第76話 間接統治:第一段階経過報告

 アンドロイド達の本拠地である『ガリレオ』、その中心であるノヴァの居住地でもあるビルの中には未だに用途が決まっていないフロアが幾つもある。

 幾つかのフロアはノヴァの研究施設や製作所、格納庫等が入っているが全てを使い切ってはおらず未だに未使用のフロアや部屋が数多く余っている状態であった。

 だが最近になってビルの中に大型モニターが複数設置された大きな会議室が複数造られた。

 また会議室以外にも複数の部屋が作られ、そのどれもが収容人数が軽く百を超えるものである。

 

 そんな部屋の一つである会議室にノヴァはいた。

 無論、会議室の中にいる人間はノヴァ一人だけであり、他は全てアンドロイドである。


「……態々会議室まで作って此処でやる必要ある?何時もみたいに執務室で報告受ける形じゃダメなの?」


「私達はそれでいいのですが今後積極的にウェイクフィールドに介入するのであればこういった場面がないとも限りません。あるとしても相手を此処に呼びつける事が殆どでしょうが、相手から招待を受ける場合が無いとも限りませんし、その時に素人だと見縊られれば相手の付け入る口実となり騒ぎ出す愚か者がでないとも限りません。ノヴァ様は未だにこの様な行為が苦手であるのは承知しているのでこういった場所での振る舞いも経験してもらいます。此処で思う存分失敗を経験して下さい」


 ノヴァの疑問に対してサリアは迷いなく答えるが。果たして崩壊した世界においてサリアの言うマナーを気にする人間がいるのか。

 だがサリアの言っている事も間違ってはおらず、最近であればウェイクフィールドの領主との会合における立ち振る舞いはサリアの指導があって実現できたものだ。

 ノヴァ一人では逆立ちしても出来ない事であり、サリアの元々の製造目的からして上流階級に所属する子息の教育も仕事の内であり、それらはノヴァの苦手な分野である。

 仮にノヴァが下手を打って相手に舐められでもすればその後の交渉に悪い影響が出る可能性は高い、加えてその舐めた態度を訂正させるのには力を振りかざす必要があり正直言って面倒である。

 馬鹿に付け入る隙を与えず、また二度手間を避ける為に一連のマナーや暗黙の了解といった教養を知る事は無駄ではない──しかし、それらを教えるのがサリアである。


「お手柔らかにお願いします」


「安心してください、此処なら安全に失敗できます。翌日に疲労が残らない程度に抑えますから頑張って下さい」


「鬼!悪魔!スパルタ教師!」


 ノヴァは戦慄する、そして思い出すのはウェイクフィールドからの救援を受けると決断してから突貫で行われたサリアのレッスン。

 元の世界でも庶民であり、この世界に来てからも変わらなかった庶民精神をサリアのレッスンは完膚なきまでに粉砕した。

 言葉通り生きている世界が異なる仕草であり馴染みのないそれらを学ぶのは大変であった、だがお陰でウェイクフィールドにおける会談では相手に主導権を握られるような事は無く行う事が出来た。


 ……それでもやっぱりレッスンから逃げ出したいのがノヴァの心情である。


「……御姉様とのお戯れはそれ位にして報告を行ってよろしいでしょうか」


「ああ、済まないマリナ。始めてくれ」


 ノヴァとサリアとのやり取りを何とも冷めた目で見ていたマリナは気を取り直して会議室のモニターを起動。

 画面には複数の映像とグラフが映し出されおり、それらは現時点でのウェイクフィールドに関する詳細な情報である。


「先日行われた機関の介入によるウェイクフィールドの変化ですが、漸くプラスに転じる事が出来ました」


 本拠地『ガリレオ』で行われる定期的な報告会、そこで常に議題に上がるのは頭の痛い問題であったウェイクフィールドについてだ。

 今迄は街の自主独立を尊重して最低限の介入に抑えていたノヴァ達だったが事態は一向に好転せず、それどころかノヴァ達に窃盗などの被害が生じるまでに治安が悪化してしまった。

 表面上は平穏を保っているように見える、だが中を見れば破綻は秒読み寸前の有様であった。

 

 事態は最早ウェイクフィールド側の自主独立を信じる段階ではなくなった。

 連日報告される被害内容からノヴァは街に統治能力無しと判断、今迄躊躇っていた木星機関による介入が実行に移された。

 介入内容は大きく二つ、組織的な窃盗の主犯格である街の地下水路内部に潜んでいたレイダー残党の掃討、機能不全を起こしている自警団人事への介入だ。


「介入後の窃盗ですが現時点では報告はありません。また街の自警団員で不適格な人員は退団させ復興要員に回す事で復興作業を促進させました」


 モニターの映像には増えた男手によって廃墟が次々と解体され更地にされていく様子が映されている。

 自警団で素行不良で持て余していた人員を丁寧な説得・・・・・の後に退団させ街の復興作業員として配置転換させたのだ。


「復興速度の向上は作業人数増加も大きな要因ですが、供与した作業用アシストスーツが作業効率を飛躍的に引き上げています。この進捗速度であれば一週間前後で廃墟の解体は終わるでしょう」


「倉庫で埃を被っていたものだが態々引っ張り出した甲斐があったな」


 作業員達が身体に装備しているのはノヴァが初期に作った作業用アシストスーツである。

 元々はアンドロイド達に装備させ回収作業の効率を高める目的で製造したものであり、ノヴァが設計製造した最初期の装備でもある。

 今では世代交代を繰り返した事で型落ちになった装備であり、解体する手間を惜しんで倉庫の奥で保管されていた。

 アンドロイド用ではあるが複雑な機構は搭載していないので人間でも使用可能であり、復興の為にノヴァは一時的・・・に供与したのだ。

 復興作業が目に見えて進行したのは作業員の大幅な増加もあるが機関が貸し出したアシストスーツの恩恵によるものが大きく装備を使い慣れていけば作業効率は今後も高まっていくだろう。

 

 無論、ノヴァは街の住人が供与したアシストスーツを悪用する事も想定しており防止する為の細工は済ませてある。

 それ以外にもアシストスーツを悪用した使用者に対しては問答無用で捕縛、最悪の場合は射殺もあり得ると通達し脅しを掛けている。


「解体作業と同時進行で住宅の再建と停止していた街の産業を再開させています。此方の方は復興の進捗に合わせて人員を配置していく予定です」


「住宅は分かるが街、ウェイクフィールドの産業は元々どんなものがあったんだ?」


「製塩、漁業が主な産業です。レイダーによる施設の破壊等があってからは停止していたようですが復興の一環で施設の再建も行っています。復興作業の進行で余った人手は順次振り分けているので労働力は現時点では不足していません」


「これで住民達が非日常から日常へ戻ってこれればいいがな」


 ノヴァはウェイクフィールドに対して食料品や医薬品等といった物資の支援を行ってきた。

 だがそれは物だけを与える消極的な行動でしか無く傾き掛けた街を立て直せる直接的な支援は今までしてこなかった。

 結果として事態は好転せず緩やかに悪化していたが先日行われた街、ひいては自警団への介入によって事態を変えることが出来た。

 今まで大きく滞っていた物事が動き出し漸く復興の道筋が立てられるまでになったのだ。

 それら一連の報告はノヴァの基本方針を転換するのに十分な内容であり、また復興と言うものがどれ程困難なものであるかをノヴァが身を以て知る機会にもなった。


「また自警団に関しては此方が軍事顧問を引き受ける形で介入、残った人員に対して機関による軍事訓練を行い質の向上を図っていますが余りいい結果とは言えません」


「そりゃあ彼等は軍人じゃなくて自警団でしかないからな。本格的な軍事訓練はきついだろうが自警団が元の水準に戻るには熟してもらわないと」


「また自警団が今後使用する武装は我々の運用していた物を払い下げる形になります。それでも彼等が扱っていた武器よりは高性能になります」


「……いやまさか、自警団が使ってる銃の品質があれ程悪いとは」


 介入後間を置かずにノヴァ達は調査の一環で自警団の保有する銃火器の調査を行った。

 これは自警団の戦力測定と実態調査の為ではあったのだが蓋を開けてみれば保管している武器が余りに酷かった。

 

 赤錆が浮いていたり、口径にあった弾薬が不足しているのは序の口。

 同一の銃であっても個体差が大きく、また作りが粗い為弾詰まりが頻発し、物によっては肉厚が足りない為暴発の危険もあった。

 その為壊れた際に修理するのも困難であり、一部には精度の粗い自作した部品を組み込んでいるのもある。

 その他にも問題は数多くあり、アンドロイド達にしてみればコレは火器ではなく弾が撃てるだけの鈍器と変わらない代物だ。

 擁護する気にもなれず保管していた武器は全て資源化、現在は払い下げの武器を与え訓練を施している。


「現状は旧式化して倉庫で埃を被っていた物を宛がっているが数も少なくなってきた。いっその事性能を抑えたモンキーモデルでも売るか?」


「銃も消耗品ですから今後を考えればモンキーモデルは必要になるかもしれません」


 崩壊してミュータント等の危険が蔓延る世界で生きるには武器は欠かせず、持っている武器の総量が権力とみなされる一面がある。

 その点で言えば自警団は壊滅したレイダーが持っていた大量の火器を確保しており、街において比類なき勢力を誇っていた。

 だが街の中に対抗できる組織が無かった事により自警団は暴走、特に若者を中心にして傍若無人な振る舞いが散見される半グレ集団と化しつつあった。

 この自警団の手綱を握り切れなかったのがマクティア家の失点であり、自警団の機能不全に繋がっていた。

 尤もノヴァ達にしてみれば大した障害でもなくその気になれば何時でも壊滅できる集団でしかない。

 だからといって自警団を放置する事はしない、復興後の治安維持を問題なくこなせる様に介入、またノヴァ達がある程度コントロールできるように行動を起こした。


「ですが銃が揃っても撃つための弾薬が足りません」


「建設予定のAWの実弾兵器用生産ラインを一部転用して生産する。本来であればAW用の実弾兵器に専念させたいが仕方がない。1割程度でも振り分けて弾薬工場を作れば十分だろう」


「分かりました」


「だけど裏を返せば食料、医薬品、資材に武器弾薬まで機関が握っている。此処まで依存させればウェイクフィールドも下手な行動は起こせないだろう」


 現状ではウェイクフィールドの生命線はノヴァ達が全て握っていると断言できる。

 それを分からない街の住民達は殆どおらず、仮に理解していない馬鹿が出ようと実力行使なり何なりでどうにでもなる。

 よってノヴァは街の問題は一区切り付いたと判断を下した。

 

 だが報告会はまだ終わらない、ノヴァ達が抱える問題はウェイクフィールドだけではないのだ。

 

「それでは次はAWと前線に関する報告です」


 ノヴァ達、木星機関の目下最大の問題は巨大なミュータントが跳梁跋扈する内陸部、前線にあるのだ。

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