二作品目「私は進んで(いる!!)」
連坂唯音
私は進んで(いる!!)
体に覆いかぶさったパラシュートを取ると、そこには黄色の植物が広がる大自然があった。見渡す限りの黄色だった。空には岩の塊が浮遊し、岩は重力を無視して空へ上昇しているようだった。私は異世界に墜落したのはこれで二度目になる。
「ふーん、来ちゃったか」
一度目は、私が十七歳の頃、私の母と『新潟県湯沢町の気球ツアー』に参加したときのこと。気球に同乗していた観光客の一人が、上昇中に一眼レフカメラを手を滑らせて空へ落とし、その観光客が発狂して高度六十メートルから飛び降りようしたのだ。他の観光客が落下しかけたそいつを引っ張り上げようと手すりに集まったため、気球はバランスを崩し、本来の進路とは違う方向へ流されていった。
私は必死にバスケット、つまり乗りかごにしがみついていたので、異世界へ入った瞬間が分からなかった。ただただ薄暗い白い砂漠に気球は不時着し、私と母を含む観光客は見知らぬ場所へ来たのだった。気球の操縦士は助けを呼んでくると言って、そのままどこかへ行き、帰ることはなかった。
しかし、私たちは約七時間ほどで新潟の地上に戻ることができた。私たちは何もせずに、未知の砂漠から帰還したのである。戻れたのは、白い砂漠が空中へ上昇していたからである。砂漠は私たちを持ち上げながら、何時間か上昇したのち『藤塚浜』と呼ばれるビーチに出現した。花崗岩の白い砂が広がる観光ビーチだ。
異世界に訪問するというのは、この地球において珍しいことではない。多くの少年・少女が異世界へ転生をしたり、転入したりしている。特に女性が多いようだ。
私が体験した異世界は、話に聞いていた世界よりもすごく殺風景だった。
そして再び異世界に来た。イベント用の気球を試運転していたら、突風に流されたどり着いたようだ。ちなみに今、私は気球操縦士だ。
どうやら今回も殺伐とした異世界のようかな。
しかし私のこの予想は間違っていた。異世界には人間のような生体がいたのだ。とても優しく、温和で、外界の私に親切をはたらいてくれる生体。
その生体たち、言い換えるなら彼女らは、山に不時着した私を彼女らの村へ運んで介抱をしてくれた。
「皆さん、はじめまして。私は地球から来ました、多摩といいます。その………介抱してくださり、ありがとうございます。なんと礼をさしあげればいいのか………」
「礼なんかいらへんで、多摩さん、ここで少し休んどきや」
「でも、私は地球へ帰りたいのですが………」
「あんた気球操縦士なんやろ。うちら知っとるで。あんた19歳のとき気球操縦士の資格とって、異世界にもう一回戻ろうとしたんやろ。人間社会に嫌気がさして、異世界で暮らそうと思うたわけやな。そんならここはあんたにとって、ユートピアやないか」
「どうしてそれを知っているんですか」
「異世界やから、としかいえへんわ。異世界に地球のルール持ち込まれても、うちら知らんがな、や」
「………はあ」
親切にしてもらっておいて、私は彼女たちに懐疑的だった。バカに優しすぎるのだ。しかし、この世界はユートピアだったのだ。これは私の望んだ世界だった。私は黄色という色が好きだったし、関西圏の言語を愛していたのだ。好きなものに囲まれた世界。これは、私が十七歳のときの異世界での経験をきっかけに、異世界に理想卿を求めるようになって、ずっと夢見て描いた世界だった。この世界のご飯やスイーツは絶品だったし、いくら食べても太らない世界。だれも私を馬鹿にしたり、無視をしたりしない世界。もう現実に戻ろうとは思わなかった。現実? このレモンみたいな星が現実でしょ? 好きなものが下らない? 私は、あんたが気に食わない。
「先日お伝えした通り、皆さん、いままでお世話になりました。私はこれから、気球に乗って地球へ帰ろうと思います」
「わたしたちは、多摩ちゃんのことをとめたりしないけど。向こうの世界は地獄やないの? ええんか?」
「母が待っているんです。母は、私が世界中のお客さんを気球に乗せて仕事をする姿
を見たがっているんです」
「多摩ちゃん、気をつけなはれや」
その言葉を背に、私は不時着したあの山頂へ向かって歩きだした。
GPS装置、磁気コンパス、双眼鏡、風速計をバスケットに取り付け、プロパンガスを点火する。しぼんだ気球は、みるみる空へ向かって膨らんでいく。膨らんでいくパラシュートをみながら、私の夢を空に描く。望む世界ではなく、叶えたい自分の像を描く。
「社会に出れば、嫌な人間はごまんといる。多摩、あんたは強い子だからきっとうまく夢に向かって進んでいけるはず。適度にがんばるのよ」母の言葉を思い出す。訓練場で研修を受けていた頃、私がひどく落ち込んでいた時のことだった。母が慰めの言葉をかけてくれたのに、私はなんて言ったんだっけ? 「ファッキンウィンカー」なんて下劣な言葉が私の口から撃たれた気がする。帰ったらもう一度あやまろう。
バスケットに乗り込む。30分ほどで高度二百メートルまで上昇した。この世界の大気の密度は大きいようだ。村人の話の通りなら、あと少しで地球の地上に私は表れるだろう。
もし、その話が嘘だったら?なんてことを、卑屈な私は思う。そして、それでも私は上へ上へ進み続けようと、私は思う。きっと母のところへたどり着く。なぜなら私は進んでいるのだから。
二作品目「私は進んで(いる!!)」 連坂唯音 @renzaka2023yuine
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