復讐の火
館西夕木
プロローグ
1
――暗い部屋に彼はいた。
たった一人で、正方形の部屋の右奥に据えられたベッドの上にいた。
彼は思い出す。
数十年前の事件を。
幸せだった日々を。
あれから、無駄に年ばかりをとってしまった。
向かいの壁に構えた窓から差し込む夕陽が、暗い部屋の一部を赤く染める。それはまるで、彼の心にしみ出す最後の光のよう。
けれども、その光は彼のいるベッドまでは当たらない。
見えているのに届かない。その歯がゆさを彼は煩わしく思い、全身に及ぶ倦怠感を振り払いながら、立ち上がった。
光に一歩、足を踏み入れるとまるで胎児が初めて外の世界に生まれ出たかのような、そんな新鮮な感覚を味わった。
これほどまでに、世界は眩しかったのだろうか。没しかけた夕焼けさえ、今の彼にとっては人類の夜明けのごとく輝いて見えた。
目を閉じ、再び記憶の底を覗く。
光は彼の心の奥底までは届かない。
そこに残った灰を照らすことはない。
彼は窓から離れ、ベッドの脇にある机の前に移動した。
そこにも光は射している。
古い木製の机。彼が小学校に上がってから高校を卒業するまでの間、勉学に励んだ勉強机。
彼は手前の椅子を引き、ゆっくりと腰を下ろした。そして、机上に伏せられた一冊のノートを見据える。
淡い水色の大学ノートである。どこにでも売っている、百貨店などで五冊まとめて三百円ほどの代物。だがその中身にはこの国の警察連中が喉から手が出るほど欲した秘密が事細かく綴られているだ。
彼はそれを手に取ると、ぱらぱらとめくり、内容の最終確認を始めた。
(私の心をめらめらと音を立てて燃やす復讐の火は――)
それは彼自身が記した、壮絶な復讐の記録である。
結局、警察が彼に辿り着くことはなかった。
……そう、彼こそが犯人だったのだ。
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