【短編児童小説コンテスト】経験値ゼロから始める恋愛ノベルの執筆法

Ab

第1話



「……すみません、今なんて言いました?」


「だから〜、先生の次回作はディストピアじゃなくてもっとこう、中学生らしい初々しくて焦ったくて、ついでにちょっと生々しいラブコメでお願いしますよ」


 四月の某日。都内のとある出版社にて。

 二人で使うには広すぎる会議室の、これまた大きすぎる窓から差し込む陽光を浴びて、シーリングライトが存在意義を奪われている時間帯。


「世界が崩壊してるようなディストピア系の小説を書いてた作家に、ラブコメなんて書けるわけないじゃないですか」


「そこをなんとか!」


「無理です。トレンドも分からないし」


 声のうるさい女とクールでかっこいい少女による言葉の投げ合い。

 言い換えれば、担当編集声のうるさい女新人売れっ子作家クールでかっこいい少女による、よくある打ち合わせの一幕。


「トレンドとかその辺は担当編集であるあたしに任せてくださいよ。それにね〜舞菜香まなか先生、中学二年生が書いたラブコメってだけで、世間的には需要ありまくりなんですよ?」


 当然のことながら、クールでかっこいい売れっ子作家が私であり、物語ならいざって時にしか力を発揮しない基本うるさいに徹するサブキャラが私の担当編集だ。


「小説に年齢は関係ありません。読者は結局、本文しか見ないんですから」


「なら逆に聞きますけど、先生は中学……だと同い年になっちゃうから、そうだなぁ、幼稚園! 幼稚園児が書いたディストピア小説とラブコメならどっちが読みたいですか? あたしは聞くまでもないと思うんですけどね?」


「それは……」


 ディストピアとはつまり終末世界を題材にした暗く重たい(ことが多い)作品のジャンルであり、ラブコメは言うまでもなく恋愛とコメディを複合させた明るく楽しい作品のジャンル。


 幼稚園児が書くならそりゃあラブ……いや。


「ディストピアです、私は」


「ま、幼稚園児が書くディストピアも気になりはしますけどね……多分、お父さんかお母さんが世界を滅ぼす話になるだろうし」


「でしょう?」


「でも、ラブコメの方が10倍は売れる」


「……」


 そう。

 それは私にも分かってる。これでも作家の一員なのだから。

 どっちのジャンルが物語として優れているかって話じゃなくて、どっちのジャンルがどれだけの読者を持っているかという話。

 ことライトノベルにおいて、ラブコメの読者層は一、二を争うレベルで厚いのだ。


「ディストピアが良い気がするのは先生みたいに早熟した子供か、あたしみたいに立派な大人がよくできた頭でストーリーや文章を補完してるからです。実際に幼稚園児にディストピアなんぞ書かせたところで、世界観とキャラクターとストーリーが喧嘩する駄文になるに決まってるじゃないですか」


「それって遠回しに私の作品もそうだったって言ってます? だから次回作はラブコメにしろと? 10万部以上も売れたのに?」


「いやいや、舞菜香先生の文章力が凄まじいのは業界の人間なら誰でも知ってますよ。なにせ中学二年生で商業作家、しかも売るのが難しいとされるディストピア系ラノベを、その並外れたストーリーと文章力で10万の大台に乗せた……」


「なら次回作も私は……」


「だから惜しいんですよ先生は。読者の多いラブコメというジャンルなら、先生の若さと才能も相まって、100万部だって夢じゃないのに」


「……」


「ちなみに恋人がいたことは?」


「……ありません」


「そうですか。一応言っておくと、あたしは中学卒業までに5回も告白されたことがあります」


「一応聞きますけど、その話いらないですよね? 中学生相手にマウント取らないでください」


 それがあなたのうるさい女たる所以ゆえんです。


「取りますよそりゃあ! ……だってあたしが普段どれだけの人に頭下げてるか知ってます? 編集なんてマウント取れる相手は作家とイラストレーターくらいしかいないんですよ。他はもうちょっっっっと悪口言っただけですーぐクビだの減給だの残業だの、いちいちいちいちッ!」


「夢見る年頃の少女に大人の闇を愚痴らないでください!」


 本当にこの人は……

 なんというか、私の担当編集にはもう少しカッコイイお姉さんであって欲しかった。これじゃあ『うるさい女』ではなくただの『やばい女』だ。


 ところで、普通の大人は楽しくお仕事してるよね?

 

「……はぁ、やっぱり私はディストピアで、大人の化粧が剥げるくらい読者を泣かせる方向で行きます。っていうか、神崎さんまだ独身でしたよね?」


「じゃあ次回作は生々しいラブコメを書く方向で!」


「おい担当編集、作家のこと無視するな?」


 しかも今までの会話を全部無視したよこの人。

 つい素が出ちゃったのも許して欲しい。


「え〜いいじゃないですかラブコメで。実はもう上の人間で話はついてるんですよ。ウチのレーベルは今後、大衆受けを狙って行こうってことで」


「普通作家を通してからしますよねそういう話……」


「いや作家なんて通しませんよ。ウェブ小説の溢れる今の時代、プロに匹敵するアマチュア作家なんて腐るほどいるんですから。ちなみに編集は貴重な役職です」


「…………ん〜〜っ」


「ほーらっ! 一言『はい』って言えば済む話じゃないですか!」


「そんな簡単に言わないでくださいっ! 書き手からすればインプットからのスタートになるんです。今までの数倍の労力が必要なんです」


「でもそれが作家の仕事ですよ?」


「それは……そうですけど」


 急に核心を突いてこないでよ……。

 そんなこと言われたら、作家としては納得するしかないじゃないか。

 『トレンドや文体を掴むまでの苦労を知ってて言ってますか?』とか反論したい気をグッと押さえるしかないじゃないか。


「あーもうっ! 分かりました! ラブコメを書けば良いんでしょう!? 書きますよ、だって私はプロですから! その代わり……出版枠は必ず確保しておいてくださいね?」


「それはもちろん! いやぁ、書いてくれるようで何よりです! それじゃあ次回の打ち合わせまでに彼氏くらい作っておいてくださいね」


「はいはい…………って、はい?」


「ところで先生、最近あたしの兄の子供がハイハイできるようになったんですけど、立つのにコツとか気をつけることとかありますか?」


「え、いや、そんなことよりも…………ん? 今ナチュラルに私のこと馬鹿にしました?」


 これだから編集者とかいう職業は。

 年齢いじりほどタチの悪いものはないのに、それを自然と会話に混ぜてくる。

 じゃあ30過ぎのあなたは高校の頃の記憶あるんですかって話だ。……まあこれはあるのかもしれないけど。


「私はれっきとした少女であって、幼女でも赤子でもありません。それと、作りませんよ彼氏なんて」


「え〜? ディストピアの時は夏休みに一週間くらい布団にくるまって絶望の擬似体験とかしてたのに?」


「それはそれ、これはこれです。それに、その気もないのに作った彼氏もどきが創作の参考になるとは思えません」


「まあそれは確かにそうですけどー、誰か良さそうな人いないんですか?」


「いたら作家なんてやってません」


「うわ、そのセリフで激怒する作家10人は知ってますよあたし」


 神崎さんはため息と共に組んでいた脚を解くと、頬杖をついて揶揄からかうように目を細めた。


「本当にいないんですかぁ?」


「いませんよ」


「またまた〜。先生のことだから、どうせその気があるのにツンツンしてるだけなんでしょう?」


「だからいないって言ってますよね? あと、クール一色の私をツンデレみたいに言わないでください」


 私ほどカッコイイにステータスを振ってる女子は珍しいだろうに。ほら、髪も黒髪ロングだし、会話文……じゃなくて話し言葉に感嘆符少ないし。


 ちなみに神崎さんの知力ステータスは私を100としたら7くらい。


「同級生も、先輩も、後輩も、幼馴染とかも? 本当に何も無し?」


「いや、まあ、幼馴染ならいますけど」


「男!?」


「……いちおう」


「勝った!! これでウチのレーベルの波が来る!!」


 ガッツポーズで勝利を確信したようなテンション。

 もう好き勝手。言いたい放題だ。


 とはいえ、過程はともかく私の作家としての実力をここまで高く評価してもらえると、実は素直に嬉しかったりする。

 それに、レーベルや小説業界の繁栄を願う姿勢は素直に尊敬していたり……


「ついでにあたしの編集者としての能力が業界で評価されメディアミックス先の仕事のできるイケメン(複数)から惚れられて、前代未聞のn角関係による甘く情熱的な恋物語が──」


 ……なんてことは別にないけど。


「── ごほん。中学生にはまだ早かったか」


「し、知りませんよ」


 うん、本当にもう塵ほども尊敬しないことにする。山になったら困るから。


「早熟だねぇ先生は」


「だから知りませんってば!」


 恋のABCはキスで終わり!

 Zなんて存在しない……しないからっ!


「最悪その幼馴染と付き合いはしなくても良いですから、とにかく手を繋いだりハグしたり一緒にお風呂入ったりしてイチャイチャしまくってきてください。次回の打ち合わせまでに!」


「だから優くんとは全然そんなんじゃないですから!」


「んもぅその親しげな呼び方が、もう! こりゃ両思い確定だな……」


「作家より素敵な想像力ですね!! ……まったく」


 担当編集やめて今すぐファンタジー小説でも書けば良いのに。

 っていうのは作家が編集に言っちゃいけない言葉ランキング第一位だけど、こんなにひどい扱いを受けてる私なら別に言っても許されるのでは?


「はぁ、本当に固いんだから先生は。とにかく! 次回の打ち合わせまでにちゃんとイチャイチャしといてくださいね? 無理ならここに連れてきてください。先生と同い年の一般人なら、一万円も払えば喜んで取材に協力してくれるでしょうし」


「やだ〜! もう私の担当編集ホントやだぁ!!」


 言葉を操る売れっ子作家と、言葉を無視する担当編集……の皮をかぶったやばい女。

 打ち合わせというか口論というか、まあ、話し合いの場において最初から私に勝ち目なんて無かったというわけで……


「じゃあお願いしますね〜! あたしは他の仕事もあるので失礼しまーす」


「ちょっと!?」


 やっぱりチェンジだこんな人。

 ただ切実にそれを願います。


 ……。


 …………。



 あぁ、優くんと超会いづらくなった気がする。

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