Tの家での話③枕返し
小学校高学年になり、自分一人の部屋をもらった。場所は二階の6畳間、家族の寝室の隣の部屋である。それと同時にベッドも買ってもらった。これからは一人の部屋で眠るのだ。とてもわくわくした。
ベッドは入り口から対角線上の一番奥の角に置いた。頭側に壁、足元にはベランダに出られる窓がある。
元々隅っこが好きなので、壁にぴったり背中をつけて、横向きで眠るのが基本姿勢だった。
さてベッドで眠るようになって数日経ち、奇妙なことに気がついた。朝になると、必ず頭が窓側になっているのだ。しかも枕ごと。
寝相のせいかと思ったが、布団に特に乱れは無い。まさか眠りながら枕を抱えて立ち上がり、180度位置を変え、もう一度布団を整えて寝直すなんて、そんな芸当をしている訳でもあるまい。それではまるで夢遊病では無いのか。
子どもながらに不安になって、単に寝相が悪過ぎるのか、それとも自分の意図しない奇妙な動きをしているのか、確かめてみようと試みた。
方法は、ベッドの壁側ではない方に、ずらっとぬいぐるみを並べて眠るというもの。もし寝相なら、ぬいぐるみは押し出されて下に落ちてしまうはずだ。
少し緊張したまま眠った翌朝、やっぱり頭は窓側にあった。
そしてぬいぐるみは、ベッドの下に綺麗に一列に並べられていた。
おかしい。どう考えてもおかしい。寝相で押し落とされただけなら、こんな綺麗に並ぶだろうか。しかも顔の向きも揃えて並ぶだなんて、人為的でなければあり得ない。
自分の夢遊病疑惑を更に深めてしまい、週末図書館で夢遊病に関する本を借りてこよう……と思いながら一日を過ごして、その夜。
ぬいぐるみはもう片付けて、いつもの様に壁にくっついて眠りについた。
ふと、夜中に目が覚めた。
部屋は真っ暗だ。眠りについた時とほぼ姿勢は変わっておらず、背中は壁にくっついている。何気なく寝返りを打ち、左肩を壁にくっつけるように仰向けになったその時。
身体が宙に浮いた。
仰向けの姿勢のまま天井近くまで一気に持ち上げられ、暗い部屋の中なのに天井の木目がはっきり見えた。
そして空中でぐるんと180度回転させられて、次の瞬間、またベッドの上にいた。
窓側に頭を向けた状態で。
一瞬の事で意味がわからなかった。
枕は頭の下に、掛け布団も綺麗にかかっている。ただ、身体は壁に沿わず、ベッドの真ん中に置かれていた。
そこで意識が途切れている。もしかしたら夢かも知れない。しかし、朝起きた時には、やはり頭は窓側にあった。
混乱した頭の中で、一つのことに気がついた。
隣の寝室で眠っていた時、頭は今で言う窓側を向いていた。つまり、自室に移動した後、今までと180度逆の方向に頭を向けて寝ていたのだ。
その日以降、頭を窓側に向けて眠るようにしてみた。すぐそばに窓があって寒いので、壁に身体をくっつけて眠るのもやめた。
それから枕返しは起きていない。
また、関連があるのかはわからないが、そのしばらく後に阪神大震災が起きた。
私の部屋では本棚が倒れてベッドの上に雪崩れたり、机の上の鉛筆削り等が飛んできたりしたけれど、頭の位置が逆だったためほぼ無傷だった。
もし以前のように壁側に頭を向けていたら、多分直撃だったと思う。
少し感謝している。
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