第103話 鴨葱に見えますか?
機械系の部品、製品が慢性的に不足しているメトロ。
そこへノヴァは製造した機械や補修部品を売り、食料品を筆頭に作業人員を養うための物資を市場から調達していた。
その取引金額は回を重ねる事に大きくなり製造した傍から完売は当たり前、アルチョムの人脈を使って一部オーダーメイドの製造を始めればこれも当たり。
ノヴァは暴利を貪るつもりは一切ない、だが積みあがる利益は膨大になりアルチョム達が誤魔化すには取扱金額が急速に膨れてしまった。
それが原因で取引を嗅ぎまわっている怪しい人物や胡散臭い人物が交渉を持ち掛けてきたとアルチョム達から知らされても別段驚きはしなかった。
いずれバレる事である、内心ではもう少しだけ現状を維持しておきたかったが情報は拡散するのは避けられない以上、今迄の様にはもう出来ないだろうとノヴァは考えていた。
「先生、すみません。マフィアに取引を嗅ぎ付けられました!」
だからこそアルチョムが青い顔で新しい情報を持ち込んで来てもノヴァはそれほど動揺しなかった。
「わぁ~お、凄い事になったね」
報告を持ちこんできた顔色が悪いアルチョム達とは反対にノヴァの表情は普段とは変わらなかった。
マフィア、野盗、それがどうした?
こちとら20mクラスのクソデカミュータントや街一つ占拠した武装集団、治安の崩壊した街の面倒、最近では遠い星から飛来したエイリアンとドンパチして遭難中の生粋の苦労人である。
マフィア程度で狼狽えるチェリーボーイではないという謎の自信がノヴァにあった。
そんな誰にも言えない理由で落ち着いているノヴァの姿をみたアルチョム達も平静を取り戻し情報漏洩に関する報告を続けた。
「つまり取引の全容が掴めない様に色んな仲介業者を挟んで取引していたけど末端が馬鹿をして取引内容が流出。そこから全体を正確に推測したマフィアが取引に襲撃を仕掛けようとしているのか」
「理解が早くて助かります」
「成程ね、こればかりは仕方がない。アルチョム達の責任でもないし、寧ろここまで取引を隠蔽するのは君達以外に出来なかっただろう。気に病む事は無い」
「有難うございます。ですが施設内の掃討が漸く一区切りついてきた段階なのでは?」
「あぁ、確かに区切りはついたけど急ぐつもりはない。突貫で杜撰な作業をしても後々問題になるのは目に見えている。建物が崩落したら元も子もなくなるから出来るだけ丁寧に進めるつもりだよ」
施設地下にいるミュータントは火炎放射器を装備した駆除部隊の働きで粗方駆逐できた。
その素晴らしい戦果にノヴァは改めて装備と練度がある人材による人海戦術というのは素晴らしいものだと実感した。
暫くは地下構造体の被害状況を調査する予定であり、施設が崩壊しない様に念入りにノヴァは調査するつもりだ。
「それで襲撃を企てている相手について情報は何かあるか」
「ドレスファミリー、私達の村でもその名前は聞きます。麻薬、人身売買、恐喝、誘拐、略奪等悪事は一通りしてきた集団です」
アルチョムが持つ情報をノヴァは信用している。
だからこそ襲撃を仕掛けてくる組織が今まで行ってきた犯罪行為、噂や誇張を考慮しても悪辣さ残酷さは聞いていて気持ちのいいものではない。
それでも襲撃を仕掛けてくる相手に関しての情報を聞かない選択肢はノヴァにはない。
そうして組織の行動・思考パターンの聞き取りを終えたノヴァは口を開いた。
「成程、殺すか」
「先生?」
「間違えた。それで襲撃予定日時規模、マフィアの武装に関しての情報はあるか?」
「複数の仲介業者から仕入れた情報を精査してみましたが武装はそこら辺の野盗より優れています。加えて今分かっているだけで襲撃人数は100人を超えます」
「百人か。多いのか少ないのか分からないな」
「組織の規模から考えて少ないでしょう。彼らは自分達が千人を超える巨大な組織であると吹聴していますが正確なところは分かりません」
「まぁ、マフィアであれば撃退は出来るだろう」
マフィアは相手から舐められない様に自分達の勢力を幾らか誇張して喧伝するものだと知ってはいるが、そのせいで正確な数を割り出すことが出来ない。
襲撃を仕掛けてくる百人はマフィア指揮下の戦闘部隊の数なのか、それとも数合わせの有象無象を含めた数なのか。
これに関しては引き続き情報集が必要になるが襲撃までの残り日数でどこまで集められるかは不明瞭だ。
だが情報が不足していようが野盗より毛が生えただけの破落戸の襲撃程度であれば撃退できる戦力はある。
「だけど問題はマフィア以外に此処に近付いているミュータント集団なんだよね」
「今日の偵察結果からしても接敵するのは数日後でしょう。確認できただけでもグールに四つ足と数も種類も多いです。此処にマフィアも加わるとなると……」
「正直に言えば面倒くさい。複数の戦場なんて抱えたくないな」
ノヴァが廃墟に巣食うミュータントを大量に駆逐したことで一時的にできた空白地帯。
それを埋めようとしているのか廃墟から少し離れた場所に分布していたミュータントが数日前から動き始めた。
最初に異変を察知したのは村人達で構成された偵察隊、それからはノヴァが廃墟周辺に敷設した多目的ドローンの監視網が動きを捉えた。
壊れて飛行能力を喪失した機体は固定カメラ、無事な機体は廃墟周辺の上空を巡回させていたが明らかに監視領域に出現するミュータントの目撃情報が増えていたのだ。
それからノヴァはドローンの予備機を監視範囲外まで飛ばしミュータントの動きを逐次監視しているが少しずつ空白地帯を埋めるようにミュータントは廃墟に近付いていた。
「ミュータントは種類事に集団を形成して進行、進行速度は集団によってばらつきがあり現状の進行速度だと襲撃は連日になってくるのは間違いない。はぁ~、小出しで来られるのが一番厄介で面倒だな」
「今からでも纏まって来るようミュータントに知らせますか」
「いい考えだな、特命大使として彼らを説得してくれ」
ノヴァとアルチョムは軽口を叩き合いながら予想される襲撃に関しての迎撃プランを大雑把に組み立てていく。
戦力に関して不安はない、多脚戦車に地雷、誘導弾、即席で作った砲撃ユニットもある事から敵を殲滅する事は可能だ。
だが鹵獲物資も無限にあるわけではなく銃身、誘導弾、地雷等は消耗品であり戦闘を重ねる事に在庫は減っていく一方、継戦能力に関して現状は楽観視できない。
勝つのは当然であり如何に消耗を抑えるかがノヴァの焦点であった。
そう考えながらノヴァは脳味噌を絞りながら地味で根気のいる作業を進めていく。
だが途中でマフィア側の予想される襲撃ルートにアルチョム達の村が含まれている事に気付いた。
「アルチョム、マフィア側の襲撃経路に村が含まれる可能性が高い。村に避難を呼び掛けてくれ、避難先に当てがなければ此処にある廃墟を使ってくれても構わない。ミュータントは一通り駆除しているから危険は無いはずだ」
「……お言葉に甘えさせていただきます。直ぐにでも村人達を移動させます」
「そうしてくれ。此処にいる作業人員全員が村の出身者だ。今後も働いてほしいから避難先に付いても考慮するのは当然だろう」
村に待つ家族や友人がマフィアに蹂躙されでもすれば村から借りている作業人員達の労働意欲は目に見えて落ちるだろうし最悪暴動が起きる可能性もある。
そうなれば電波塔の修復は絵に描いた餅となる、であれば彼らを一時的に保護か何処かに避難させる必要がありミュータントを駆逐した廃墟も避難には使える。
雨風を凌げる居住可能な建物ではあるが住み心地が悪く、多少手を加えるだけで住みやすく改築する事になるだろう。
資材に関しては若干の余裕があるから大きな問題ではない、今後の取引関係の維持を考慮すれば安い買い物である。
「それじゃ襲ってくるマフィアに対する対策だが……捕虜を取るのも面倒臭いから皆殺しでいいか。悪人しかいないのなら皆殺しにしても後ろ指さされる事も無いだろうし」
「それで問題は無いと思います。問題は奴らの侵入経路ですが──」
ノヴァとアルチョムは悩む事も無くマフィアに対する処遇を決めた。
人権という言葉が何の意味も持たない世界において人道的配慮などは贅沢品である。
時と場合によってノヴァも捕虜の面倒を見るつもりはあるが相手はマフィア、メトロで多くの犯罪を起こしてきた悪人達に慈悲を掛ける酔狂さをノヴァは持ち合わせてはいなかった。
そうしてノヴァとアルチョムは襲撃してくるマフィアとミュータントに対する迎撃案を机上で幾つか想定し、──すると慌ただしい足音と共に部屋に年若い青年が慌てた様子で部屋に入ってきた。
警戒していた二人であったが部屋に入ってきた人物が偵察隊の一人だと分かると警戒を解いた。
だが余程急いでいたのか慌ただしい足音と共に部屋に入ってきた青年の様子からして何かしら問題が起こったのだと二人は身構えた。
「済みません! 急ぎの報告があります」
「どうした、一部のミュータント集団が急接近したのか、それとも大型ミュータントでも確認したのか?」
「いえ違います。此方を隠れて偵察していた傭兵を捕まえました」
傭兵による偵察、間違いなくマフィアの襲撃に絡んだ行動に違いない。
実態としては手駒ではない傭兵をマフィアが使い捨ての偵察兵にした辺りだろう、報告を受けたノヴァは襲撃相手であるマフィアの脅威度を一段階上げた。
◆
拠点として構えた廃墟の中には現状使われていない空間が幾つかあり捕まえた傭兵を収容している部屋も空き部屋を流用したものだ。
急造の部屋であるため当然の様に抜け穴は多い、そのため偵察部隊は脱走を防ぐために手錠代わりとして傭兵に金属製の鎖を全身に巻き付けてから部屋に投げこんだ。
そして運び込まれたときは意識を失っていた二人の傭兵は目を覚まし現状を確認すると大声で騒ぎ始めた。
「もう! 貴方が襲撃時に備えて偵察に誘わなければ捕まる事も無かったのに!」
「しょうがないだろ! まさか、僕としてもこれほど厳重な警備は予想外だよ! それ以前に小遣い稼ぎとして君もノリノリだっただろう!」
「貴方が自信満々に言うからでしょう! 『今回の仕事で目立った成果を挙げるなら偵察は欠かせない。それに鮮度のいい情報は扱い次第で高く売れるからどうだい? キリッ☆』、て何よ! その自信は何処にあったのよ!」
「君も『地上ならミュータントに気を付けないとね、色を付けてくれるならついて行ってあげていいわよ』なんて言っていたじゃないか!」
「ミュータントなら問題なかったわよ! でも落とし穴や地雷に気を抜いた瞬間に飛んでくる毒矢、止めは廃墟丸々一つ使って潰しにかかってくる罠に生きていられただけ感謝しなさい!」
「助かったけど捕まったらお終いなんだよ! あぁ、くそ、あの占いの婆! よく当たるって評判だから真に受けたのが間違いだったか!」
「貴方そんなのを信用して動いたの! 馬鹿じゃないの!」
「ジンクスは大切だ! 占いも突飛な物じゃなくて『入念な準備が報われるでしょう』どうとでも取れる言い回しだ!」
捕まっていながらも捕虜となった傭兵は元気であった。
互いに悪口を言い合い、騒がしく口喧嘩をする元気は残っているようで部屋からまだ距離があったノヴァにも口喧嘩は聞こえる程の大きさである。
「うわ、懐かしい顔がいる。それと捕まった二人はコントでもしているのか?」
「いえ、計算ずくでしょう。大声で騒ぎ咎めに部屋に人が入ってきた瞬間に体当たり、そうして部屋から出る算段位は立てているでしょう」
「成程、馬鹿を装った手練れか。それにしても真心込めて作った罠を突破されるのは悔しいが敵ながら天晴と言いたくなるな」
傭兵二人を閉じ込めた部屋の中を扉に備え付けられた覗き穴からノヴァは見た。
すると捕まえた傭兵の片方は見覚えのある人物でアルチョム達の村を襲撃してきた野盗に雇われていたオカマであった。
一度目にすれば忘れる事が困難な印象からして見間違いではない、またノヴァが仕掛けた対侵入者用の殺意特盛トラップ群を突破するのも男の実力を考えれば納得である。
もう片方の女傭兵に関しては現状では情報が殆ど無い為実力は不明だがオカマと組んでいる時点で弱くはないだろう。
「二人は意識を失っていた所を偵察隊が捕まえたようです。マフィアは情報収集の一環で価値の在る情報には報奨金を出しているようです」
「それで彼らは一足先に現地入りして情報収集。少しでも多くの小遣いを稼ごうとしたのか」
「彼らの口喧嘩の内容が事実だとすればですが。それでどうします先生?」
アルチョムの問いにノヴァは直ぐに返事をしなかった。
マフィア、傭兵、ミュータント、継戦能力、襲撃予想日時、様々な情報がノヴァの脳内で衝突し混ざり新たな考えが浮かんでは沈んでいく。
廃墟の天井を見つめながら考えていた時間は一分にも満たないが考えを纏めるには十分であった。
「買収しよう」
「はい?」
非常に素敵な考えが閃いたと言わんばかりの表情をしながらノヴァは口を開いた。
そしてノヴァの顔には悪戯小僧というには些か邪悪な笑顔が浮かんでいた。
「金は天下の回り物。小遣い稼ぎなんてけち臭い事はせずに傭兵の頬札束で殴りに行くぞ」
▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼
・放送局を占拠しました。
・施設を完全に制圧しきれていません。
・ランダムでミュータントが襲撃してきます。
・簡易陣地(改)を作成:ミュータント迎撃効率10%向上、
・迎撃用の罠を多数設置:迎撃効率20%向上
・放送設備は使用不能です。
・労働可能人員:1+10人
・放送局制圧進行率 :98%→駆除はほぼ完了している
・放送設備修復率 :0%→被害状況の調査を予定している
*接近戦するミュータントの集団を発見、至急対応せよ
・仮設キャンプ:稼働中
・食料生産設備:稼働中・自給率は低い
・武器製造:火炎放射器 生産完了:予備以外の追加生産の予定は無し
・道具製造:汚染除去フィルター(マスク用)市場流通分の追加生産を予定
・バイオ燃料:生産中
・ノヴァ:如何に物資を消耗せずに相手を殲滅するか、それが重要だ。
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