第78話 偉い人=社畜?

 一勢力のトップに昇り詰めた人はどの様な生活を送るか。

 贅沢三昧を尽くして怠惰を極めた生活を送るのか、それとも今までの生活リズムを崩すことなく普段通りの生活を続けるのか。

 誰もが一度は考える事であり自分がそのような立場であればあれして、これして等と色々な事を妄想するだろう。


 そしてノヴァの考えるトップに立った人物の生活のイメージはテレビ番組に出てくる大金持ちのイメージであった。

 タワーマンションの最上階のワンフロアを貸し切り、高級な海外製家具に囲まれワインを片手に風景を楽しむという非常に俗っぽいものである。

 なにせ上流階級の生活と言うものを直に見た事は無く、テレビ番組の編集された物しか見た事がなかった──だが状況は大きく変化した。


現在のノヴァは多くのアンドロイド達を従える勢力の頂点に立っている。

 しかし最初からノヴァが意図して行動した結果という訳ではない。

当初は不足していた労働力の確保と言う下心の為に壊れかけたアンドロイドの身体を修理、ウイルス汚染で狂った電脳を治療してきた。

 だがノヴァの予想を超えて拠点には多くのアンドロイドが集まり、そしてノヴァが目にしたのは今にも壊れそうな身体を動かしてやって来たアンドロイド達の姿であった。

そんな姿を見せられては見捨てる事も出来すノヴァは修理と治療を継続、その結果としてノヴァは多くのアンドロイドを従える立場となった。

 そうして機能を取り戻したアンドロイド達を組織化し纏め上げ街の拠点の再開発など多くの事を成し遂げた。

 

 そんなノヴァは今やアンドロイド勢力『木星機関』のトップであり、文字通り贅沢を存分に堪能できる立場でもある。

 嘗てポストアポカリプスなこの世界に迷い込んた最初期にノヴァは『文化的で最低限度の生活を送れる様になる』事を目標に奮起した。

 そして目標は叶い、今や本拠地である『ガリレオ』中心部にある巨大なビルの一室に居を構え三食に困らない生活を送れる様になったのだ。

 

 その気になれば仕事等せずに全てをアンドロイドに任せ悠々自適な生活を送れるノヴァだが──

 

「ノヴァ様、ウェイクフィールドの漁業組合からアシストスーツの使用の要望が上がりました!」


「あれは解体回収用であって海鮮ミュータントを仕留めるものじゃねぇ!!デカい銛を持てたとしても最低限度の装甲も無いから却って危険なんだよ!型落ちの装甲パーツ送って最低限の防護をしてから送れ!」


「先行量産型AW、一通りの動作テストを終えて初期不良確認しました!」


「不具合をリスト化して送ってくれ!直ぐに改善策を纏める!」


「ウェイクフィールド近辺のコミュニティから塩の買い付けです。在庫の方が払底しかけています!」


「当分の間は資源生産施設にある処理前の塩を送って製塩は街に任せろ!あと製塩施設の復興の優先順位を上げろ!塩の売買を停止させるな!」


「加えてコミュニティ側から今後の取引について相談したいと要望があります」


「マリナは街の領主を使って交渉を纏めてくれ!」


「分かりましたぁ!」

 

 執務室にある複数のモニターから上がってくる大量の情報によってノヴァは多忙の極みにあった。


 組織の資源、資材運用や支配下に置いた街の内政関係等は新設した内政専用のアンドロイドに任せる事で負担を軽減しているが最高意思決定者としての判断を下さないといけない場面は多々ある。

 それだけならばノヴァは文句を言いつつも悲鳴を上げることは無い。

 だが今回に至っては街の治安がある程度回復した事で遠目に様子を窺っていた付近のコミュニティが動き出した事が原因だった。

 街が漸く落ち着いてきたのに仕事を増やしやがってコンチクショーと思わず叫んだノヴァ、だがコミュニティ側も生活必需品である塩を確保しようと必死だと知ればそれ以上の悪態は出せない。

 何よりウェイクフィールドを何時までも養う事は出きない、自前の産業を復旧させ交易を通して食料を自力で調達できるようになってもらわなければ困るのだ。

 だが問題は製塩施設であり復旧にはまだ時間が掛かる、当面は資源生産施設から加工前の塩を融通するしかないが急ぎ製塩施設の再建を行わなくてはならない。

 その為にもコミュニティ側との交渉に関してはマリナのサポートを付けたマクティア家当主を扱き使い今後に支障が出ない様に纏めるつもりだ。

 

 他にも自警団の関与など内政関係の仕事があるが其処ら辺はデイヴやアランを筆頭としたアンドロイド達に任せる事で解決出来る。

 それ以外でノヴァの頭を悩ませるのは先行量産型AWの初期不良と搭載する武装に関してである。

 これらの改善策の立案や機械関係の不具合の修正等は現状ではノヴァがするしか無くアンドロイドの補助があってもその仕事量は多い。

 それらの案件を処理するためノヴァの手はキーボード上で踊り狂うように動き回り鬼気迫った物がある。

 

 疲労とストレスが現在進行形で積み重なっていくノヴァ、だが終わらない様に見えた仕事も残りが少なくなってきた。

 もう少しで終わる、真っ暗闇で見つけた僅か希望を頼りノヴァは仕事に打ち込み──


「行商人のポールから巡回している近辺でミュータントの活動が活発になっていると連絡がありました!」


「AW投にゅうぅぅううううううう!!」


「ノヴァ様落ち着いてください。アラン、必要な部隊を率いて巡回しミュータントの殲滅を実施するように」


『了解。それと教育途中の子供を何人か連れていきます』


「細かな事は其方に一任します」


 サリアは軽い錯乱を起こしたノヴァを羽交い絞めにして拘束すると同時にノヴァに代わって命令を出した。

 そしてサリアに拘束されたノヴァは色々と限界であった。











「すまない、取り乱した」


「仕方ありません。今回ばかりは間が悪かったと言うほかありません」


 軽く錯乱したノヴァであったがサリアの拘束によって早めに持ち直す事が出来た。

 だが今度は錯乱時の記憶によって自己嫌悪に陥るノヴァをサリアが慰める羽目になったりもした。

 

 実際に錯乱の原因になったのは異常な量の仕事であり、こればかりはサリアが言う様に運が悪かったとしか言いようがない。

 忙しい時を狙ったかの様に追加の仕事が発生する、世界の不思議でありこればかりはノヴァもどうしようもない。

 問題点があるとすれば仕事量を調節し損なった点、自分の限界を超えて仕事に取り組んだ末に起こった必然的なものであった。


「ホントに内政、政治関係は苦手なの、出来る人に丸投げしたいの」


「機関にいるアンドロイドで行政関係の経験がある個体は少なく、また彼等は執行側であり政策の企画立案に参加を許されていなかった事が痛いですね」


「人間至上主義、あるいは自分達より優れた機械が出てくるのが怖かったのか、どっちでもいいがそれで大崩壊を起こしているんだから笑えないね」


 政治の世界にまで人工知能が出てくる事を恐れたのか、当時の事を全く知らないノヴァには分からない。

 無論ノヴァのリサーチ不足であって国によっては政治参画を果たした個体もいるかもしれない。

 だが創造性を人間の特権と考える人達によって世論で拒否感を醸成されたのか過去の記録において政治参加したアンドロイドや人工知能は見つからなかった。


「デイヴの所を人員増加して過去の行政記録から適切な施策を立案出来ないか試していますが芳しくないです」


「政策立案に特化したアンドロイドはいないのか……。いっその事、政策立案を始めとした内政関係を担当する個体を作るか?」


 アンドロイドホイホイと化した『ガリレオ』には多くのアンドロイドが訪れるが其の殆どがサービス業や肉体労働用の個体である。

 今迄の記録を見てもノヴァ達が求める政策立案に従事していたアンドロイドは一体も確認できず、製造されていないと判断するしかない。

 

 ──であるならノヴァが一から製造するしかない。


「出来るのですか?」


「出来なくはない、けど参照できるデータの量と演算能力次第かな。自分で言うのも何だが悪い考えじゃないし、高い演算能力を持たせるためにいっその事ワンフロア全て電算室にするのもいいかもしれない」


「分かりました、必要な資材があればお申し付けください。直ぐに用意させます」


 ノヴァが居を構えるビルには未だに空室が多くあり未使用フロアも幾つもある。

 そして現在のノヴァであれば演算装置等の精密機械を自前で用意する事も運用に必要な電力の確保も問題なく出来る。

 心配があるとすれば政策立案に関する行政データの不足であるが連邦図書館にあったアーカイブの代用とウェイクフィールドでの行政記録で代用できる筈である。

 

 とは言ってもハードを用意してデータを突っ込めば完成する訳ではなく、様々な調節が必要になるのは間違いない。

 それ以前に現状ではノヴァの妄想にしかすぎず上手く行く保証はないが態々失敗するつもりで製造するつもりは無い。


「これで楽になってくれればいいが」


 名前を付けるとしたら政策立案支援人工知能と言ったところか。

 目標としてはノヴァが大まかな指針や方向性を伝えれば後は最適な政策を立案してくれるスーパーマシンである。

 だが其処迄人工知能が成長するかは未知であり、成功が確約できる訳でもない。

 それでも政策立案に有効なアドバイスを出来る様になってくれるだけでもノヴァとしては大助かりである。


「取り敢えず一回試しに作って、それで実用性があるかどうか参考にしてから演算装置を追加していこう」


 ノヴァはキーボードを操作してビルにある演算装置のメモリの一部を使って一つの人工知能を製造する。

 基になっているのはアンドロイドの人工知能製造法であり、大崩壊前には一般に流通していたプログラムである。

 このプログラムで製造された人工知能は産まれたての赤ん坊であり、此処からどの様なデータ、経験を与えるかによって性能や思考は大きく変化する。

 この段階で企業は差別化を行っており多様な特徴を持った人工知能が製造されるが多くが選別されて解体、選ばれた人工知能をコピーし画一化した人工知能を企業は用意するのだ。


 しかし今回ノヴァが行うのは大量生産ではない。

 実験的側面もあるため事前に複数のコピーは行わず一つの人工知能を育て上げる方針である。

 

「早く大きくなれよ~」


 そうしてプログラムがノヴァのモニターに名前の無い生まれたばかりの人工知能を表示した。

 自我の無い最低限度の意思疎通が可能なだけの善悪の判断も出来ない子供のようなプログラムが声なき産声を上げた。

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