第92話 目論見の破綻

 老人ことセルゲイの体調は追加で一日安静にしたおかげで移動できるぐらいに回復することが出来た。

ノヴァが傷口を軽く診察した限りでも移動に差し支えないと判断できる程度でセルゲイの瘦せ我慢ではなかった。

 それに加え避難所に備蓄していた物資も朝には使い切りこれ以上避難所に滞在することは困難であるという窮状もあった。


 消耗していた物資についてはセルゲイがそのうち補充するということでノヴァは先行偵察を兼ねて一足先に避難所から外へ出た。

 避難所から出ると運が良かったのか雪は止んでおり雲の切れ間からは差し込んだ陽の光が雪に反射してキラキラと幻想的に輝いていた。

 入り口近くにミュータントの気配がないこと確認してからノヴァは避難所の入口近くある不自然にこんもりと雪が積もった小山に近づく。

 降り積もっていたのが新雪だったお陰で雪を落としていく作業は簡単に終わり、小山の中から現れたのは避難所の中に入れないからと置いてきた強化外骨格だ。

 

 格装着の邪魔になる雪をどかしノヴァは片膝を着いた状態の外骨格を開放させて中に乗り込む。

 避難所の中でも外骨格との接続は継続され異常や故障は通知されていない、そして実際に装着してからセルフチェックを行っても同じであり異常は見つからなかった。


「危ないから少しだけ離れて下さい」


 避難所から出てきたセルゲイが不思議そうに近寄るのを止めて離れたことを確認してからノヴァは立ち上がる。

 片膝を着いた状態から外骨格が起き上がると同時に落としきれなかった雪が音を立て一気に落ち空中に舞い上がる。

 そして舞い上がって出来た雪のカーテンの奥から現れたのは2mを優に超える外骨格。

 その姿形、そして纏う威容は長生きしていたセルゲイであっても初めて見るものであり素直に言えばあっけにとられていた。


「……デカいな」


 放心状態からセルゲイが何とか捻り出した言葉は実に単純なものだった。

 そして外骨格を装着したノヴァが近づいていき改めてセルゲイはその威容を間近で見上げる事になった。

 何の捻りもないもの言葉であったが近付いてきた今であればかなりの圧迫感がある。

 それに加えてみずぼらしさを感じさせない整備が行き届いた兵器、それも見上げる程の巨躯を持つそれが目と鼻の先にあり足音を立てながら近づく姿が持つ衝撃は大きすぎた。


「歩いて大丈夫ですか?背負いましょうか?」


「…そこまで老いぼれてはいない」


 外骨格を装着したノヴァから聞こえてきたのはセルゲイの身を案じる言葉だった。

 しかし目の前の光景に呆気にとられ醸し出される異様に飲まれかけたセルゲイが何とか捻り出せた言葉は取り付く島のないような突き放す言葉であった。

 そして言い終わるや否や外骨格から視線を外してセルゲイは廃墟に向かって歩き出す。


 もし心の余裕があれば別の言い方もあったかもしれないが現状のセルゲイにはそんな余裕は無かった。

 仮に余裕があったとしてもどの様な言葉が相応しいか全く分からない状態であり何か地雷か分からない現状下手な言葉は口に出せないと考えていた。

 何より当初の思惑であった道中で善悪を見極める考えなど避難所から出た瞬間に頭の中から吹き飛んだ。

 命の恩人であるノヴァの持つ戦闘力をセルゲイは見誤った、兎も角今は口数少なく廃墟を進んでいくしかなかった。


 ──そんなセルゲイの悩みを知るすべがないノヴァは黙って歩き出したセルゲイの後ろを付いていく。

 本当は鹵獲した多脚戦車も紹介するべきかと悩んでいたノヴァだが何か思いつめたような表情をしているセルゲイの横顔を見て紹介は次回に持ち越し大人しく後ろを付いていく事にした。


 廃墟の中を迷うことなく進んでいくセルゲイの姿に迷いは無い。

 一度も脚を止める事無く進んでいく後ろ姿についていくノヴァだが警戒は怠っていない。

 雪が止んで穏やかな様に見える廃墟の何処に危険が潜んでいるか分からず、負傷したセルゲイの事を考慮する必要があるからだ。

 そして外骨格のセンサーが何かを感知、複数のセンサーから得られた情報を分析することで近づいてくるミュータントの存在を捉えた。


「セルゲイさん、三体のミュータントが接近しています。注意して下さい」


「分かるのか?」


 ノヴァに言葉を聞いてセルゲイが周りを見渡すがそれらしき気配は全く感じられない。

 気配を感じるのであれば見つからない様に静かに息を潜め気配が消えるのを待つのがセルゲイの対処法であり複数人であって変わらない。

 セルゲイ単独であればすぐさま廃墟の中に隠れてやり過ごす方針だが、その前にノヴァが動いた。


「機体には沢山センサーがあるので丸分かりです。ですから不意打ちはさせません」


 そうノヴァが告げると両手に持った銃とは別にある背中に背負った武装が動き出す。

 武装懸架装置には小銃や散弾銃といった複数の武装が背負えるように武器保持アームが装備されている。

 しかし今の懸架装置右側には一つ大型兵装のみが装備されているだけ、それが稼働し携行サイズ大きく超えた銃口が右肩から突き出る。

 現れた武装はノヴァが制作したものではないエイリアン製の武装、想像以上に続いた放浪生活の中で暇を持て余したノヴァが思い付きでエイリアンの大型武装を外骨格に組み込んだ。

 起源の異なる武装システムをつなぎ合わせるのはノヴァとしても難しかったが幸いにも時間だけは沢山あった。

 その後何回かのテスト繰り返しノヴァの外骨格は異星の武装を取り込む事に成功した。


 そして今稼働した背面兵装に砲口にエネルギーが集まり発光を始め、ヘルメットに組み込んだエイリアン製射撃センサーも稼働する。

 標的となるのは現在地から遠く離れた場所にいるミュータント、今も移動を続けている姿が間にある瓦礫を透過してヘルメットに投影されていた。


「先ずは一体」


 両手に持った銃とはサイズも口径も異なる砲口から一条の光線が放たれる。

 ミュータントがいかに動き回ろうとも間に多くの瓦礫があろうとも関係なく放たれた光線は瓦礫を容易く貫通し向こう側にいたミュータントを貫き、絶命させた。


「二体目」


 訳も分からずに息絶えた仲間の姿を見て混乱している二匹目のミュータントの頭部を光線が消し飛ばした。


「ラスト」


 三匹目は脇目も降らずに逃げだす、奇襲で襲い掛かるはずが看破され逆に狙われている事に気が付いた個体が全力で逃走を図った。

 だが些か行動が遅すぎ運が悪かった、既に放たれた光線が背後から逃げるミュータントの胴体を貫いた。


「もう大丈夫ですよ」


「……まさか倒したのか?」


「はい、倒しましたよ」


 容易く言うがノヴァとしてはミュータントとの距離と間にある瓦礫の少なさが上手く嚙み合った結果である。

 距離が離れすぎてもエネルギーの減衰で殺傷能力は格段に落ち、間にある瓦礫が多すぎれば貫通するだけでエネルギーを使い切っていただろう。

 加えて一撃の威力に重点を置いた兵器であるため連射は利かない、ミュータントが数を前面に出して押し寄せていればノヴァは戦闘することなく全力で逃げ出していた。

 今回の戦闘は状況がノヴァの有利に働いただけであったが撃退は成功、何より組み込んだ武装が想定通りの威力を問題なく出せた結果にノヴァは満足であった。


「そうか、凄い兵器だな」


 しかしセルゲイは浮かれあがっているノヴァの心情など知る由もない。

 時間にして一分も経たない間に行われた戦闘とは呼べない作業、それがセルゲイの見た全てなのだ。

 二度目の衝撃、圧倒的な戦闘力を思わず見せつけられたセルゲイは何とか平静を装ってはいたが内心は荒れに荒れ狂っていた。


 ミュータントでも何でもいい、命の危険にさらされたときに人は本性を露にする、それはセルゲイの人生で得た教訓の一つであり真実だと考えている。

 故にセルゲイはノヴァを善悪見極めるために村に帰る道中はミュータントが多く出没する危険なルートを選んで進んでいた。

 仮にミュータントが大群で襲い掛かって来ようとセルゲイとノヴァの二人程度であればやり過ごせる自信があっての行動であった。

 そうして危険に遭遇した道中の様子を観察してノヴァの人となりを見極めようとしたセルゲイの目論見は完全に破綻した。


 立ちふさがる瓦礫をノヴァは難なく乗り越え時には破壊して突き進んだ。

 近付くミュータントを事前に察知し壁越しに撃ち殺し、運よくやり過ごせたミュータントが迫ろうとも両手に持った銃による弾幕であっけなく倒された。

 事ここに至り戦闘力に限ればノヴァは比類なき強さを持っているとセルゲイは認めるしかない。

 幸いと言っていいのかノヴァはその強さで脅しをかけることはせず、短い会話の中でもセルゲイを気遣う言葉を掛けてきた。

 それらの出来事を考慮すればセルゲイの目を通しても邪なものは一切感じられなかった。


 しかし、だからこそセルゲイは思い悩んでしまう。

 善良な心根に似つかわしくない強大な戦闘能力、このアンバランスさを目にしたセルゲイだが容易に判断を下す事は出来ない。


「それで何処まで行くのですか?」


「もう少しだ」


 ノヴァの問いかけに答えながらセルゲイは廃墟を歩いていく。

 村までの道筋も残り半分、此処から態と遠回りするような行動はノヴァに余計な不信感を抱かせると考えたセルゲイは迷いながらもルートを変更した。

 そうしてしばらく歩き続けるとセルゲイは脚を止め、ノヴァも脚を止めた。


「此処だ」


 そう言ってセルゲイが指さした先にあるものをノヴァは背後から見る。

 視線の先にあるのは外骨格を装着したノヴァが余裕で通れるほどの大穴だ。

 試しにノヴァが上から覗いてみれば人工物らしきものが下に幾つもあるのが見えた。


「此処と似たような場所から地上にワシらは出ている。そしてこの地下がワシらに残された最後の生存領域だ」


 薄暗く日の光の届かない地下空間、それは地上に吹き荒ぶ極寒の寒さから逃れられ、地上に蠢くミュータントから身を隠せる空間。

 そして今を生きる人類に残された数少ない生存領域だとセルゲイは語った。

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