~戦前の章~

戦争の匂い










「ゼリャー!」



「――そこ!連携が崩れているぞ!もっと気を引き締めろ!!」



「「はい!アイン隊長!」」



(…やっぱり、実家というか自分の家って落ち着くね)



――――ヒンメルの町に響く、騎士団達の声…それに耳を傾けながら、ライアは屋敷の窓から見える訓練風景を眺めながら一息入れる。



……王都で飛行船のお披露目やインクリース家の騎士団設立などを済ませたライア達は、リールトンの街を経由しつつ、ヒンメルの町へ帰還していた。



帰りの飛行船の中は、騎士達が約32名(約2人程は騎士身分か微妙)が増えた事もあり、かなり賑やかな空路の旅であったが、王都でのアインとコルドーの言い争い?の様な問題も無く、速やかにヒンメルの町に帰ってくる事が出来た。




ちなみに、騎士達以外の商人達やバンボ達大工組に関してなのだが、基本的にどちらもヒンメルの町を拠点にして、色々と動き出してくれるらしい。



商人達……カルデルのアイドルプロデュース系の話は特に確認はしていないが、他の3人の商人達はライアの願い通り、この町で商店を立ち上げ、飛行船関連の空輸系の仕事や人材確保、それに町での商売関連のまとめ役として動いてくれる事になった。



一応、まとめ役というか商人代表の立場はカルデルにはなるのだが、そう言った利益を求める話は他3人の商人に丸投げしてしまったので、カルデルは実質ツェーン関連の仕事しかしないらしい。





そしてバンボ達大工組は、王都での後片付けとやらが本当に終わったらしく、もうヒンメルの町から出る事はあまり必要無くなったらしい。



実際にどんな事をして来たのかは知らないが、開拓して間もないこの町での仕事を集中的に片付ける代わりに、他の地域の派遣を全て断る事になったそうだ。



未だ建設ラッシュが起きているヒンメルの町にとっては心強い事だが、この町以外の所に向かう大工達が忙しくならな過ぎればいいがと少しばかり心配してしまう。






「ハァッ!ヤァァッ!!」



「ほらほら!そんなんじゃライアちゃんに捨てられるぞベルベット?」



そして、新たな仲間である騎士団達は現在、ヒンメルの町のインクリース邸の横に急遽用意された空き地にて、連携やお互いの力量を計る為の訓練に勤しんでいた。



「す、捨てッ!?……それはそれで、何か胸に来るモノがあるような…」



(……ベルベット……はぁ…)



―――バタン…



ライアは、これ以上訓練風景(ベルベットの痴態)を見ていると、精神が疲れると判断し、開いた窓を閉めつつ、仕事に戻る。



「……戦争かぁ…」



ライアは執務室に置かれている机の上に広げている書類などに目を配りつつ、先日の記憶を思い返す。





――――――――――

――――――――

――――――






「ヒンメルの町への攻撃……情報と奴隷を目的とした略奪が目的か…」



「はい…」




時間は、ライア本体が飛行船でヒンメルの町に帰還する数日前、帝国でスパイをしていた分身体が得た情報をアーノルドに報告すると、戦争の匂いが近くなってきた事に苦悶の表情を浮かべる。




「ふむ……些か情報の入手経路に疑問が残るが、現状ライア殿の動きを監視する目も無く、ライア殿には特別何か不審な動きをしてもらった訳でもない……偶然とは言い切れないが、恐らくその情報は真なのだと私は思う」



「…確かに、都合よくスパイである私が紛れ込んでる店を貸し切りにして、攻撃対象の情報を漏らすとは考えにくいですよね…」



ライアは自分でも、そんな偶然普通は無いと思う。



だが、ライアが見る限り、あの貴族達の表情や喋りにこちらを騙す様な意図は感じられなかった。




「まぁ折角得た情報で疑心暗鬼になるのもおかしな話だし、ライア殿は帝国からの攻撃に備え、防衛の準備をしてくれ」



「はい」



アーノルドは頬に当たる髪を指で払い、耳に掛け優雅に紅茶を一口飲み、口を潤わす。



「ふぅ……ヒンメルの町はこれからの飛行船業の要だ。必ず防衛しなければならないし、何より私がライア殿の傷つく姿を見たくはない……王子として、敵国の欺瞞作戦の可能性がある以上、王都の騎士達を無暗に動かす事は出来ないが、それなりの戦力は送る。だから必ず勝て」



「アーノルド様……」



情報はライアの見聞きした事だけ、それを信用し、ライアの事を心配してくれるアーノルドに、不覚にも涙が浮かびそうになるが、ぐっと目じりに力を込めて耐えて見せる。




「……ありがとうございます……必ずや町を守り切って、帝国の連中を捕えて情報の1つや2つ、手に入れて見せます」



「ははッ!期待して待っていよう」



ライアとアーノルドの間には、着実に友情や忠義と言った絆が結ばれて来てはいる。



場所が違えば、主と騎士の美しい主従愛として見られる可能性もある程の…。



だが実際には、ライアとアーノルドの姿はお互いどこからどう見ても王侯貴族の美少女令嬢の2人が優雅に紅茶を楽しむお茶会会場。



周りのメイドやアーノルド付きの護衛騎士達は心の中で同じ思いを叫ぶ。



(((話が重い割に、見た目が可愛すぎて……何とも言えないモヤモヤ感…)))



当の本人達は周り使用人達の温度差があった事に気が付く事は無かった…。






―――――――――――

―――――――――

―――――――







アーノルドとの話合いからすでに2週間程、仮に帝国があの【ラウル亭】で会談のあった日からすぐに進軍を開始していたとしても、馬と馬車では数か月は掛かる道のり。



今すぐ対策する必要は無いかも知れないが、対策を講じないのと何も考えないのは別の事、ライアは今何が出来るのかを整理する為に、今ある情報をまとめる事にする。




「帝国がヒンメルの町に攻めて来た際のこちらの戦力は新設の騎士団と町に定住してくれている冒険者達、それに俺自身の分身体達にアーノルド様が用意されるという援軍……後は町に住む有志の志願兵……いや、それは戦力としては考えたくない…出来るなら死人は出したくない」



戦争で死人を出したくないとは夢見が過ぎる考えかもしれないが、ライアにとって死生観は基本的に前世の平和な日本に居た頃と変わらない。



人の死には敏感だし、日本でも人死にが無かった訳では無いが、出来るのなら自分の周りの人達にはそう言ったとは無縁であって欲しいと思ってしまうのもしょうがないのかも知れない。




「……そうなると、どう考えても戦力は100人も居ない……アーノルド様の援軍に期待と言っても、欺瞞作戦だった場合の為に王都から大勢の騎士を移動させる事は出来ないだろうし、精々2,30ぐらいか?」



相手の戦力はわからないが、開拓したばかりとは言え町を一つ襲うのに100人程度の戦力で来るとは考えれない。



少なく考えても500人以上、あるいは1000人以上だって考えられる。



ダルダバの町の件は、主に隠密性が求められた作戦だった故に500人未満の少数だったが、今回はそうとは限らない。




「……何か、数の不利をひっくり返す考えが必要だね」



ライアは朧気ながら、戦争を有利に進める為の策を考えつつ、思考を巡らせる。




「ふぅ……まずは騎士達の安全性の向上も兼ねての、レベル上げかな?」



ライアは先程まで眺めていた騎士達の訓練風景を横目で見つめながら、そう呟くのだった。











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