俺の巫女様が、俺に守られてくれません

仲仁へび(旧:離久)

俺の巫女様が、俺に守られてくれません



 護衛騎士である俺には、守らなければならない人がいる。


 それは俺が仕えている巫女の、ルオン様だ。


「ルオン様! 前に出ないでくださいといつも行っていますよね!? なんで前に出るんですか!?」


 巫女は大切な存在だ。


 世界中を旅して、最後に神の祭壇へたどり着かなければならない。


 その祭壇で、神に祈りをささげるまでは、無事でいなければいけないというのに。


 俺が護衛している巫女様は、まったく、さっぱり、おとなしくしてくれない。


「嫌だねっ! あたしが戦った方が早いじゃねーか! だってあたしそこらの騎士よりぜんぜん強いしっ!」

 

 野盗やモンスターに襲われた時に、まっさきに前に出て戦ってしまう、おてんば巫女なのだ。


 俺は毎回注意するんだけど、ルオン様はちっとも言う事を聞いてくれない。


「お願いですからルオン様っ!」

「あっかんべー」

「子供か!」


 あまりにもあれな態度すぎて、つい敬語が剥がれてしまうほど困っている。







「もう悪い事すんなよー」

「ひぃっ、しゅみません。もうしませぇん」


 泣きながら野盗が逃げていく。


 盛大になぐられて、顔がはれていた。


 誰に?


 ルオン様にだ。


 そんな光景を見てため息をつく。


 ルオン様はにっこり笑って、自分がぼこった野盗を見送っていた。


「はぁ。なんで大人しくしてくれないんですか?」

「だから何度も言ってるだろ。あたしは強い。そして、あたしも戦った方がはやく戦いが終わる、からだ!」

「だからって。巫女の存在は代えがきかないんですよ」


 巫女が旅の終着点である祭壇にたどり着かないと、世界がめちゃくちゃになってしまう。


 この世界は、何百年かに一度、闇の魔力が噴き出して各土地が汚染されてしまうのだ。


 それを祭壇でなんとかするのが、巫女だというのに。


 ルオン様は、頭を掻きむしりながら口をとがらせる。


「だって、あたしは護衛騎士になるためにずっと、頑張って来たんだぜ? それが巫女になれって言われて、そんな簡単になれるわけねーだろーがっ!」


 ルオン様は実は護衛騎士を目指していた。


 毎日、俺と同じ訓練所で訓練をしていたのだ。


 だから、巫女になるなんて思わなかっただろう。


 気持ちはわかる。


 俺だって戸惑うだろうから。


 それでも。


「ルオン様の我儘で、世界中の人が困ったらどうするんですか」


 俺はそう注意しなければならないのだ。







 どんな戦いにもすすんで前に出たがる変わりもの巫女。


 そんなルオン様を前にして、俺は毎日ハラハラしていたが、ある時状況が変わる。


「ルオン様! 危ないっ! 後ろに野盗が!!」

「しまった! ぐあっ!」


 戦いの中油断したルオン様が、野盗に頭を殴られた。


 幸い野盗はすぐに俺が片付ける事ができたし、頭の怪我は大した事がなかった。


 しかし。


「えっと、私はどこの誰なんですか?」

「本気で自分の事が分からないんですか? ルオン様」

「私の名前はルオンと言うんですね」


 なんとルオン様が、記憶喪失になってしまったのだ。


 記憶がなくなった事によって、か弱い巫女だと誤解しているルオン様はうってかわって大人しくなった。


「私は巫女なんですよね。なら危ない目に遭わないように隠れていないといけませんね」


 戦いが起こったら、危険な目に遭わないように、気を使ってくれるようになった。


 護衛騎士である俺としては、すごく守りやすくなったのだが――


「罪悪感が湧いてくる」


 本当にこれで良かったのだろうか。


 そう思わずにはいられない。







「巫女様! 旅が無事に終わるようにお守り作ったの! 受け取って!」


 旅の最中、訪れた村で子供達がかけよってくる。


 囲まれたルオン様は、にこにこ笑いながら、差し出されたプレゼントを受け取った。


「ありがとうございます。花のしおりですね。大事にします」

「わーい。巫女様が受け取ってくれた! 皆に自慢してまわろっ!」


 性格は変わってしまったが、本質的なところはあまり変わっていないようだった。


 以前旅の途中で村に立ち寄った時も、似たような事があったのだ。


『巫女さまっ、わたしねー、巫女様のためにパパに教えてもらいながら、おいしいパンを焼いたの! うちの店でたべてって!』

『いいぞ! 美味しそうなパンの匂いがするから、お腹がへっちまったんだ!』

『でも、ルオン様さっき昼食をたべたばか』

『しっ、余計な事いうなよ。せっかく用意してくれたんだから、一つくらい食ってやらなきゃだめだろ』


 だから悩んだ末、俺はルオン様の記憶喪失を治す事にした。


 治すための方法がすでに調べがついていたからだ。


 このままの状態でいるのは、誠実ではない。


 護衛騎士と巫女の間にはきちんとした信頼関係がなければならないはずだ。


 そうでないと、いざという時、守りきれないかもしれない。


 それに、記憶がなくなったまま一生を過ごさなければならないなんて、ルオン様が可哀想だ。


 訓練所時代は、同じ夢に励む同僚として顔を合わせていた。


 彼女とは、短い付き合いじゃないわけだし。






 そういうわけで、伝説の秘薬を探し回る事になった


 巫女の旅は少しだけ回り道をしてしまうが、本来通る道から少しはずれただけの場所にあるのは幸いだった。


「ロロッコの薬草に、ハピスの牙、ネアスファイクの雫でしたね」


 植物と、モンスターの牙と、泉の水だ。


「それを集めて、調合士さんに兆号をお願いしてもらえばいいのですね」

「はい。そうすれば記憶喪失を治す事ができるようです」


 だが、必要な材料の採取には色々と苦労がつきまとった。


 予定にない場所を行かされたり、訪れた場所が隠れ里で侵入者と勘違いされ、ひと悶着あったり。


 思いがけず貴族と平民の秘密の交際を応援する事になったり、なぜか指名手配されたりして紆余曲折あった。


 けれど、それらをすべて消化して、とうとう必要な秘薬を手に入れる事ができた。


「どんな味がするのでしょうか」

「調合士がいうには、そーだとかいう飲み物と同じ味がするらしいです」

「聞いた事ないです。でもどんな味でも、記憶を取り戻すため。では、いきます!」


 秘薬をのんだルオン様の感想によると、口の中がパチパチしたとのことだった。


 この世界に、そんな花火みたいな味のする飲み物はないはずだが?


 想像できない味だな。








 苦労の末に手に入れた秘薬は効果が出るまで、時間がかかるらしい。


 目安はおよそ三日。


 その間はまだ、大人しいルオン様のままだった。


 そんな中、これまでにない大きなトラブルにあった。


 それは、吹雪の山を登らなければならなくなった時だ。


 一つ前に訪れた村で、冬季の訪れでもうじき山道の一つを封鎖しなければならないという話を聞いた。


 迂回をすると、かなり時間がかかるため、急いで山道に入ったのだが――。


「俺が迂闊でした。もうこんなに吹雪いていたなんて」


 冬の山をなめていた。

 猛吹雪で動けなくなってしまったのだ。


 俺達はやむおえずビバークして、吹雪がやむのを待つ事になった。


 しかし、想像を絶する寒さが襲って来たのと、ルオン様が熱をだしてしまったことで、状況があやしくなった。


 苦しそうなルオン様を見て、今夜の対応が重要だと結論付けた。


「ルオン様、絶対に死なせません」


 俺は精いっぱいルオン様をあたたためる。


 火を起こして、できるだけルオン様を近づけた。


 それでもだめなら、意を決して互いの体をくっつける。


 幸いにも人目はないし、今は緊急時代。


 巫女であるルオン様を抱きしめるような形で暖をとる事に、文句をいうような人間はいない。


「ごめんなさい。足でまといになってしまって」

「そんなの今さらです。以前のルオン様だって、かなりおてんばでしたから」

「私は悪い巫女だったんですね」

「それは、そんな事はありません。確かにかなり困りましたけど、今のあなたと本質的なところは変わらなかったですから。あなたを守れる事は俺の誇りでしたよ。ずっと」

「そうだったら、いいんですけど」


 ルオン様は会話をしているうちに、いつの間にか眠ってしまった。


 俺も、ビバークをするための作業で疲れがたまっていたのだろう。そのまま、うとうとして睡魔にまけ、眠ってしまっていた。







「晴れてる。今のうちに下山しましょう。ルオン様歩けますか?」

「はい、もう大丈夫です」


 運が良かったのだろう。


 数時間後、吹雪がやんだので俺達は引き返す事ができた。


 長い時間がかかってしまうが、これからは迂回路で行く事にした。






 このタイミングで秘薬の効果が出始めたようだ。


 ルオン様は元のルオン様に戻ってしまった。


「なんだかこの口調で話すのもずいぶん久しぶりだな。記憶を取り戻したばかりだからか、変な気分だぜ!」


 元に戻ったばかりのルオン様は、なぜかちょっとだけ顔を赤くしている。


 熱はないようだから、元に戻れた事で気分が高揚しているのだろう。


 顔を覗き込んだら「ひぇっ!」と大げさに驚かれた。


 けれどこれで、また大変な日々が始まるんだろうな。


 次に野盗に襲われたり、モンスターに出会った時は注意しなければならないだろう。





 

 しかし、なぜかルオン様は少しだけ以前より大人しくなっていた。


「あれ、ルオン様どうしてそんな所にいるんですか。木の陰に隠れたりして」

「そっ、そんな気分なんだよ。いいからモンスターと戦っておけよ」

「まあ、その方がいいんですけど」


 よく分からないが、戦いの場にあまり出なくなった。


 それで、俺がモンスターと戦っている間、視線だけがじっと注がれるのだ。


 一体どういう心境の変化なんだろう。


 でも、似たような事、前にもあった気がする。


 それは確か、巫女様の護衛騎士になる前だ。


 でもなんで、似てるなんて思うのだろうか。







 モンスターとの戦いが終わった後、ルオン様が赤い顔をしながら話しかけてきた。


「お前って、訓練所で結構モテてたよな」

「いきなりなんですか?」

「訓練の終わりに女子たちにきゃーきゃー騒がれていたもんな。何人もそういうのがいたよな」

「はぁ、まあ話しかけてもらっていましたけど、それが何か」

「別になんでもっ、ほらさっさと先進むぞ!」


 ぶっきらぼうな口調で歩き出したルオン様は、みょうな話の理由を教えてはくれなかった。


 だけど、「あいつら全員をライバルとして考えるなら、あたしはこの旅で何歩かリードしておかなくちゃならないよな」そんな呟きが聞こえてきたような気がした。


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