第102話 美味しそうな獲物

 メトロに数多くある駅の中でも治安が悪い事で有名な駅がある。

 駅の規模も小から中規模の間であり、目立った産業も無い駅ではあった。

 だが何時の頃からか密売、恐喝、強盗、その他悪徳を成しても罪悪感さえ抱かない人でなしが集まり始めた。

 最初は彼らを追い出そうとした住人もいたが駅全体が彼らと同調するようになるのに時間は掛からなかった。

 そして悪人が徒党を組み始め現在の駅には複数のマフィアが居座るようになり何時の間にか駅はメトロにおいて表では言えない裏家業を生業にする者達御用達の駅となるようになった。

 そんな経緯を持つ薄暗く埃っぽい駅構内では怒声と喧嘩が絶えず、裏道を覗けば死体を齧るドブネズミがいる光景が日常となっている。

 駅に居る者は元々この駅で生まれ育った者は当然として治安の悪さに惹かれた破落戸と裏家業の特有のハイリスクハイリターンの報酬目当てに集まる傭兵しかいない実に末期的な駅であった。


 そんな末期的な駅の片隅には小さな酒場が一つある。

 騒がしい駅の中にあって静かで落ち着いた雰囲気を持っており、店内は外から聞こえる騒音を除けば駅で一番落ち着ける空間と言えるだろう。

 騒がしいのが日常だとしても静かな空間を欲する人はいる、そういった需要もあり酒場は一部の住人に愛好される場所になるのは当然であった。


 ──因みに下手にちょっかいを掛けようとした頭が空っぽな人物達は利用客によって丁寧な説明を受け二度と手を出さなくなったとか。


「はぁ~、ついてないわ」


 そんな酒場の店内では一人の大柄な男が辛気臭い雰囲気を纏いながらチビチビと安酒を飲んでいた。

 清潔な水が貴重なメトロにおいて酒は汚染の心配がない貴重な水分摂取の手段である。

 しかし、中には粗悪な作りの酒もあり飲んだ人の体調が崩れる事も実は珍しくない。

 そんな中で酒に目利きが出来る店主が仕入れる酒は体調を崩した者がいないのは有名であった。

 とは言っても安酒しか飲まないのに関わらず長時間居座る客は酒場の店主としては扱いに困っていた。

 なまじお客の素性を店主は知っているせいで下手な対応で大怪我を負うのは避けたい、穏便且つ当たり障りのない言葉で店から追い出し──


「おや、此処にいたんだね、壊し屋。まだ死んでないようで安心したよ」


「あら、あなたも久しぶりね。羽振りがいいなら奢ってくれてもいいわよ」


 新しく来店した若い女の客は安酒を飲んでいた男の知り合いなのか砕けた調子で話しかけた。

 男の方も慣れているのだろう、軽く返事をしては横にあった椅子を指さして言外に座るように促し、若い客も疑う事無く席に着いた。


「はぁ、君のその頭には筋肉しかないのかい。何処をどう見たら羽振りがよさそうに見えるのさ」


「もう冗談よ、でも貴方の方もそうなのね」


「そう、何処も彼処もけち臭い依頼ばかり。武装の整備と日々の食事に消えていくだけで少しも貯まらない」


「なら安酒を控えたら?」


「酒を控える? ははっ、それは君も同じであり得ないでしょ。唯一の娯楽が消えたらどうやって生きていけばいいのさ」


「そうね、ほんと、どうすればいいのかしら」


 二人は追加で注文した安酒で喉を潤し情報交換。……という名の互いの近況に関して愚痴を交えながら語り合う。

 弾薬の値上がり、報酬額の少なさ、メトロ全体で起こっている値上げ、積みあがった借金の催促、食事の不味さ、話のタネは沢山あった。

 そして全てに共通するのは景気の悪さであり、最底辺にいる自分達の所まで落ちてくる富の少なさに起因する。

 そんな状況にいる以上、安酒に含まれる僅かなアルコールで頭を鈍化させ酔わせないとやっていけないのが二人であった。


「……それで何が目的で私のところに来たの? 儲け話でないなら一番高いお酒の代金を置いて帰りなさい」


「生憎持ち合わせがなくてね、儲け話はあるけど聞くかい?」


「……内容次第よ」


 だからこそ壊し屋と呼ばれる男は一通り愚痴を言い終わってから本題を切り出した。

 長くもないが短くもない付き合いの二人ではあるが互い信用は出来る相手である。

 何より男の様に豪快に戦えたりはしないが情報収集等の面では優れており、同時に儲け話を見つけてくる事が上手い相手である。

 持ってくる内容は危険なものが多いがその分リターンもある、それを何度も受けて時には一緒に依頼をした事もあって二人の関係は知り合い以上親友未満な間柄が出来ていた。


「近頃妙に羽振りが良い奴がいる、知っているかい」


「ええ、でもそれがどうしたの。大方、博打に打ち勝った成金でしかないでしょう」


 掃きだめの様な駅ではあるが羽振りのいい人間は必ずいる。

 だが実際の所は賭博に運よく勝てた人間が大半であり、手に入れた金を持て余し慣れない豪遊を繰り返して数日で身持ちを崩すのが殆どだ。

 だが中には手に入れた大金を元手に事業を始めようとする人間もいる──が、その後については男も詳しくは知らない。

 だからこそ女が持ってきた羽振りのいい人間も同様に賭博による成金であると男は考えていた


「成金じゃない、行商人で一山当てた奴さ」


「あら、本当に運が良かったのね。行商で当たりを引いた人間なんて久しく聞いてなかったから」


「確かに最近は滅多に聞かなくなったな。で、話を続けるが1回目なら嫉妬や妬ましさを抱えずに誰もが納得は出来た。2回目から嫉妬や妬みを抱え始めるが幸運は続かないと自分に言い聞かせることが出来た。だけど3回も続けば話が違う、誰もが注目して品物の出所を探ろうと動き出した」


「呆れた。それだけの成功を掴んで何故この駅を直ぐに離れなかったのかしら?」


「どうやらその馬鹿は此処にいるファミリーに借金があったらしいね。だけど二度の成功で本来であれば不可能な返済をやり遂げた。それで足を洗って駅から離れれば良かったのだが、それが出来ない馬鹿さ。今度は自分に借金を負わせた奴を見返したいと変な欲を出したらしい」


「救いようない馬鹿ね。それでどうなったの?」


「ファミリーの逆鱗に触れたさ、事前に大金で傭兵を雇っていたようだが相手を知った傭兵は土壇場で逃走。件の馬鹿は捕まって丁寧に持て成されて次回の取引内容について、というオチさ」


「妥当ね。それで?」


 大金を掴める幸運はあったようだが本人自体が救いようも無い愚か者であった。

 三度も続いた幸運に酔って余計な欲を出した結果として見れば妥当な結末であり、特に騒ぐ必要はない馬鹿話にしか聞こえない。

 だが男の横に座る女は態々そんな話を持って来る暇人ではなく、男を探していた様子から考えて本題は別にあるのだろう。


「今はファミリーの上も下も大騒ぎだ。何せ馬鹿が話した内容が正しければ新しい取引予定を既に立てていて、しかも規模を前回よりも拡大しようとしていた。取引される品物は今もう生産されていない機械の高精度な補修部品、未使用に近い新品同然のフィルター、完全修復された発電機も数は少ないがあるらしい」


 安酒のアルコールなんてものは取引内容を知らされた瞬間に男の身体から吹き飛び、意識は情報の洪水によって覚醒させられた。

 傭兵ではあるが機械部品や発電機等の価値は知っている、だからこそ僅かに残った安酒を男は放置して意識はとんでもない話を持ってきた女に向けられた。


「……そこまで大きな話題が此処まで聞こえなかったとすれば相手が手練れなのね」


「そうだ、取引の中心となっている奴は凄まじい手練れだ。取引規模が明るみにならない様に幾つもの仲介を挟んでいるから一目では分からない。ファミリーも今回の馬鹿がいなければ糸口さえ掴めなかったに違いない」


 話を聞く限りでは馬鹿は運よく取引の中に入り込めた人間でしかなかったのだろう。

 取引を分散させる仲介業者の一人、その末端に位置しているだけで本命からは程遠い位置にしかいない。

 それだけでしかないのに関わらず積みあがった借金を返せたのだから取引全体の大きさが凄まじく悪人達が躍起になるのも当然であった。


「今は馬鹿と取引をしていた関係者から一人ずつをしている。そのお陰で取引の一部が漸く判明したが聞いて驚け、次の取引でも新品同然の補修部品に発電機、マスク用フィルター、一部のコミュニティからは詳細な注文を受けてオーダーメイドの予備部品を用意しているそうだ」


「何処にそんなお宝があったの?」


「そこまでは分からない。だが今迄市場に出回った量から推測すれば大量にあるのは間違いない。そして取引内容を知ったファミリーは全て頂く事をついさっき決めたよ」


 この駅に居を構える悪人達に良識なんてものは存在しない。

 それどころか自分達を無視して人知れずに取引を行った事に筋違いの怒りを抱いている人が一定数もいる有様である。

 そんな良識等を一纏めにしてミュータントに喰わせたような悪人達が取引に出される高価な品物を遠目からお行儀よく眺めるだけで終わる筈がない。

 取引内容は複数のマフィアの間を駆け巡り何処も舌なめずりをして取引を襲撃する算段を立て始めた。


「内容を考えれば当然でしょう。それで襲撃を企てたファミリーの動きは?」


「今はドレスファミリーが先行して密かに手駒と傭兵を集めている。動きが駅全体に広く知れ渡るのは時間の問題だろうね。だが相手があのドレスだ、何処も黙っているつもりはないだろうが表立って妨害する動きはしないだろう。それどころか運よくお零れに預かろうと協力するところもあるだろう」


 ドレスファミリーはこの駅において最大勢力を誇るマフィアであり、その影響力は近くにある駅にも及ぶ巨大組織だ。

 誘拐、脅迫、人身売買、麻薬の密売等々数多くの生業を持ち資金力もある組織が全力で襲撃を企てているのだ。

 下手に横やりを入れて矛先が向けられでもすれば潰される、そう考えて他の組織は手出しを控えているのが現状であった。


「成程ね、それで貴方が此処に来たのはドレスの紹介? それとも別の口の依頼なの?」


「話は此処からが本番だ。こっちもファミリーとは別口で品物の流れを独自に調査していたが……とんでもない人間が浮かび上がってきた。聞いて驚け、『探検家アルチョム』だ」


 態々勿体ぶって話を引き延ばす事に文句を言いたかったが男は黙って続きを促した。

 だが女の口から出来た名前には流石に男も動揺した、何せ二人は裏の住人であれば誰もが知る有名人であり、つい先日に襲った村にいた人物達でもあった。


「嘘でしょう『皆殺しのセルゲイ』の息子じゃない。そんなヤバい奴が関わっているのならアタシは抜けるわ。それに私は彼らの村を襲撃したから見つかれば真っ先に殺されるわよ」


「だから裏どりが出来ない依頼は受けるなってあれ程言ったのに」


「仕方ないじゃない! 急にお金が必要になったのよ!」


 雇った野盗からは辺鄙な場所にある小さな村以上の情報は無く簡単で報酬がいい依頼だとその時の男は考えていた。

 だが実際には蓋を開けてみれば散々な結果しかなかった。

 情報が一切ない見た事がない外骨格を身に着けた強敵に時間を取られている間に二手に分かれていたもう一つの襲撃グループは壊滅。

 これは勝てないと見切りを付けて逃げ帰れば二手に分かれていたもう一方の襲撃グループはアルチョムとセルゲイの二人によって壊滅的な被害を受けていたのだ。

 生きて帰ってきたものは僅か数人、襲撃は失敗し報酬無しに加え元々ボロボロだった外骨格が更にボロボロになっていい事など一つも無かった。

 唯一の成果は村に関する情報が少なかった原因がセルゲイによって襲撃を仕掛けてきた人物が一人残さず皆殺しにしてきたという情報だけ。

 勿論そんな情報に価値など殆どなく男は実体験として知りたくも無い事を知ってしまっただけで懐は依然として寒いままであった。


「それでどうする、実の処ファミリーからは僕を通して壊し屋を雇いたいようでね。今日ここに来たのもその為さ。それで報酬はこれ位を提示してきた」


「……悪くは無い額ね。相手がセルゲイやアルチョムみたいな傑物相手でなければの話だけど」


 少なくとも男は自分の強さというものを客観視できている。

 1対1なら負ける事は無いと男は断言できる、だが何でもありの殺し合いにおいて二人とは戦いたくない。

 それに加え見た事がない外骨格を装備した相手も村にはいたのだ。

 接近戦では優位に立てたが終始何をしてくるか分からない相手であり次に会うことがあれば男に対して何らかの対策をしてくる可能性が高い、何せ一度は戦っているのだ。

 そんな相手と二度も戦いたくはない、それが男の偽る事の無い本心であった。


「それは僕も同感さ。でも今の僕らが受けられる仕事はこれ位しかない。それとも毎日ここで安酒を流し込んで僅かに残った金さえ捨てるしかないよ」


「それはあなたも同じでしょう」


「そうだよ、これをしくじれば僕にはもう後がない。何より復讐も出来なくなる。だから僕が知っている中で一番強い君を誘ったのさ」


 だがこの酒場にいる二人には選択肢等あってないようなものだ。

 勝って、勝って、勝ち続けなければ生き残れない。

 敗者は何も得られない、それが二人の生きる世界であった。

 そして二人は裏切られ罠に嵌められた多くの負債を背負わされ追い詰められていた。

 強力な個人であっても暴力で解決するには敵対する組織は大きすぎた。

 隷属するしかなく生かさず殺さずの環境に置かれ、首輪を繋がれていい様に使われるしかない。

 そんな状況から抜け出すと思うのであれば高い報酬を望める危険な仕事を請け負うしかない──それが飼い主による悪辣な誘導だと知りながら。


「男は度胸、女は愛嬌、オカマは最強。ええ、腹を決めたわ、その依頼受けようじゃない」


「よかった、これで多少は成功率が高くなった筈だよ」


 男と女は互いに握手を交わす。

 それぞれの目的を胸に二人は危険極まる仕事に臨む事になった。






 ◆






 そんな決死の覚悟でいる二人とは別に何時の間にか襲撃対象になったノヴァは──


「先生、何を食べているのですか?」


「地下にいた蜘蛛、デカいから食ってみたら意外といけるぞ。丸焼きにしているから寄生虫も大丈夫だ」


「いやそうではなくて!」


 案外クリーミーでサソリより美味しいと言いながらムシャムシャと虫型ミュータントを食べていた。

 そんなノヴァの奇行をアルチョムは全力で止めようと動き出した。



 ▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼



 ・放送局を占拠しました。

 ・施設を完全に制圧しきれていません。

 ・ランダムでミュータントが襲撃してきます。

 ・簡易陣地を作成:ミュータント迎撃効率10%向上

 ・放送設備は使用不能です。

 ・労働可能人員:1+10人

 ・ミュータントの大集団を発見、至急駆除せよ

 →駆除進行中、大量増殖の兆候は未だに在り


 ・放送局制圧進行率 :85%

 ・放送設備修復率  :0%


 ・仮設キャンプ:稼働中

 ・食料生産設備:稼働中・自給率は低い

 ・武器製造:火炎放射器 生産完了:予備以外の追加生産の予定は無し

 ・道具製造:汚染除去フィルター(マスク用)市場流通分の追加生産を予定

 ・バイオ燃料:生産中


 ・ノヴァ:見た目はアレだが虫型ミュータントは食用に適しているのではないかと考えている。しかしアルチョム達からの反対により断念した

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