天獄に続く洋菓子店
夏目 夏妃
第1-1話 綺麗な人に天使と言ってはいけない
「こちら、今日入ってきたんすよ。カッコイイっすよね!」
駅前の大きなショッピングモールの端。ネオンライトで飾られた薄暗い店内で、金髪メッシュの店員が爽やかに笑った。大きな姿見のむこうでは小顔で
「似合わないなぁ……」
「えー。いいじゃないすか、カッコイイっすよ!」
ハルトから戻されたジャケットをハンガーにかけながら、店員が再び笑顔で言った。彼はさっきから何を手に取っても「カッコイイっす!」しか言わない。
「これはどうっすか?」
今度は背中に
「いやいいです。ありがとうございました」
またでーす、と馴れ馴れしい挨拶で店員に見送られて店の外に出る。知り合いが誰もいない少し遠くの高校に合格したハルトの初登校はもう明日に迫っていた。童顔がコンプレックスの彼はどうにか舐められないようにと必死だが、まずその感覚が間違っていることを教えてくれる人は誰もいない。
(そろそろ帰ろうかな)
ハルトは駅まで続く短い階段を降り、駅前の大きな交差点で立ち止まった。日が傾きかけた空を見て、今は何時だろうかとポケットを探る。慣れた手つきで四角い画面を
(あ、やばっ!)
慌てて地面に視線を
「あぶないっ!!」
突然誰かに手首を
「あ……ありがとござ……ます」
ばくばくと聞いたことのないような音を立てて口から飛び出して来そうな心臓を押さえ、ハルトはその場にうずくまる。信号が青になり、自分の周りを避けるように人の波が動いた。やっとの思いで立ちあがろうとすると、目の前にすっと手が差し出される。あたたかな光に包まれたような優しい声がハルトの耳に届いた。先程助けてくれた人だ。
「ふふっ、危なかったですね。大丈夫ですか?」
声の主はハルトと同じくらいの歳の少女だった。一点の
「天使だ……」
「え?」
無意識にこぼした言葉は、
「あ、あのっ! 助けてくれて、本当にありがとうございました」
変なことを言ったと後悔しながら再びお礼を言って立ち去ろうと彼女に背を向けると、後ろから再び腕を
「あ、あの???」
「……どうして……」
「え?」
「どうしてわかったんですか!?」
思い詰めたような表情をしているが、果たしてなにがわかったというのか。頭に疑問符を浮かべている状態のハルトをただとぼけているだけだと思ったのか、少女はその美術品のような顔を不快そうに歪めた。怒った顔も綺麗だ。
「とぼけないでください! 今私のことを、天使だって言ったじゃないですか!!」
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