貴族令嬢が迷子になったら、魔王の客人になってしまった

仲仁へび(旧:離久)

貴族令嬢が迷子になったら、魔王の客人になってしまった



「ここは、一体どこなんですのっ!」


 見渡す限り、木がたくさん生えている。そして雑草もたくさん生えていた。

 

 そんな中、女性が一人、ぽつんと立っている。


 貴族令嬢レンレは、観光地で迷子になっていた。

 神秘の森で。


 そこは有名な観光地だ。


 神秘的な雰囲気が売りの場所。


 レンレは、使用人や護衛と共にその観光地に訪れたのだが、綺麗な蝶につられて歩けば、気が付いたら迷子になっていた。


「蝶々なんかにつられて迷子なんて、お母様やお父様に怒られてしまいますわっ。早く戻って使用人たちを口止めしないとっ!」


 レンレは整備された景観の良い森の小道を探す。


 が、どこをどう歩いても、雑草生え放題の森しかなかった。


 それはレンレが、自覚していないが方向音痴だったためだ。






「歩いても歩いても、元に戻れませんわっ。もう無理!」


 半日後、日が暮れかけた時、とうとう気力が尽きたレンレはその場に座り込んでしまった。


 けれど迷子になっていたレンレを、見つめる影。


 するどい牙を生やした犬のような生物。しかし犬ではないそれは魔物だ。


 魔物はレンレにとびかかる。


「えっ、きゃああああ!」


 悲鳴をあげて、逃げるレンレだが、すぐに追いつかれてしまう。


「誰か助けて!」


 もはやこれまで。そう思ったレンレだが。


 しかし、そこに魔王が助けに入った。


「ふむ、よく見えぬが、この森で助けを求める声が聞こえたなら同士なのだろう」


 レンレがその声の主を魔王だと分かったのは、勇者が提出した記録が世界中に出回っていたからだ。


 この世界を滅ぼす恐ろしい魔王と、世界を守る勇者は戦っている。


 数百年前。長きにわたる戦いの中、情報共有が必要不可欠と判断した何代か前の勇者が、記録結晶なるものを作り出した。


 それが、過去にあった光景を記録する記録結晶だった。


「記録結晶で見た事がある。ほんもの?」


 予想外の自体に硬直するレンレ。


 しかし魔王はそれ以上なにもせず、ばったりとその場に倒れてしまった。


 レンレは驚いたが、恐ろしく思いながらも命の恩人を、一生懸命に手当てする事にした。


「いっ、生きていますわね。呼吸はしてますし。とありあえず、怪我をしているみたいだから、手当をしないといけませんわね」


 服やハンカチを破いて包帯にして、傷口にあて、しっかりとまきつける。


 あたりが暗くなってきた頃、魔王の衣服を調べてみると、火の魔石が見つかった。


 魔石は魔力が詰まった、不思議アイテムだ。


 魔法を発動させると、その魔石の属性にあった効果があらわれる。


「火の魔石だから、火を起こせますわ。大丈夫、護身術でならった通りにやれば。えいっ」


 





 魔王の持ち物で火を起こした後レンレは、疲れきって眠ってしまった。


 半日後、魔王が目覚めるが。


「人間ではないか」


 魔王は自分が助けた者が人間だと知って驚いた。

 すぐに殺そうとしたが、「ふむ、借りがあるのは事実か」手当ての跡を見て思い直した。


 自分は人間だったら助けなかったが、この娘は魔王だと知って自分を助けた。


 その理由が気になったからだ。


「人間に興味を抱いたのは初めてだ、しばらく観察してみるのもよいかもしれぬな」


 体調を回復させた魔王は、その娘レンレを連れて魔王城へと連れていく。







 女魔族の使用人が魔王を出迎える。


「おかえりなさいませ、魔王様。作戦行動中に森で行方不明になったと聞いておりますが」

「ああ、なんとかなったようだ。だが、今度から知らない土地はやはり慎重にならねばな」


 魔王は、人間達を攻める作戦行動をとっていた。

 しかし、森の中で仲間達とはぐれて迷子になっていたのだった。


 部下達は探したが、見つけられなかった。


 魔王もレンレと同じく、方向音痴だった。


「その者は、まさか人間ーーっ!」

「案ずるな、ただの非力な小娘。わけあって、客人としてもてなすつもりだ」

「しかし魔王様っ!」

「不安や疑問は大目にみてやろう。だが、口応えを許可した覚えはないぞ」

「わっ、分かりました、他の者にも伝えておきます」

「よろしく頼む」


 レンレを連れ帰った魔王は、娘を客人としてもてなす事を周知させる。

 そして、部屋を用意させ、食事や入浴の準備もさせた。






「ここはどこですのっ。寝て起きたら知らない場所にいますわっ」

「ここは魔王城です。あなたは魔王様のお客様になりましたので、今日から私達がお世話させていただきます」

「おきゃくっ、まおうっ!? なにがどうなったらそんなことに!!」


 目覚めたレンレは、お世話係の魔族から魔王城にいる理由に驚いた。

 使用人から、その事を聞いたレンレは、即座に逃げたいと思った。


「魔王様は人間に興味があるようで。聞けばあなたは、魔王様のけがの手当てを行ったとか。どのような理由や魂胆があるのか探るおつもりなのでしょう」

「ええっと、深い理由はないんですけども」

「そうですか」

「信じていませんわね」


 何の理由もなく、ただ助けただけだと言い張るレンレだが、当然信じてもらえなかった。







 一方魔王は、「大層な考えがあるに違いない」と思い込んでいたため、何とかしてレンレの考えを聞きたいと思っていた。

 しかし、友好的に接しようとすると人間アレルギー的なものが発生してしまい、苦労する事になる。


「怪我をしていた時は、痛みで気が紛れていたが、回復すると心に余裕ができたせいか、どうにも」

「では、私達が拷問して聞き出しましょうか」

「よせ、人間とは言え、命の恩人である事に変わりはない。下手な真似をするなよ」

「分かりました」


 レンレは自分の預かり知らぬ所で、このような会話がなされていた事を知らない。


 同じころ部屋では、魔族の料理に驚いておかわりを注文しているころだったからだ。







 逃げたいレンレと、聞きたい魔王。

 二人のすれ違いはしばらく続く。


 しかし魔王は、レンレが落ちていたものを瞬間的に拾い食いしたり、熱いといったのに考えなしに触ったりするのを見張りから聞いて、


「あやつ、実は何も考えてないだけでは?」


 と思うようになっていった。


 ただ追加で分かったのは、


 レンレは、考える必要がないくらい、魔族と人間を同じようなものだと考えていた事だ。


 魔王を恐怖はするが、自分に丁寧に接してくれる者達には、普通の接するレンレ。


 それどころか、困っている魔族には手を差し伸べる事もある。


 次第に魔王城の者達と打ち解けていった。


「人間ってどんなものかと思っていたけど、意外と俺達と変わらないんだな」

「そうか、あれはあの女が特殊な気がするな」

「なんにせよ。警戒する必要はなくなったな。あいつこの前、拾い食いして腹壊してたし」

「スパイとかだったら、そんな事しねーもんな。あはははは」





 それを聞いた魔王も、わずかに警戒心をといた。


 今まで人間は、理解の外にある残虐な生き物だと思っていた。


 しかし、魔族とそう変わらない精神構造をしているのだと、理解もしていた。


「いや、あやつが特殊であるという可能性もあるが」


 どのような可能性にせよ、しばらくこちらから危害を加える事はないだろうと、魔王は思った。






 そんな中、魔族に化けた人間が、城の近くで暴れる事件があった。


 その者は、捨て身の作戦を立て、運が良ければ魔王の側近を一人か二人、葬り去りたいと考えていたのだった。


 魔王はすぐに対応にでようとしたが、それよりも先にレンレが向かった事を知る。


「まさか逃げ出すつもりか?」


 レンレの行動を聞いてそう思った魔王だが、違った。


 レンレは説得しようとしていた。


「どんな理由があるか分かりませんけどっ、命をそんな風に使うものではありませんわっ」


 しかし人間は聞く耳を持たず、レンレを傷つけようとする。


「うるさい! 人間のくせに魔族の味方なんかするなっ! 魔族は人間の敵だろうが!」

「そんな事ありませんわよ。魔族は人間と一緒に笑いあったり、泣いたりできる存在なのですから」


 レンレの価値観を理解できなかった人間は、怒り狂いながら持っていた剣をふりかざす。


 思わず目をつむったレンレ。


 説得に入ってから遠巻きにしていた魔族達は、駆け付けるのが間に合わない。


 けれど、そこに魔王がやってきた。


 ふりかざされた剣を掴んで、人間の手からもぎとり、放り投げる。


「魔王様、助けに来てくれたんですの」

「どのみち、対処しなければならない問題だ。必然の行動にすぎない」


 魔王は、なおも襲いかかる人間を、魔法を撃って殺害した。


 返り血を浴びた魔王は、レンレに問いかける。


「この血濡れた魔王が怖いか」

「正直言うと、夜中に見た「お母様が化けたイソギンチャクお化け」並みに怖いですわ」

「返す言葉と理解に困る話題を出すな」


 魔王が苦言を呈すると、レンレは苦笑する。


「怖いですわよ。でも仲間や私を守るためだったのでしょう。あの様子からして、説得してもきっと聞き入れてはいただけなかったでしょうから。世間知らずのご令嬢ですけども、そのくらいの現実は分かりますわ」

「そうか」


 どこかほっとした顔を見せる魔王に、レンレは首をかしげるのみ。


「もう用は済んだ。明日、お前を元の場所へ送り届けよう」

「魔王様、元の場所に送り届けられると、私迷子になってしまいますわ」

「そうだったな。なら付近の村に送り届けよう」


 魔王とは違う方向性でほっとしたレンレだったが、また首をかしげる。


「どうした?」

「いえ、なんでもありませんわ」


 レンレは少し寂しいと思っていたが、元の安全な場所に帰るのだから、その感情は気のせいだと思ったのだった。






 翌日、元の場所ではなく、その近くの村に返されたレンレは、無事に家に帰る事ができるようになったのだが――。


「なぜ、またここにいるのだ。人間の娘よ」

「不覚でしたわ。魔族のペットが怪我をしていたようなので、手当をしていたら懐かれてしまって。こうぱくりと食べられた後、魔王様の領地に運ばれてしまいましたの」

「――」


 魔王は近くにいる、そのペットを見つめる。


 魔王城で世話をしていた、魔族を乗せて運ぶ動物だった。


 人語を理解していないので、家から離れた所にいた「迷子の仲間」を発見したと思って、こちらに持ち帰って来たのかもしれない。


 レンレは、時折飼育小屋にも赴いていたため、顔を覚えられていたのだった。


 ため息をついた魔王は、また使用人を呼び出して、駄液まみれになっている貴族令嬢の世話を依頼するのだった。


「その姿では、歩けぬだろう。まずは風呂に入れ」

「ありがとうございますわ。持つべき者は友、ではなく魔王様ですわね」

「魔王を友と同格に語るな」


 疲れたような顔をする魔王だったが、レンレにはその表情がどこか嬉しそうにも見えた。


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