第8話
「亜神との戦いのあと、しばらくは静かな日々が続いた。どの国も疲弊していて、復興を優先していたからだ。そうしてつかのまの平和がおとずれた」
メテスがその長い脚を組みかえたあと、話を続ける
「だが落ち着いたせいで、よくない考えをもつものがあらわれた。<オリハルコン>の強力な力に魅せられ、それを独り占めし、大陸を統一せんとする国があった。とうぜん、ほかの種族からは反対の声があがったが、その国はゆずらず、武力行使にうってでた。星を守るために手をとりあっていたさまざまな種族が、こんどはわかれて世界の覇権をかけて争うことになったのだ。その結果、最初に野望をもって動いた国が勝利した。その種族がこの世界を支配したのだ」
「あの、それって」と僕。
彼女はうなずいた。「そう。人間だ」
やはりか。予想していたこたえに複雑な気持ちになった。
「当時の人間の王は、ほかの種族を排除しようとした。人間だけの世界をつくろうとしたのだ。西の地域に国をかまえていたわれわれエルフの一族は、ほかの種族同様、絶滅寸前に追いこまれ、生き残った同胞たちは人の手がはいっていない深い森のなかに逃げこんだ。それ以降、人間は領土をひろげ、やがて大陸のすべてを制圧したのだ」
無言の時間がおとずれた。
僕らは沈黙し、なにもいえなくなっていた。もちろん、僕らがなにかをしたわけではない。しかし、はるか昔におこなわれていた大人たちの非道な行為、目のまえにいる女性がその犠牲者のひとりであることに、言葉がでてこないほど罪悪感を感じていた。
そんな僕らの表情を見て、しまったという風に一瞬だけ顔をしかめたメテスは、しかしすぐに安心させるよう軽く頭をさげた。
「すまないな」
彼女はいった。
「きみたちを糾弾するつもはなかったが、結果的にそうなってしまったようだ」
「いえ」と僕は首をふった。
彼女はほほえんだ。
「話を続けよう。その内戦のさなか、<オリハルコン>は行方不明になった。戦争の混乱で紛失したのか、それともだれかがもちだしたのか。真相はわからないが、人間が大陸を統一したとき、すでに<オリハルコン>は姿を消していた」
「そして、そのひとつがここにあった?」とクラン。
「そう。もともとあったのか、だれかが隠したのか、あるいは別の理由か。ともかく、<オリハルコン>はここにあった」
メテスが壊れた窓に目をやった。
いつのまにか、太陽が高いところにある。晴れた空、澄んだ青から陽射しが降りそそぎ、小屋のなかに差しこんでくる。その透明な光のなかでほこりが舞いあがっていた。
ふたたび視線を戻した彼女はいった。
「この森の向こう、さらに奥の山頂部に、いくつもの掘られた穴があった。おそらく、きのうの<邪悪なるもの>はこの小屋を拠点にして、ずっと<オリハルコン>を探していたのだろう。そしてそれを発見した」
「ひとついいか」
カクタスが、教師に質問する生徒のように手をあげた。
「だいたい話はわかったよ。スケールが大きすぎて想像はつかないけどな。まあ、それはいいとして。聞きたいことは、きのうの<邪悪なるもの>は、親父の打った剣をどうしたのかってことだ」
メテスが首をかしげた。
「どういうことだ」
「彼のお父さんは、鍛冶屋をやっているんです」
室内の奥にある、柄がぎっちり詰めこまれている棚を指さし、僕はこたえた。
彼女はそちらに目をやったあと「ああ」とうなずき、こちらに向き直った。
「おそらく、食べたのだろうな。やつは<邪悪なるもの>のひとり、フェムル。鉄を体内にとりこみ、それと同じ硬さに変化することができるのだ」
僕はきのうのことを思いだした。あの男の体は、鍛えあげられた筋肉のそれではなく、無機質な金属のような硬質さがあった。あれはそういうことだったのか。
メテスが髪をかきあげた。窓から差しこむ陽光になびくあざやかな金の髪のなかを、輝く光沢が流れていった。
彼女がテーブルのうえにある<オリハルコン>のひとつ、<光のつるぎ>に視線を向け、それからこちらに頭をさげた。
「きみたちには感謝している。これが亜神の手にわたっていれば、やつらに対抗する手段のひとつが失われていた。よくとり戻してくれた。ありがとう」
「いえ、そんな、偶然ですから」
まっすぐな感謝に照れと恥ずかしさがこみあげ、僕はしどろもどろになり曖昧な笑みをうかべた。
メテスのエメラルドグリーンの瞳が、三人のまんなかにいる僕だけに向けられる。
「きみ、名前は?」
「サシクです」
「そうか」
彼女が目を閉じ微笑した。それから瞳をひらいたときには、そのエメラルドグリーンのまなざしに新しい光がやどっていた。
「サシク。きみに頼みがある。私と一緒に、<オリハルコン>探しの旅についてきてくれないか」
「え?」
「ちょっとまってください!」
とまどい、こたえられずにいると、となりにいるクランが声を荒らげた。
「どういうことですか。サシクは関係ないはずです」
「いや、おおありだよ」
メテスは首をふった。そのたび、陽光を浴びたあざやかな金髪がまぶしくゆれる。
まっすぐな視線を向けてきた。
「<オリハルコン>はだれにでも使える武具じゃない。使用者を選ぶのだ。そしてきみは選ばれた。私たちはそれを<星に導かれしもの>と呼んでいる」
「僕が?」
「そう」と彼女はうなずいた。「きみは特別な存在だ。私と同じ<星に導かれしもの>であり、この<光のつるぎ>の正式な所有者となった。ぜひ、<オリハルコン>を見つけ、<邪悪なるもの>を倒す旅についてきてほしい」
真剣なまなざしに、とりあえずなにかをこたえようとしたが、おもいつく言葉はいっさいでてこなかった。
ただ口をあけただけのまぬけな顔になっていると、突然、カクタスが勢いよく立ちあがった。そのせいでほこりが大きく舞いあがった。
「俺じゃあ、だめなのか」
くいつく勢いで彼はいった。
「サシは戦いとか、そういうのには向いてない。でも俺はちがう。自慢じゃないが、剣の腕ならこの町で一番だ。<邪悪なるもの>ってやつとも戦える」
「カクタス、どうしたのさ」
「サシは黙っててくれ」
こちらを向かず、彼はぴしゃりと叫んだ。はじめてみる態度だった。しかも、その横顔にはなぜか焦りの色がある。
「きみが<星に導かれしもの>ならいいよ」
静かにメテスはいった。
「戦えるとか、向いてないとか、そんなことはどうでもいい。大切なのは、<オリハルコン>に選ばれることだからね」
「どうすればいい?」
彼女がテーブルのうえにある<光のつるぎ>を指さした。
「簡単さ。それを握ればいい。それでなにも起きなければ、きみは選ばれなかったということになる」
やれるさ。カクタスの口がそんな風に動いた。
彼がゆっくりと<光のつるぎ>に手を伸ばした。柄に指が触れ、それからおもむろに握る。期待に満ちたカクタスの目が、手にもった柄に向けられた。僕らも同じように凝視した。四人の視線が<光のつるぎ>に向けられる。数秒がすぎた。しかしなにも起こらない。
いっさいの変化がなかった。
「残念だが、きみは選ばれなかった。あきらめてくれ」
メテスの声はなぜか醒めていた。必要以上に冷たく感じたりもした。
「なんで」
カクタスは唇をかみ、拳を強く握りうめいた。
「カクタス、落ち着いて」
「うるさい!」
怒鳴り声をあげた彼が、こちらを向いた。
「なんで、なんで、俺じゃなくて、おまえなんだよ」
腹の底からこみあげてくるような声だった。憎悪というぞうきんをしぼり、あふれもれてくる憎しみの響きがそこにはあった。
豹変した幼馴染におどろき、僕はおびえてしまっていた。わがままだが強く優しいカクタスはもうない。そこにいるのは、憎しみのまなざしで見おろしてくる、いままで知らない彼の姿だった。
憎悪に満ちた瞳のなかに、おびえた僕の表情がある。ふと、その顔がゆれた。カクタスの目に後悔の色がうかびはじめていた。彼は視線をさまよわせながら、混乱する感情をぶつけるように、まるでおもちゃにやつあたりする子供のように、手にもった<光のつるぎ>を大きく頭上にかかげ叩きつけようとした。
衝撃にそなえ、僕は両手で顔を守ったが、いつまでたってもそれはこなかった。<光のつるぎ>をもちあげたまま、彼は停止していた。憎しみを押しとどめるよう、必死で我慢しているようにも見える。やがて、柄を乱暴にテーブルのうえに置いたあと、カクタスは逃げるように小屋をでていった。
「カクタス!」
追いかけようとしたら、シャツのすそがつかまれた。そちらに目をやると、悲しそうな顔のクランが、僕のシャツのすそをしっかりと握りしめながら、首を横にふった。
「いまは、ひとりにしたほうがいい」
静かな声に、追いかけるのをやめ、小屋の入り口のほうに顔を向けた。
カクタスの背中はもう見えなくなっていた。
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