『通訳』スキルで愛される?

瀬川

第1話 突然の世界


 気がつくと、大きな広間にいた。


「……は?」


 有声ゆうせいは自分の置かれた状況が理解出来ず、思わず変な声を出す。しかし、そんな彼の混乱を嘲笑うかのように、威厳を持たせて失敗した声が聞こえてくる。


「おお、待っていたぞ。勇者よ!」


 声の主は、広間から階段で上がった先、きらびやかな装飾がほどこされた椅子に、深く寄りかかっていた。でっぷりとした腹はまるで妊婦のようで、高価であろう服やマントがはち切れそうになっている。頭にのせた王冠が小さいせいで、アンバランスなおかしさがあった。

 有声は見た瞬間から、あまりいい印象を抱かなかった。相手が王様だろうと予想していてもだ。


「勇者……俺がですか?」


 詳しい事情の分からない中、相手を怒らせるべきではないと判断し、とりあえず説明してもらおうとする。

 そんな彼に返ってきたのは一言だった。


「なんだお前」

「へ?」


 なんだと言われても--ウジ虫でも見るような目に怯みながら、それでも何とか口を開こうとする。その前に、彼の後ろから誰かが身じろぐ音がした。


「っ……ここは?」


 有声は振り向いて顔を見た瞬間、彼は気がつく。勇者だと言われているのは、この人だと。

 目覚めたばかりなのか頭を押さえて起き上がったのは、まだ高校生の男の子だった。容姿は整っていて、意思が強そうな、主人公らしいオーラをまとっている。

 それを裏付けるように、有声に対しては冷たい態度をとっていた王様が、一転して猫なで声を出した。


「無事に召喚されたようで何より。ここはナシミ国。勇者であるそなたに、この国を守ってもらいたいのだ!」


 何言っているんだ、この人は。

 有声は内心思ったが、当事者でないのは判明しているので、黙って成り行きを見守る。


「守る……勇者、俺が?」

「ああ。眩いぐらいのオーラに、鑑定しなくても伝わってくる力の強さ。文献に記されていた通りだ」

「俺に守る力があるならば……何でもするよ。どうすればいい?」


 そんな簡単に受け入れていいのか。有声は助け舟を出すべきか迷ったが、まだ高校生だから分からないかもしれないと、間に入ることにした。


「えーっと、君」

「えっ?」


 視界に入っていたはずなのに、話しかけて初めて存在を認知された。その段階で嫌なものがあったが、気にし過ぎだと忠告をする。


「もう少し考えてから決めた方がいいと思うけど」

「「は?」」


 その言葉を口にした途端、王様と男子高生が低い声を出した。さらには睨みつけてもくる。

 言わなければ良かったと後悔しながらも、口に出したのだから最後まで付き合おうと続ける。


「助けるって、簡単に言ったら駄目だよ。命の危険があるかもしれない。どう保障されるのか、きちんと確認するべきだ」


 話している間にも、説得は無理だと悟った。男子高生は、有声の話に耳を貸すつもりはない。むしろ何を言っているのだと、顔をしかめている。

 そして痛いところをつかれた王様が、有声を黙らせようと動き出す。


「先ほどから何を言っている。偉そうに話しているが、お前はどこの誰なんだ」


 状況を確認した上で、自分がどういう立ち位置なのかをなんとなく推理していた。


「おそらく、ですが……彼に巻き込まれたみたいです」


 勇者ではないとすれば、そうとしか考えられない。ここに来る前の記憶で、男子高生の姿をちらりと見た覚えがあった。そこで巻き込まれたのだろうと当たりをつける。


「ま、巻き込まれただって!?」


 さすがに申し訳ないと反省するかと思われた王様だったが、一筋縄ではいかなかった。


「なんて迷惑な奴なんだ!」


 ズッコケそうになった有声は、この人は一体何を言い出しのかと呆気に取られる。勝手に召喚してきたのはそちらなのに、彼が悪いと非難してきている。

 --ああ、この人は駄目だ。そしてこの人が統治している、この国も駄目だ。

 有声は一刻も早く解放されたくて、送り返してもらおうと頼む。


「それなら迷惑ついでに、俺は必要ないみたいですから、元の世界に帰してもらえませんか? チャチャッとやってくれれば、文句も言わずに帰りますので」

「無理だ」

「……は?」

「召喚した人間を、元の世界に戻す方法は知らん」


ふてぶてしく話す顔に、一発拳を入れたい気分になっていた。ぶよぶよの顔をさらに腫れさせてやろうかと。

さすがの男子高生も、帰れないという事実には戸惑っている。本当に信じていいのかと、疑う気持ちが出てきた。

その気配をめざとく察知したのか、王様はまた猫なで声になった。


「国を救ってくれた暁には、望むものを全て与えよう。姫と結婚させてもいい。前の世界よりも、いい待遇を保障する。悪い話ではないだろう?」


どこかだ。絶対に食い潰されるに決まっている。

有声はさらに怪しく感じたが、男子高生は違った。魅力的な話に、目を輝かせている。

これは詐欺にも簡単に騙されそうだ。助けるべきかと考えたところで、相手に先に気取られてしまった。


「お前は、さっさとこの国から出ていけ!」


そう言って、わずかな金銭を渡されて城から放り出された。城だけではなく、国から出て行けとの言葉通りに国からも連れられる。

男子高生は、兵士に引きずられる有声を馬鹿にしたように見ていた。一緒の世界に来た彼を、仲間として助ける気はないようだった。

閉められる城門を前にして、有声は大きく息を吐く。


「……さて、どうしようか」

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