塩対応で有名なアイドルがなぜか僕にだけ優しいのは気のせいだろうか?
三葉 空
第1話 塩対応のアイドルさま
都心にあるそのアリーナには、多くの人たちが訪れていた。
いや、押し寄せている、と言った方が正しい。
もちろん、てんでんバラバラ、という訳ではなく。
きちんと、スタッフによって、整列させられている訳であって……
「……ドキドキする」
なんて、女々しいことを言う僕。
一応、ドルオタである。
一応、と遠慮がちなのは、所詮はまだまだ、にわかレベルというか。
周りにいらっしゃる、ガチレベルの人たちには及ばない訳であって……
「「「「「むっほっほ! むっほっほ!」」」」」
……うん、とにかく、僕はまだまだ、オタレベルが低いと思う。
けれども、今日は勇気を出してここまで来たんだ。
ラブッショの握手会に……
『ラブミッショネス』、通称ラブッショ。
現在、人気急上昇中、大注目のアイドルグループ。
僕は地方出身で、アイドル文化にはさほど詳しくなくて。
せいぜい、テレビで見る程度だったのだけど。
大学進学をきっかけに、都会にやって来て。
こちらのアイドル文化に触れて、気付けばドルオタになっていた。
そして、CDの購入特典として、握手会の参加権を得て、今日ここにいる。
ちなみに、定価1300円ほどのCDに握手券が1枚ついている。
猛者ともなると、1人で100枚とか買ったりするらしい。
それで1日中、何度も握手して、並んで、また握手して、また並んで……を繰り返すらしい。
ガチでレベチだ。
そんな愛深いファンがいる一方で、僕みたいににわかレベルが紛れ込んでいるのは、やはり気が引けてしまう。
まあ、どちらかといえば、そんなガチオタよりも、僕みたいなライト層が大半だと思うけど。
とにかく……確かに、僕はCDたった1枚分だけど。
しっかりと、愛を秘めてここに来たつもりだ。
何人とも握手はしない。
あくまでも、1人の推しのために。
「いや~、
「でも、どうせ塩対応だろ?」
「まあ、それも良いというか、それがウリなんだなぁ~」
並ぶ列でそんな会話が聞こえて来て、僕はまたドキドキしてしまう。
ラブッショの中でも、絶世の美女と言われている。
ただし、塩対応につき要注意。
すごく人気だけど、同時にアンチも抱えている。
だから、グループの中でナンバーワンになることは中々ないけど。
熱狂的なファンが多いこともまた事実。
僕もまた、そんなファンの1人だ。
熱狂的かと言われると、ちょっと自信がないけど……
長い、長い列も、ゆっくりとだけど、着実に前に進んで行き。
次第に、その姿が見えて来た。
愛乃夢叶、その人が……
「夢叶ちゃん、笑って~?」
「…………」
「……あ、ごめん、大丈夫です」
「はい、お時間でーす!」
がっくりとうなだれるファンがまた1人、また1人と列からはけて行く。
「ふっ、奴らはまだまだ、修行が足りないでござるな」
と、だいぶ
「夢叶さま、いっそのことビンタして下さい!」
「…………不審者ですか?」
「はい、ちょっとこっち来て下さいね~!」
「ワタシは常連ですよぉ~!?」
……う~む、やはり、僕みたいな軟弱者は来るべきではなかったか。
来るにしても、もっと優しい感じのメンバーの列に並ぶべきだったか。
「どうも、ありがとう」
「きゃ~ん、また来てくれたの~?」
人気スリートップの内の2人。
絶対リーダーの
スーパーあざとねすな
ちなみに、夢叶もスリートップの一角なのだけど……
「ゆ、夢叶ちゃん、あの、その……」
「えっ、なに?」
「はい、お時間でーす!」
「ぐほっ……」
ここだけプレッシャーがえぐいというか……やばい。
もう、緊張マックスで、お腹が……
「はい、次の方どうぞ~」
気付けば、僕の番になっていた。
ハッと前を見ると……
いらっしゃる。
スーパーアイドルの、愛乃夢叶さま、その人が。
冴えない一介の大学生に過ぎない僕のことを、その視界に収めていらっしゃる。
いやいや、ちょっと卑屈になりすぎだろ。
でもでも、本当に同じ人間なのかよってくらいに。
圧倒的なオーラの差を感じて……気圧されそうだ。
僕はすでに肩を落としながら、トボトボと彼女の前に立つ。
「あ、あの……」
ダメだ、言葉が出て来ない。
僕なりに、伝えたい言葉がたくさんあるはずなのに。
ああ、どうせ僕も、冷たくあしらわれて……
「……疲れちゃった?」
「……はい?」
僕は再度ハッとして、目の前の彼女を見る。
夢叶は塩対応ながら、ちゃんとファンの目は見ていた。
だから、僕のことも見てくれる訳だけど。
何だか、やたらジッと、視線が離れないというか……
まばたきさえもせずに、僕のことを見つめて……
というか、間近で見ると、想像の100倍くらい、超美人さんなんだけど。
この人、世界三大美女の生まれ変わりなんじゃないの?
やばい、気が遠くなりそうだ。
こんな近くにいるのに……
「……ありがとう」
「えっ?」
と、僕は呆けている間に、
「はい、お時間でーす!」
サッ、とスタッフに区切られてしまう。
僕は呆然としたまま、列から離れる。
「あぁ、あいつもやられたな~」
「にわかっぽいし、ドンマイ(笑)」
なんて同情の囁きが聞こえて来る。
けど、僕はそれを受け止めるどころじゃなかった。
さっき、あの塩対応で有名な夢叶が……ありがとうって。
いや、あくまでもアイドルだし、それくらい他のみんなにも言っているよね?
そうだよね。まさか、僕にだけ優しいとか、そんなの……ありえないから。
この日、僕はどうやって自宅アパートに帰宅したのか覚えていない。
ただ、あの時、間近で見た夢叶の表情。
そして、ありがとうの言葉。
その温もりは、ずっと忘れなかった。
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