第143話 積み重なった偶然

「ありったけの弾薬を積み込め!」


「輸送カーゴの連結完了! 搭載機銃の設置を始めろ!」


「装甲の修復完了! 破損した武装も予備の物に乗せ換えました!」


「外骨格の最終整備を急げ! 点検を怠るな!」


 救援に来たサリアが去ったキャンプでは多くの人々が動き回り二回目の作戦行動に備えて急ぎ準備を進めていた。

 一回目の救出作戦で損傷を負ったキメラ戦車は時間が許す限りの修復を行い万全に近い状態に仕上がっている。

 作戦に動員する兵力を増やすためにキメラ戦車の後部に追加で連結されたのは兵員輸送と弾薬庫を兼ねたカーゴであり輸送能力を格段に向上させた。

 先程まで襲撃を受けていたのに関わらず誰もが救出作戦に向けて全力で動いていた。

 そして救出作戦を立案するタチアナを筆頭としたキャンプの上層部は会議室に集結し最後のブリーフィングを進めていた。


「まず我々の第一目標はボスの救出です。ですが我々単独ではボスの救出は不可能。そして大型シェルターを隈なく探せる余力もありません」


 苦々しい顔で話すタチアナの発言には会議室に居る誰もが同意を示した。

 可能であれば自分達の力でノヴァを救出しキャンプに帰還したい。

 だが現実的に考えてノヴァ一人探すには大型シェルターとはいえ帝都は広すぎる。

 それ以前に帝都が敵地である事を考えれば敵の妨害も十分に考えられる。

 実際に帝都で戦いながら居場所も定かではない個人を探す事は困難でありキャンプ側の単独戦力では不可能であるとタチアナは考えている。

 こればかりは純粋な投入可能なリソース不足によるものであり、やる気や精神論で解決できる類のものではない。

 サリアから提供された情報を有効活用して作戦を何度も見直しても結論は変わらず、キャンプ側は悔しさに顔を顰めながらも誰もが事実であると認めるしかなかった。


「そのため我々は第二目標として帝都侵入後はクリーチャー等の生物兵器を従える何らかの装置を破壊します。これによりキャンプ襲撃を帝都が実行出来ない様にする事を最優先とします。何か質問はありますか?」


「ボスの救出はサリアと名乗った女の仲間に任せるの? 僕達も何らかの形で協力をした方がいいと考えるけど……」


 タチアナに苦い顔をしたオルガが質問する。

 キャンプを救出したサリアが率いる後続部隊にノヴァの救出を任せるにして自分達は関与しないのか、自分達も何らかの協力をすべきではないかという確認である。

 その問い掛け自体は誰しも想定できるものでありタチアナとしても驚く様な事は無い。

 だがオルガにその理由を説明する事は些か困難であった。


「協力は不要と向こうは言っています。帝都にある中央サーバーを接収して大型シェルターの機能を全て掌握してから帝都を虱潰しに探す、これが彼女に提供された襲撃計画の概要です。俄かに信じがたいですが彼女達なら可能なのでしょう。事前に協力は不要、情報共有のみに留めろと念入りに指摘されていては我々に付け入る隙はありません」


「投入する戦力についての説明はあるの?」


「詳細は伏せられています。我々の事を信用していないか、或いは内部に内通者が潜んでいると警戒しているのでしょう」


「だからと言って……いや、仕方ないと割り切るしかないね」


 オルガの言う事は理解出来るが、サリアの言い分もタチアナは理解出来てしまうのだ。

 何より出会ったばかりの自分達とサリアの間には信頼関係等は一切なく、偶然目的が同じであるため共同歩調を取っているだけに過ぎない。

 加えてサリアの方から詳細な情報適用を受けて自分達は漸く具合的な作戦行動が可能になったのだ。

 正直に言ってしまえば戦力として信用されていない、だからこそ釘を刺すように協力は不要であり情報共有のみに留めると言ってきたのだろう。


「だから制御装置の破壊か……」


「はい、彼女達にとってボスの救出が最優先、キャンプの存続は二の次でしょう。もしかしたらボスの一言で協力してくれる可能性もあります。ですが我々は最悪の可能性を常に考えておく必要はあります」


 そして彼女達の最優先目標はノヴァの救出であり、キャンプの存亡ではないのだ。

 サリア達がノヴァ救出後に軍事行動を継続して行う確証は現状では無い。

 それどころかキャンプの安全を確保するよりもノヴァの安全を確実にするために帝都から即時離脱する可能性の方が高いのだ。

 何よりサリア達は連邦から長距離行軍をしてきてまで帝都に辿り着いたのだ。

 戦闘可能な軍隊の移動ともなれば膨大な物資を消耗するのは必然、軍需物資の余剰は最低限しかなく軍事作戦を継続して行う余裕はないとタチアナは考えている。


「それもそうね。そもそもの前提として私達だけじゃ不可能だから、こればかりはタチアナに賛同するわよ。それに……下手に彼女達の邪魔をすれば今度こそ敵対されるわ」


「致し方無しか……」


 タチアナの説明に納得したソフィアを皮切りに会議室に集まるメンバーは渋々納得するしかなかった。

 何せ自分達単独では先程まで起こっていた襲撃からキャンプを守りきる事さえ怪しかったのだ。

 戦力として信用されていないのはどうしようもなく、サリア達にこれ以上の協力を要請するのは筋違いであった。

 加えてソフィアが言うように協力を無理に押し付けた結果として最悪の場合は中立関係から敵対関係に変わる可能性がある。

 それを回避する為にもキャンプ側はこれ以上の協力を要請出来ない、自分達で出来る事は自分達で実行しなくてはならないのだ。


「自分を納得させるしかないね。それで僕達は帝都の何処を目指すの? まさか当てずっぽうで行くわけじゃないでしょ」


「幾つか候補を見繕いましたが此処です。私は一番可能性があると考えています」


 会議室の中央に設置居されたモニターテーブルに映し出された帝都の概略図。

 その中でタチアナは中央から離れた場所にある住宅街、添付された情報によれば大昔に事故が起きてから封鎖され立入禁止とされている場所を目標に定めた。


「封鎖された住宅街? 普通に考えて大切な物は帝都でも警備が厳重な場所に置いているものじゃないの?」


「それは彼らが帝都の上層部が秘密警察の系譜を引き継いでいるからです。基本的に彼らは他人を信用しません。彼らの思考形態として秘密を守るために前提として不特定多数に知られず、秘密を知る者は極少数する傾向があります。これらは情報流出の経路を特定するために用いられますが基本的に彼らは秘密主義です。クリーチャーの制御装置といった自らの心臓を人目には晒しません。だからこそ中央に近い立地ながら封鎖され外部からの接続が極めて限定される此処が怪しいのです」


 映し出された地図の情報を読み込んだ誰もがタチアナの判断を始めは理解出来ずに首を傾げるしかなかった。

 だが続けて語られたタチアナの説明、積年の恨みと実体験が齎したであろう確認にも似た何かを聞かされたオルガ達は納得するしかなかった。


「確かに可能性は高い。仮に外れであっても帝都に対する何らかの抑止力になり得るものがあるかもしれん」


「そうだな。他の警備が厳重な場所は彼女の仲間達が対応するだろう。我々が独力で襲撃可能な場所は此処しかない」


「以上で作戦前のブリーフィングを終えます。それでは作戦に参加する人員ですが──」


 その後も細々とした話を続け、作戦前のブリーフィングを終えたタチアナ達は各々が作戦の準備に取り掛かる。

 そして整備員達の見送りと共にキメラ戦車のエンジンが唸り上げ作戦が開始された。


 前回の作戦でアルチョムを筆頭に負傷を負った者は後方に回されてはいるが可能な限りの戦力を動員し多くの人間が作戦に参加している。

 一回目の救出作戦と遜色がない、或いは動員兵力だけ見れば優に超える人数であり追加で連結した輸送カーゴには完全武装の人員が多く詰め込まれていた。

 それでもクリーチャーやエイリアンを相手にするとなれば安心は出来ない。

 万全の準備を整えサリア達の作戦開始に合わせてキャンプを出発した救出部隊は地下鉄を猛烈な速度で走行する。

 救出部隊は何時でも戦闘が起こっても問題が無い様に周囲の警戒を続け──しかし極少数の在来種ミュータントとの遭遇戦を除き戦闘は発生しなかった。


「化け物共が一匹も出て来ない、何があった?」


『分かりません。ですが見える範囲にはクリーチャーやエイリアンの姿は一匹たりとも見受けられません』


「分かった、そのまま監視を続けろ。どんな些細な事でも構わない、何か異変を感じたら報告を上げるように」


『了解』


 救出部隊を指揮する為に指揮車両に詰め掛けていたグレゴリーは監視部隊から上がってきた報告に頭を悩ませた。

 単純に考えれば敵が一匹もいないのであれば銃弾の消費も少なく、戦闘による戦力低下を避けられて問題は無い。

 だがグレゴリーは物事がそう単純に推移するとは全く考えていない。

 敵はクリーチャー等を分散配置させるのではなく帝都への限られた侵入経路に集中配備していると考え、それは指揮車両に同乗しているタチアナも同じ考えであった。


「作戦はこのまま継続。敵がいないのならこのまま突き進み、勢いを以て防備を突き破ります」


「了解、全部隊に告ぐ、敵は帝都直前に待ち構えていると考えられる。各自戦闘準備を怠るな!」


 仮に侵入経路に集中配備されていようと真面に戦うつもりなど救出部隊にはない。

 何より地下鉄と言う限定された戦場である事を考えれば脚を止める事無く突き進み勢いのまま防備を突き破る方が理に適っている。

 そうした判断の下で救出部隊は警戒を強めながら帝都に向って突き進む。

 戦いの時に備え、何時如何なる状況であろうとも万全に戦えるように適度な緊張を保ちながら暗闇に包まれた地下鉄を突き進む。


 そうして部隊は帝都への入口を塞ぐ隔壁へ辿り着いた。

 だが部隊の緊張を裏切る様に隔壁の周辺には敵は一匹もおらず、その事に言葉では言い表せない不安を誰もが抱いていた。

 それでもキメラ戦車の主砲によって隔壁を物理的に破壊した部隊は勢いのまま帝都に侵入──そして救出部隊は地下鉄で敵を一匹も見かけなかった理由をその眼で見た。


『HQ! あの……何かが飛んで攻撃をしています!』


「何かとは何だ! 詳細な報告を送れ!」


『えっと、人です、でっかい人が飛んでいます!』


「何を馬鹿な事を言っている! そんなものがある訳──」


 監視部隊の要領を得ない報告にグレゴリーは頭を悩ませた。

 それでも指揮車両に居ながら聞こえて来る喧騒は何かが起っているのだと伝えている。

 故にグレゴリーは危険であると承知しながら指揮車両から頭を出して自ら外の状況を確認しようとした。

 何より監視部隊の要領を得ない報告も自分ならば見て理解できるだろうと考え──そして顔を出したグレゴリーが見たのは監視部隊からの報告と何ら変わらない光景、宙を飛ぶ巨大な人型ことAWが帝都に対して攻撃を仕掛けているという理解の範囲外にある光景であった。


「た、タチアナ殿……」


「あ、アレはあれです! 味方、ボスの味方です! たった今、識別信号が送られてきました!」


 当然のことながらグレゴリーはAWと呼ばれる兵器の存在そのものを一切知らない人間であり、釣られて顔を出したタチアナも同じである。

 そんな自身の知識が一切及ばない光景を突き尽きられたグレゴリーは本人には珍しく困惑を張り付けた顔でタチアナに説明を求めた。

 対する説明を求められたタチアナもグレゴリーと同様の混乱が平静を保った表情の内側で荒れ狂っていた。

 それでもグレゴリーに応えられたのはサリア達と情報共有を行っている端末から味方であると識別信号が送られていたからだ。

 だが味方であると伝えたもののタチアナ自身は信じられず宙に飛ぶ巨大な人型を見つめ続けた。


「ええい! 全部隊に告げる、飛んでいるアレは味方だ! 警戒する必要はない! 我々はこのまま作戦を続行する!」


 そしてタチアナから味方であると知らされたグレゴリーであるが俄かには信じ難い事でありタチアナの言葉を信じきれないでいた。

 アレは兵器なのか、何を目的にして作られたのか、そもそも巨大な人型が何故飛んでいるのか? 

 胸の内から次から次へと沸き上がる疑問、それでもグレゴリーは積み重ねて来た自制心を総動員して疑問に蓋をすると部隊に通信機を介して叫んだ。

 部隊の全員が納得した訳ではないだろう、それでも現時点において空飛ぶ人型が味方であると理解出来れば充分である。


 そして救出部隊は勢いを緩める事無く、帝都の舗装を容赦なく痛めつけながら突き進み目的地でもある封鎖された住宅街に辿り着く。

 長年放置された結果荒れ果てているが元は高級な邸宅が並んでいたと理解出来る住宅街は広大では無くともそれなりの広さを持っている。

 そんな住宅街を虱潰しに探索して有るかも分からないクリーチャーの制御装置らしきも物を探しだす事は途轍もない困難であると救出部隊の誰もが考えていた。

 何より制御装置があると確定した訳でもなく、最悪の場合は何も得られずに空振りに終わる可能性もあった。

 だがタチアナの予想が当りだと裏付けるかのように此処に着て救出部隊は大量のクリーチャーに遭遇した。


「撃て撃て撃て!」


「右から接近! 数は沢山!」


「弾を惜しむな! 弾幕を張れ!」


 キメラ戦車から、連結されたカーゴから幾つもの銃声が響き渡る。

 搭載機銃と小銃が放つ閃光が薄暗い住宅街を絶え間なく照らし、部隊に近寄る多くの怪物達の姿を闇から浮き上がらせる。

 そして閃光は救出部隊よりも先に住宅街で誰かが戦った痕跡を浮かび上がらせた。

 侵入したのか爆発によって捲れ上がった舗装や引き千切れたクリーチャーの死体、それらは住宅街に無数にあり、手掛かりのない救出部隊を導く道標であった。

 救出部隊はそれらの痕跡を手掛かりにして住宅街を突き進み、その果てに一つの邸宅の前に辿り着いた。


「まさか一発で当たりを引くとは思いませんでした」


「私も同じです。ですが無暗に探し回るよりはマシでしょう。何よりこの邸宅を探すのであれば内部構造は知っています」


「それはどうして」


「此処は私が住む予定の屋敷でしたから」


 邸宅の前に一台だけぽつんと放置された車両。

 埃が積もっていない事から最近になって放置されたのが邸宅の前に意味深に止まっている光景は何かがあるのではないかと誰の目にも明らかであった。

 反対に何もない可能性もあるがそれは調べて見なければ分からない。


 最初に調査する住宅が見知ったものであると知ったタチアナは不慣れでありながらも歩兵用の装備に身を包み調査部隊に同行する事を選択した。

 タチアナにとって数は少ないものの視察として訪れた事のある邸宅であり、記憶は薄まっておらず異常を見つけるのであれば自分以上の適任はいないだろうと考えた。

 そして部隊と共に邸宅に中に踏み込んで見つけたのは、これ見よがしに蛍光塗料で書かれた矢印と地下に続く階段である。


「コレは罠だと思いますか?」


「私が記憶している限りだと警備上の理由から地下に続く階段はありませんでした。これは後から増築された物でしょう。罠がある可能性も考えられますが無視するには大きすぎます」


「成程、当たりの可能性が高まりましたな」


 部隊を率いる隊長と共にタチアナは畏れる事無く地下に進む事を選んだ。

 そして一定の距離で書かれる蛍光塗料の矢印を頼りに部隊は地下空間を進むと行く手を遮る様にクリーチャーが襲ってきた。


「敵を発見!」


「射撃開始! 一匹ずつ確実に処理しろ!」


 襲い掛かってきたクリーチャーは多いが戦場は狭い地下空間である。

 高い身体能力と数の有利を活かせる環境ではなく部隊はクリーチャーの襲撃に慌てる事無く対処を行い、一匹も逃す事無く確実に処理をしていく。

 そしてクリーチャーの妨害を受けながら進んでいった部隊は進行方向に巨大な隔壁と其処に集う大量のクリーチャーを発見した。


「あの部屋に殺到している?」


「開き掛けた扉の先に何かがあるのでしょう。ですが正面から相手にするには数が多すぎます」


「でしたら纏めて吹き飛ばしましょう」


 そう言った隊長の命令によって対戦車擲弾発射器を二人の隊員が構える。

 密集したミュータントを纏めて吹き飛ばす武装としたノヴァが帝国の対戦車擲弾発射器と呼ぶRPG-7と見た目がそっくりな兵器を基にして復元、改良した兵器。

 その兵器の先端には既に対ミュータントを想定した榴弾が装填されクリーチャーの集団に狙いを定めている。

 そして隊長の命令によって放たれた二つの榴弾は同時にクリーチャーの集団に着弾、弾頭の威力を余す事無く発揮して隔壁ごとクリーチャーの集団を纏めて吹き飛ばした。


「全部隊突入せよ!」


「Ураааааааа!!!!」


 部隊はクリーチャーに立て直しの時間を与えない様に迅速に隔壁の中に喊声を挙げながら突入、爆発からの生き残ったクリーチャーの掃討を開始した。


 そして部屋の中央に鎮座する巨大な水槽に浮かぶ化け物に視線を奪われ──隔壁からほど近い場所で目を回しているノヴァを見つけて誰もが驚いた。

 誰もこんな場所にノヴァがいるとは思っておらず、それでも爆発に目を回しているノヴァを見つけたタチアナは本来の目的さえ忘れて急いで傍に駆け寄った。


「ボス、ご無事ですか!?」


「えっ、なんでタチアナが、プスコフが此処にいるの!?」


 積み重なった偶然、その果てにタチアナ達はノヴァを見つけたのだ。

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