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 でも僕は、そんなことを思っていた僕は、その日出会った。

 その人は、僕が大学に行く前に時々寄るパン屋さんでパンを買って、外に出た時にいた。

 すらりと長い黒髪を揺らして、僕の前を歩いていた。

 僕は最初、自分の目にゴミが入ったのかと思った。

 彼女の周りの景色がぼやけて見えて、彼女以外の景色がぼやけて見えて、彼女だけがはっきりと見えたから。

 周りを歩いている人も、ある建物も、街路樹や、柵や、道路や車も全部、霞んで見えて。そして、彼女だけがはっきり見えた。

 そうやってしばらくの間、数秒ほど、その感覚が続いて、そしてその後に、そうではないことに気付いた。

 突然電気が点いて、視界がホワイトアウトした時のように、脳が驚いて錯覚しているだけであって、それに慣れてくれば、景色はまた違って見えた。

 彼女が、周りの風景を惹きたてていた。

 それはあたかも、電球が周りを照らしているかのように。

 彼女の近くにある世界は、いつもより綺麗で、美しかった。

 彼女に照らされて、いや、影響されて、美しい世界がそこには存在して、そして彼女の動きに合わせて移動していた。

 彼女は、世界を引き出していた。

 世界は、彼女に惹かれていた。

 そんな存在を、当たり前だけれど僕は初めて見て、知って。

 気づけば、自分の足を動かしていた。

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