第152話 緊急会議その二

 ルナリアと名付けられた一人の少女がいる。

 少女はノヴァの娘であるが血のつながりは無く、また遠い血縁者でもない。

 そんな縁もゆかりも無い少女とノヴァの出会いは全くの偶然であった。

 資源探索範囲の拡大に伴って活動範囲を広げたアンドロイドが辿り着いた廃墟。

 其処は遠い昔に放棄された港町でありノヴァ達にとって海洋資源を回収する資源回収基地となる予定地であった。

 そこにノヴァ達が拠点を構えてから暫くして少女が流木に捕まった状態で流されていたのをアンドロイド達が発見、保護した事で二人は出会ったのだ。

 それから数日間二人は一緒に過ごし、両親と呼べる存在はおらず天涯孤独と知ったノヴァが少女──ルナリアを娘として受け入れる事になったのだ。


「うそだ」


 だからこそルナリアにとってノヴァという父の存在はとても大きな物だった。

 辛く苦しい少女の記憶を過去のものとして温かさと安心を与えてくれたノヴァは少女のパパとして何者にも代えがたい存在となった。


「うそだ!」


 沢山の本を読んでもらった、一緒にご飯を食べた、肩車をしてもらってアンドロイド達が築いた街を何度も散歩した、自分が作ったプリンを美味しく食べてくれた、一緒に遊んで何度も父に勝った、怖い夢を見た時は一緒に寝てくれた。

 そして大好きなパパは何時もの様に仕事に行き──帰ってこなかった。

 その時のルナリアは仕事が大変だから今日は帰れないかもと考え、他のアンドロイドに見守られながらその日は一人でベッドに寝た。

 明日には帰って来るかな、遅くなったから我儘を言って困らせてしまおうか、そんな事を考えてルナリアは翌日を迎え──だけどパパは帰って来なかった。

 一人で起きて、一人でご飯を食べた。

 それでも部屋で待ち続けていればパパは何時か帰ってくるとルナリアは信じた。

 そして部屋の扉が開いた時、そこにいたのはパパでは無かった。


「ルナ、大事なお話があるの。聞いてもらえる?」


「マリナ、パパは何時帰って来るの?」


 部屋に入って来たマリナは人に近い姿を持つアンドロイドである。

 その顔には何時も通りの張り付けた様な笑みはなく、何かに耐えているように苦渋に染まっていた。

 それだけでパパに何かが起こったのだとルナリアが察するには十分であった。


「──今も全力でアンドロイド達がノヴァ様を探している。だからノヴァ様は必ず見つかるわ、必ず。だからノヴァ様が戻って来るまで代わりをしてもらえる?」


 元よりルナリアという少女は只の人間ではない。

 資源の有効活用という最低最悪の効率性の為に怪物と化した女の胎から実験材料として生み出された人間である。

 様々な投薬と改造を受精卵の段階から施された改造人間とでも呼べる存在である。

 故に肉体と知性を無理矢理に早熟させられた子供であるルナリアはマリナの言葉を十全に理解出来ていた。


「分かった。パパが帰って来るまで私がパパの代わりになる」


 自分に対して親身になって接するアンドロイド達をルナリアは疑わない。

 そしてルナリアはパパが──ノヴァが此処に帰って来る事を疑っていなかった。

 ルナリアが持つ“力”はアンドロイド達に及ばない、だが人間であるノヴァは違う。

 だからこそルナリアはノヴァを疑う事無く信じる事が出来た。

 自分を愛してくれた、パパになってくれた人を微塵も疑う必要などルナリアには要らなかった。


「分かりました。ではノヴァ様を探すための会議を今から行います。一緒に付いて来て」


「うん」


 アンドロイドであるマリナの手を握りながらルナリアは部屋の外に出る。

 その顔に絶望というものは一切存在しない。

 そしてノヴァが普段使う会議室に入ったルナリアを待っていたのは1stであるデイヴ、4thのアランの二人である。

『木星機関』においてナンバーを持つ上位アンドロイドが揃い踏みしているが其処にはサリアはいなかった。


「マ……、サリアはいないの?」


「彼女は現在新しい身体の最終調整を行っています。通信を通して会議には参加していますから安心して下さい」


『デイヴの言う通りです。しっかりと会議には参加していますから安心して下さい。それと私以外に五号もいます』


『ルナリア様、初めましてノヴァ様に創られた政策立案支援人工知能の五号です。正式なナンバーは頂いていませんが今回の会議に参加させていただきます』


「初めまして五号。それと五号が貴方の名前なの?」


『これは仮の名前です。何れノヴァ様から正式な名前を貰う予定です。ですが今暫くは五号とお呼び下さい』


「うん、よろしくね、五号」


 五号に挨拶をしたルナリアはマリナに手を引かれて会議室の唯一つだけある席に座る。

 其処はノヴァだけが座る事を許された席であり、ノヴァ不在時においては代理であるルナリアの席であった。

 だがノヴァが座る様に作られた席はルナリアには大きすぎ、身体に合っていなかった。

 それを見たデイヴがクッションを持ち込んで椅子を調節し、ルナリアがしっかりと座ったのを確認してから会議は始まった。


「それでは機関の上位メンバーが集合したので会議を始めます」


 そしてルナリアを囲むように幾つもの映像が中空に映し出される。

 それらはアンドロイド達によって集められ精査された情報であり、今後の活動方針を左右する情報の一覧であった。


「それでは現状で判明している情報を共有させていただきます。ノヴァ様を連れ去ったのは敵の転送装置。人類が作ったものではなく地球に襲来したエイリアンによって作り出されたオーパーツとでも言うべき代物です。現在は機能停止後に中にあるデータを一つ残らず吸い出して解析をしていますが得られた情報は極僅か。それでも最低限の仕組みは判明しました」


 ルナリアの周囲に浮かぶ映像の一つが目の前に移動して拡大表示される。

 其処には装置の中にあったデータを解析したものと、転送装置の仕組みを簡易的なアニメーションで表現したものが映し出されている。

 データに関してはルナリアには解読できない複雑怪奇なコードの羅列が表示され、また欠損箇所が数え切れない程ある虫食い状態であった。

 この様な有様であったためデータに関しては碌な分析が出来ず、アンドロイド達はデータの復元と解析が不可能であると判断を下していた。

 それでもアンドロイド達の努力によって転送装置の最低限の仕組みは何とか解読する事が出来た。

 そうして得られた情報を基に作られたのが転送装置に関するアニメーションである。


「ルナリア様に分かり易く説明すれば転送装置単体では使用できません。必ず対となる装置が存在し、装置の役割は二つの装置との間に道を繋ぐことです。この転送装置がどの様に使われていたのかは分かりませんがノヴァ様は対となる装置の向こう側にいると考えられます」


「それじゃ対となる装置の場所が分かれば!」


「はい、ノヴァ様が其処にいる可能性は非常に高いです。ですが問題は対となる装置が何処にあるのか。装置にあったデータは復元不可能な程に破壊され装置の座標といった情報は全く得られませんでした」


「そんな……」


 ルナリアは椅子に深く凭れ掛かった。

 ノヴァを探しだす手掛かりが全くない状況にルナリアは顔を暗く──だが周囲に映し出される映像の中から一つの画面が目に留まる。

 其処には研究所で確保した人間、仮死状態にある人間の一覧が表示されていた。


「それじゃあ研究所から連れ帰って来た人達は? この研究所で働いていた人達なら何か知っているんじゃないの?」


「確かに可能性は高いです。ですが彼らの容体は非常に危険な状態にあります。医療部のマカロンからは急いで蘇生を施すのは危険であると報告を受けています。解凍施設が万全の準備であっても油断が出来ません。最悪の場合はそのまま死んでしまうでしょう」


 再びルナリアの目の前に凍り付いた人間が装置に収められた映像が幾つも表示される。

 その周りでは多くのアンドロイド達が動いており24時間体制で中にいる人達を観察しているのが映し出されていた。


「デイヴ、それじゃ他にパパを探す手掛かりはないの?」


「現状では直接的な手掛かりは皆無です。ですが手掛かりに繋がるかもしれない情報源の心当たりがアランにはあるようです」


「アランに? どうして?」


「それは私が元軍用アンドロイド、その中でも機密情報にアクセス権を持つ数少ない個体であったからです。装置以外を調査したところ研究所は連邦政府直轄組織である国防高等研究計画局の研究プログラムに応募した事が判明しました」


「国防高等けんきゅう……それは何なの?」


「簡単に言えば連邦における軍事技術の研究を統括していた組織です。将来軍事に転用できる最先端の技術や研究に対して積極的な投資を行っていた政府機関であり研究所を調査している時に融資を受けていた事が判明しました」


 そう言ってアランはルナリアに新しい映像を表示する。

 其処には連邦公用語で国防高等研究計画局本庁舎と書かれた建物が映っていた。


「過去の連邦政府は転送装置に関して大規模な研究を行い官民問わずに大学、研究所、企業が国防高等研究計画局の研究プログラムに参加していました。その際の機密情報保持の特別措置として各所で得られた情報は一ヶ所に集約されていました。その終着地点となったのが映像にある建物です。この建物内部には当時の研究データがアーカイブとして保存されている可能性が非常に高い。それを入手出来ればノヴァ様を探す手掛かりとなります」


 アランの説明が終わると同時に画面が変わり地図が表示されると自分達が住んでいる『ガリレオ』と施設が点で表示される。

 点と点との間は大きく離れており、現在本拠地から最も距離が離れているウェイクフィールドの更に向こう側にある。

 その距離を正確に理解することが出来たルナリアは思わず呟いた。


「遠いね、でも此処を皆で調べればいいの?」


「そうです。ですが距離の他に一つ大きな問題があります。先行させた航空偵察によって問題の施設が何者によって占拠、或いは現地人が住み着いている事が判明しました」


「……向こうに住んでいる人達にお願いするの?」


「それはまだ分かりません。当該地域の情報が少なく判断が出来ないのです。本来であれば念入りな情報収集を行った上で活動を行いますが時間が掛かります。情報収集は周辺一帯の地理的情報は当然として点在するコミュニティー間の関係情報、コミュニティー内部の重要人物の情報収集等の多岐に渡ります。その為、必要な情報が揃うのを待つとすれば最低でも1ヶ月は必要です」


「一ヶ月も!? 長すぎるよ!」


 それが必要な作業であるとは頭では理解出来ている。

 だがそれでも一ヶ月は長すぎるとルナリアは声を上げた。


「それだけ一から情報を集めるのは困難なのです。もし無線通信が一般でも使える環境であれば盗聴といった方法もありましたが今は違います。市井に紛れながら地味な聞き込みを行って少しずつ情報を集めるしかありません」


『ですが今は緊急事態、4thの案では最低限の情報が一ヶ月で集め終わる保証がありません。また現地の情勢が混迷を極めていた場合は更に時間が掛かるでしょう。いっそ当該施設を武力によって迅速に占拠した方が迅速に目的を達成出来るでしょう』


『手段の是非は兎も角、効率を考えた場合はサリアの言う通りです。私は彼女の意見に賛成します』


「姉さん! 確かに効率を求めるなら占拠の方が手っ取り早いけど地域住民の私達に対する印象が最悪になる危険があります! 状況によっては集団ヒステリーを起こして私達に無謀な攻撃を仕掛けて来る可能性も高まる、それを避ける為にも交渉を通じて情報を得るべきです!」


「私もサリアの意見には賛同しかねます。地域住民が我々に対して敵対的な感情を抱けば今後の活動が難しくなる。もしアーカイブを入手したとして中に記録されていた施設が既に居住地として利用されていた場合はどうするのですか? 我々の行動が何らかの形で伝わってしまえば穏便な協力が望めなくなります」


「……アラン、何か他に方法は無いの?」


「目的の施設に潜入してアーカイブそのものを入手する方法があります。ですが当該施設の内部構造が全く分からないのでアーカイブが何処にあるのかを事前に調べる必要があります。何より直接施設に潜入するという非常に難易度の高い行動が求められます」


 アンドロイド達の武力を前面に出して施設を占拠するか。

 或いは住民達に対して交渉を通して穏便に情報を手に入れるか。

 若しくは施設に潜入して秘密裏に情報を盗み出すのか。

 ルナリアに提示されたのは3つの選択肢でありそれぞれにリスクとデメリットがある。

 アンドロイド達は己の領分における最善の手段を提案しているからこそ、どちらの言い分も正しく間違ってはいない。

 だからこそ突き付けられた選択肢を前にしてルナリアは迷ってしまった。


「施設の状態は不明です。明かりがついているだけで肝心のアーカイブが既に壊れている可能性もあります。それよりも施設を占拠している住民達に交渉を持ち掛けるのは? アーカイブ以外にも利用可能な情報媒体が残っている可能性もあります。それらの対価として飲用水や医薬品を持ち出せば応じるのではないでしょうか?」


『交渉が成立するのでしょうか? 我々へ必要以上に要求して交渉が成立しない可能性もあります。不確かな情報も揃わない現状であれば我々の武力を前面に押し出して施設を占拠して住民達に一時的に立ち退いて貰うのが尤も効率的です。大部隊を率いれば圧倒的な戦力差から抵抗はしない筈、仮に行っても迅速に制圧できるでしょう。4th、貴方はどちらを支持しますか?』


「悪いが俺は棄権させてもらう。双方の言い分に納得出来るが俺個人の考えとしては密かにアーカイブ等を盗み出すべきだと考えているが現地の情報が何一つない現状では難易度が高すぎる。此処はルナリア様に基本方針を決めて頂くのがいいと考えるが?」


「私は……、パパに早く会いたい、だけど──」


 時間が掛かっても穏便な手法によって情報を入手するべきと考える1stと3rd。

 最短最速の為に武力を用いて施設を一時的に占拠するべきと考える2ndと五号。

 どちらにも理があるとして棄権する4th。

 ノヴァを探すという目的は同じでも用いる手段が異なる事で、何に価値を置いているのかで意見が異なってしまう。

 2ndと3th、元姉妹機でありながらサリアとマリナの意見が真っ向から対立している様にアンドロイド達では方針を決めかねていた。

 そうした経緯もあり会議は混乱を極めてはいるが最終決定権を持つのはアンドロイド達ではなくルナリアであるのだ。


「私は──」


 それは経験の乏しい少女には難易度が高すぎた。

 それでもルナリアの決断が無ければアンドロイド達は動けないのだ。


「パパは住んでいる人を無理矢理追い出すような事はしない」


 故にノヴァの思考を模倣する事でルナリアは決断を下そうと考えた。

 優しく、だが敵には容赦せず、効率だけを優先しない大好きなパパの思想をルナリアは可能な限りトレースする。


「出来れば話し合いで解決したいと何時もパパは考えて、だけどそれが無理だと分かった時は思いつめながら、悩みながら皆を使う。そんなパパなら──アランが言ったアーカイブを盗み出す事を選ぶ筈。それが一番早くて騒ぎにならないから」


『でしたら私が施設へ潜入しましょう』


 そして決断が下されれば、アンドロイド達へ行動は迅速であった。


「2nd、可能なのか?」


『私以外に適任はいないでしょう。作戦に要求される機体性能を満たしているのは私と4thが率いる諜報部隊のみ。ですが貴方の部隊は傭兵として偽装する為に大柄で戦闘に特化した機体ばかり、潜入といった隠密作戦には不向きです。ですが私であれば貴方達よりも小型です。何よりノヴァ様の隠密技量をある程度模倣出来ます』


「事実ではあるが目的地までの移動と情報収集はどうする?」


『それらは貴方の部隊を利用させてもらいます。目的地まで運んでもらい4thの部隊は現地での情報収集とバックアップを担当。必要な情報が揃い次第作戦を開始します』


 アンドロイド達は設定された目的を目指して活動を始める。

 そんなアンドロイド達を眺めながらルナリアは此処には居ないサリアに語り掛けた。


「ママ、お願い」


『任せて下さい、この様な些事は直ぐに終わらせてパパを一緒に探しましょう』


 こうしてアンドロイド達はノヴァを探すために更なる活動範囲の拡大を決断した。

 そして、この決定がどの様な影響を世界に齎すのかを知るのは遠い先の話である。

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