Doki Doki Fantasia世界崩壊禁止バグ有りany%RTA
稲荷竜
プロローグ 勇者召喚
第1話
「さっさと出ていけクソ聖女!」
「うるさいですね……そっちこそ出ていくといいですニセ聖女」
「誰がニセ聖女ですって!? そっちこそニセモノでしょ!?」
「マリア教のやつは本当にうるさいですね……口だけ聖女……」
「ホズミ教の根暗聖女に言われたくないんだけど!?」
「はあ。──かしこみ、かしこみ、かしこみ申す。異郷より来たりてあまねく……」
「ちょっと! 話の途中で召喚始めんな! もう! ──巡れ巡れ巡れ巡れ。七つ円環の外より来たりて……」
二人の少女の声が、朗々と響き渡る。
この洞窟は『聖地』だった。
ほんの三人も入ればいっぱいになってしまうような浅く狭い洞窟ではあるけれど、ここの地面に描かれた紋様こそが、現代でさえ誰にも再現できない『異世界召喚の陣』。
かつて人類を滅ぼしかけた脅威……『魔王』と呼ばれたそれを倒した異世界からの勇者を呼び出した陣であった。
魔王討伐後、当時の勇者の妻であった女性は、異世界勇者召喚の儀式、その手段を絶やさぬよう体系化し、『勇者』を崇める宗教として脈々と伝えていくことになる。
だが、一つ問題があった。
勇者の妻は……〝二人〟いた。
そして勇者の妻たちは仲が最悪であり、それぞれがそれぞれに『異世界勇者召喚の儀式』を伝え……
勇者とそれをこの世界にもたらした神をあがめる宗教は、二つに分かれてしまっていた。
そして、同じ勇者を崇め、異世界勇者召喚の儀式を伝えられた宗教ができあがってから千年後……すなわち現代にいたる。
勇者の妻の一人、マリアを祖とする宗教を『マリア教』。
そしてもう一人の妻であるホズミを祖とする宗教を『ホズミ教』。
それぞれ『召喚の儀式』を受け継ぐ聖女を擁する宗教として、世界の信仰をおおよそ半々にしていた。
祖である勇者の妻たちの仲をそのまま受け継ぐように、マリア教とホズミ教は伝統的に仲が悪く……
そして今、再び魔王が出た現代。
それぞれの宗教の聖女は、『自分こそが異世界勇者を召喚するのだ』という決意を抱いて、醜く互いの足を踏みながら、勇者召喚の呪文を唱えているところだ。
「オオホズミの御名において、血脈に宿る世界より英雄を……痛ッ……ニセ聖女、カカトで足の甲を踏むのはちょっとラインを越えていると思うのですが?」
「聖マリアの恩寵を宿せし血をもって願い──ちょっとクソ聖女!? 脇腹に肘はやめなさいよ!」
……そして。
そして厄介なことに、マリア教とホズミ教は、仲が最悪であるにもかかわらず、互いに表立って争うことを戒律によって禁じられている。
これは祖である勇者の妻たちが、勇者に『ケンカしないで』とお願いされているのが理由だ。
勇者にガチ惚れしていた妻たちは、勇者の言葉を律儀に守り(律儀に守っているとは言ってない)、直接的な殺し合いや、ケガをしかねない殴り合いなどは禁止しているのだった。
そのぶん陰湿な足の引っ張り合いも多く、すっきりと戦った方がむしろ互いの関係がよくなったんじゃないかというのは、あらゆる人が思いつつも口に出さない見解だった。
なので今、この聖地に集う二人の聖女もまた、互いに争うことを禁じられているので……
相手の足の甲を踏んだり、脇腹に肘打ちをしたりして、彼女たち的には『争い』とみなさない詠唱妨害を行っているのだった。
醜い足の引っ張り合いである。
一応きちんとした歴史的背景のある足の引っ張り合いなのだが、傍目に見ればやはり子供のケンカにしか見えない。
しかし、美しい少女がそうしていると、なんだか神聖な儀式でもしているかのような雰囲気が出るものだ。
聖女たちは伝統的に宗教の開祖の名をいただくことになる。
ゆえにマリア教の聖女はマリアであり、ホズミ教の聖女はホズミという名前だ。
混同を避けるために開祖の方は『聖』とか『大』とか『オオ』とか『ミコト』とかの接頭辞、接尾辞がつくことになる。
当代のマリアはきらめく赤毛の美しい少女であった。
なんと言っても人目を惹くのはその見事なプロポーションだろう。胸が大きい。腰がくびれている。尻も大きく、腰の位置が高く、手足が細く長い。
長い赤毛をかきあげて赤い瞳で見回すだけで信者たちがうっとりと陶酔した様子になるのは、この少女の持つ偶像性ゆえと言えた。
ただし負けん気が強すぎるのが玉に瑕なところがあって、どのような小さな勝負でも『負け』を認められない性分は、周囲の者に『ちょっとキツイかも……』と思われている。
ホズミは美しい黒髪の少女であり、マリアとは対照的に静的な美貌を持っている。
『スタイルがよい』という部門ではマリアに完敗するが、そのお子様体型と人形のように物静かな美貌には一定の需要があった。
笑うことが滅多にない、どころか表情が変わることさえない、『赤ん坊のころから笑ったことも泣いたこともない』とまで言われる無表情っぷりは信者のあいだで有名であり、彼女の笑顔を見ることができればその後一生幸福になれるとは有名な迷信であった。
タイプも宗教も違えどそれぞれ偶像たりうる資質充分な美少女たちが、相手の足の甲を踏んだり、脇腹を肘で突いたりしながら、異世界勇者召喚のための呪文を詠唱していく。
つっかかりながらも二人の呪文は同時にラストにさしかかり……
二人の足の下にある召喚陣が、輝き始めた。
狭く浅いゆえに外からの光によって視界が確保されていた洞窟内に、目を開けているのもつらくなるほどの光が満ちていく。
召喚陣からは激しい風が吹き、マリアの赤い法衣や、ホズミの紅白巫女装束を激しくはためかせる。
立っていることも、目を開けていることもきついほどの光と風の中、二人の聖女は……
「あたしがっ! 召喚者になる!」
「うるさいですうるさいです。私が勇者様を呼ぶのです」
風と光がもっとも強い召喚陣の中央へとむしろ進んでいき……
そして。
ひときわ強く、光と風がうずまいた。
二人はさすがに進むことも目を開けていることもできなくなり、目を閉じて、腕で顔をかばう。
そして、光と風が完全におさまった。
二人は、顔の前にかかげていた腕をどけ……ようとすると。
肘に、何かがぶつかった。
「あいてっ」
男の声だ。
二人の聖女が同時に目を開けると、そこには……
先ほどまで、ここにいなかった黒髪の少年がいて。
そして、黒髪の少年の頭を挟んで向こう側に、異教の聖女がいて。
……そして。
聖女同士は宗教的な仲の悪さから、とっさに相手聖女と距離をとろうと、バックステップした。
しかし、距離をとることができない。
「あわわわわ」
黒髪の少年が変な声を出し、聖女たちは、自分の腹部が何かに引っ張られている感触を覚えた。
二人の聖女は同時に視線を落とす。
すると、ありえないものが映った。
少年の腕が、腹部にめりこんでいる。
「え?」
「は?」
聖女は少年の頭越しに互いを見て、それからまた下へと視線を移す。
やっぱり、少年の手首から先が、服を貫通して、腹部にめり込んでいる。
「「なにこれ」」
二人の聖女は同時に声を発した。
その疑問に答えたのは、少年だった。
「これは座標重複バグですね」
あまりにも落ち着き払った声を聞いて、『いや、もっと慌てるとかする状況だと思うんですけど』と聖女たちは思った。
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