで不運体質のダメダメだけど…遥香さんのことが好きなのは変わらないよ。ずっと小さい頃から…これからも…」

琉生に告白された遥香は驚きのあまりその場で凍りついて沈黙してしまう。

「えっ?な、何を言って…いる…の…」

その時、一人の不良高校生がニヤニヤ笑いながら近づいてきた。

「ようようよう、可愛いお嬢ちゃんじゃん。俺今からカラオケ行くんだけど、付き合えよ。」

遥香は言い返そうとしたが、ここで言い返したら自分のコンプレックスがどうにもならなくなってしまうと思い直し、黙り込んでしまった。どうすればいいのかわからない。

「やめろ!遥香さんが怖がっているだろ!」

大声を上げたのは琉生だった。

「なんだよ、テメェ!」

「は…遥香さんに……て…手を…出すな…」

「へぇ~。ムカつくねぇ、お前…」




 ゲームセンターを出た瞬間、路地裏で不良高校生と琉生の殴り合いが始まった。しかし、琉生は殴り合いになれていないため、一方的にやられている。

「テメェ…これで二度と舐めた態度取れねえからな…」

不良高校生は傷だらけになって倒れている琉生につばを吐くと、そのまま遥香に迫っていく。

「それじゃあ…カラオケに行くとするか…」

次の瞬間、遥香のビンタが不良高校生の顔面に直撃した。

「私の…私の大好きな…人を傷つけるなんて…私が許さないから!」

「ほう…お前も…そいつと同じくぶん殴ってやるよ…」

不良高校生は鉄の金属バットを出した。そのまま殴りつけようとした次の瞬間、後ろから固い何かが当たって不良高校生はよろめいた。振り向くと、大きな石を持った琉生の姿があった。

「テメェ…ぶっ殺してやる!」

不良高校生は金属バットを振り回した。琉生は大きな石でそれを受け止めて右足に勢いよくぶつける。痛みに動きが止まった一瞬の隙に琉生は顔面を勢いよく殴りつけた。不良高校生は目を両手で抑える。

「ここは危険だ…!」

琉生は遥香の右手を握ってその場から走り出した。




 なんとか不良高校生から振り切った遥香と琉生は荒い息をしていた。

「琉生君、いくらなんでも今のはすごい無茶だよ!」

「ごめん。僕は…遥香さんのことが好きだから…守らなくちゃいけないと思って…」

それを聞いて遥香も顔を赤らめる。

「もしかしたら…さっきのヤンキーが遥香さんを可愛い女の子だと認識したから狙ったんじゃないかなと僕は思う。」

「えっ?」

きょとんとする遥香に対して琉生は話を続ける。

「遥香さんはその正義感の強さから女の子ではなくてヒーローみたいだと認識されていたけど、クレーンゲームで僕に頼っていたから可愛い女の子として認識されたんじゃないかなと僕は思うよ。」

「そ…そんな…私が可愛いだなんて……」

琉生は遥香をまっすぐ見つめる。

「僕は君のことが好きだ…でも、ドジで不運体質だから役に立たないと思う。」

そう言って立ち去ろうとした瞬間、遥香は後ろから琉生に抱きついた。

「琉生君、ありがとう。琉生君のおかげでコンプレックスが少しは良くなった気がするよ。あと、私も大好きだよ。だから、付き合ってください!」

遥香の告白に琉生は驚きの表情を浮かべる。

「ぼ、僕なんかで…いいの…?」

「もちろん。琉生君は何事にも真っ直ぐで頑張り屋さんだからそういうところが好きなの。」

琉生も遥香の方を向いて微笑む。

「ありがとう、僕からも付き合ってください…。」

二人はそのまま抱き合った。

「これからは私のこと…守ってくれる?」

「もちろん…全力で頑張るよ…!」

 こうして二人のコンプレックスだらけの日々は終末を迎え、明るいバラ色の日々へと変わっていった。

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