第75話 見通しについて
連邦軍正式採用多脚重装警備ロボット、コードネーム『ガーディアン』。
機体に取り付けられた重厚な装甲は重機関銃クラスの銃弾を弾き、戦場においては歩兵の盾ともなりうる巨体、高い積載性能に物を言わせた豊富な火力と継戦能力。
この機体の設計思想は小さな無人戦車として、また移動式砲台として戦場で運用され連邦軍の主力を担う……と期待されていた。
「まぁ、戦場における兵器の進歩は日進月歩、この機体が登場するには少しばかり遅すぎた」
帝国との戦争は双方の予想を超えた規模になり日々大量の資源と砲弾を浪費する地獄となった。
其処で求められる兵器と言うのは一点物の高性能な兵器ではなく量産が可能であり悪環境でも問題なく動けるものである。
その点で見た時、ガーディアンはそれらの要求を満たせず連邦軍の主力になり損ねた。
・脚部である移動用の四脚の稼働に加え脚先には車輪も搭載して走行も可能にしようとして機構が複雑化しコスト上昇。
・機体をコンパクトに纏めようとして高いトルクを出力可能な高性能なモーターを複数付ける必要がありコスト上昇。
・歩兵の持つ小火器程度には有効な装甲だが対戦車ミサイルやロケットまでは耐えられず、さりとて装甲を増強しようとすれば重量増加によって機動性低下。
・個人携行ロケット等に耐えられるよう正面装甲だけを増強、重量増加を抑える為に背後の装甲は最低限に留める処置を行い背面が弱点となる。
・火力に関しても当時実用化していた兵士用の強化外骨格を装着した一個分隊で代用可能でありガーディアンの機体価格高騰に伴い費用対効果が悪化。
・射線の範囲を広げる為に四脚の上にアンドロイドの上半身を組み込むが設計当初から上半身フレームの性能限界によって搭載火器の性能が決まってしまう。
・火器は対人に対しては強力だが帝国主力戦車、戦闘車には射程外から撃破されてしまい射程の不足が露呈、射程の伸長を施そうとしたが積載量の兼ね合いで更なる重武装は行えなかった。
総じていえば歩兵よりも強力で高性能な無人兵器ではあったが広範囲に及ぶ帝国との戦線においては戦車や戦闘車を持ってきた方がいいと連邦軍は結論を出した。
仮にガーディアンが活躍できる戦場はあったとしても数が少なく、また特殊な環境であり対峙していた帝国軍に勝利する為に有用性が限定されたガーディアンの調達は途中で打ち切られた。
無論調達打ち切りを通告された開発・製造会社が黙っている訳は無く連邦軍からの要求を基に改良型の設計・製造に取り掛かかった。
「だけど世に出す前に世界が終わってしまった……自分で言うのも何だが不遇の兵器だな」
軍港にあったガーディアンが出てきた格納庫は機体の強化・改修を行っていた研究施設であった。
どう考えても機密保持の一環で爆破されるなり持ち出すなりの処置をされるようなものだが実際には機体は軍港の警備に駆り出された。
理由として機体自体が陳腐化していたのと改修に用いた技術も先進的なものでは無かったため機密保持対象外になり帝国軍に対する殿として軍港に残された……らしい。
ここら辺は格納庫に残されていた改修計画と記録から推測したに過ぎないが当たらずとも遠からずだろうとノヴァは考えていた。
「一機だけになって、それに加えて機体がボロボロになっても命令を守り続けていたのは『
ミルラ軍港での戦いで鹵獲した多脚ロボットは輸送ヘリに載せられて『ガリレオ』にあるノヴァのラボに運び込まれた。
クレーンによって吊り上げられた機体にはたった一機で戦い続けた孤軍奮闘の証として数多くの傷があった。
ミュータントの爪と牙による傷、潮風と経年劣化によって塗装がはがれた錆び付いた装甲、弾丸を吐き出さなくなってからは鈍器として敵を殴り続けて潰れた多連装銃身。
重ねた傷は戦歴の長さを物語り、その姿は歴戦を重ねた個体としての威厳を醸し出し──
「そんな機体に止めを刺した本人が言うセリフですか」
「やめてくれサリア、その発言は俺に効く」
今となっては無残な姿となってガーディアンはクレーンに吊り上げられていた。
機体には元々あった武器を内蔵した腕部は両腕とも切り落とされ、下半身にある四脚の内二脚は吹き飛ばされ、脚部の索敵用のセンサーが収まった頭部は上から二等分に割られていた。
止めは胴体中央に空いた穴だ、機体の動力源でもあったバッテリーをノヴァの剣が貫き破損、其処から炎上し胴体中央を高温で溶かしてしまった。
もはやミルラ軍港で遭遇した歴戦を物語る風格は無くスクラップ同然の酷い姿である。
──これらの損傷は遭遇時に無かったものであり鹵獲した機体がこの様な酷い姿になったのは偏にノヴァのせいであった。
「いやだって自爆するとは思ってなくて、止めようにも外部接続端子は劣化して使い物にならなかったし、となると自爆機構を直接止める必要があって、でもサリア達が抑えようにも元気に動き回ったから……。すみません、俺の見通しの甘さが招いた事でした……」
「でしたら次回からは駆動部や武装を遠距離から破壊し終わってから鹵獲しましょう。いいですねノヴァ様?」
「ハイ、ワカリマシタ……」
サリアの冷え切った視線に耐えられずノヴァは素直に降伏した。
ミルラ軍港ではノヴァの要望により原型を留めたまま鹵獲しようと護衛のアンドロイドは動いた。
武装の一つである拘束用のアンカーを機体脚部、腕部に纏わり付かせ動きを拘束、ノヴァがハッキングを行い停止させる予定であった。
だがガーディアンの外部接続端子は悉く腐食し使えず、また拘束されこれ以上の抵抗が無意味であると判断したガーディアンは最後の手段である自爆を決行しようとした。
機体から音割れた警告音が鳴り響き、最後の足搔きとばかりにガーディアンは機体を全力稼働させノヴァを道連れに吹き飛ばそうとした。
其処から先は阿鼻叫喚の地獄、ノヴァは抱き着こうとするガーディアンの両腕を切り飛ばし、護衛のアンドロイドは機体を全力で拘束し続け、サリアは武装の戦斧で頭部を叩き割り、アランは大型散弾銃で機体の脚を二本吹き飛ばした。
それでも止まらない自爆装置をアランのアドバイスにより胴体部のバッテリーと自爆装置を剣で貫き破壊した。
「反省しています、だが後悔は──ハイ、シテイマス」
「……色々ありましたがノヴァ様の気が晴れたのなら無茶をした甲斐があったと思いましょう。それでスクラップ同然のガーディアンですが使えそうですか?」
「この機体はもう無理、機体は解析の為に解体して終わったら資源として再利用するよ」
下手な言い訳をしようとしてサリアに凍えるような目を向けられていたノヴァだが活用法に関しては自信を持って答える。
何故なら研究施設に運び込まれたスクラップ同然のガーディアンであっても価値がなくなったわけではない。
これが只の技術者であれば匙を投げるスクラップであってもノヴァであれば機体を分解・解析する事で時間は掛かるが同様の物は作れるだろう。
だが現状でガーディアンを完全再現するにはコストが掛かり尚且つ使いどころは制限される。
それならいっその事AWやアンドロイドにも使われている人工筋肉等を使って構造を踏襲した新しい多脚ロボットを製造するべきだろうとノヴァは考えている。
何よりガーディアンが待ち構えていた格納庫の中には研究途中であったガーディアンの改修計画が残っていたのだ。
改修計画とノヴァの技術が合わさればガーディアンは新たな姿に生まれ変わりノヴァ達の戦力になってくれるだろう。
「分かりました。研究、試作に必要な資材については事前にファーストに話を通しておきます。量産する場合は別途連絡をお願いします」
「分かった、それじゃ早速──といきたいけど何か報告があるんだね」
「はい、ウェイクフィールドに関する報告があります」
ノヴァの問いにサリアは答える。
それはノヴァにとって現状最大の問題、機能不全を引き起こしかけている現地の治安維持機関である自警団に対する介入を今日実行に移したのだ。
「まず本日ウェイクフィールドへの第1回目の介入が行われました。一部自警団の妨害がありましたが無力化し作戦は今も継続中です。また首班とみられるレイダー残党を複数発見し抵抗があったため射殺、生き残りは自警団へ引き渡しました」
サリアの報告と共に手元にある端末には作戦の途中経過が送られた。
その報告書を見る限りでは多少の問題は起きつつも作戦は進行している。
また端末には記録として現地でのやり取りも動画として記録され閲覧する事が出来た。
「報告書を見る限りでは自警団の態度は変化したようだな。とは言っても一日しか経っていないから早々に結論は出せないけど」
「はい、結論を出すにはまだ時間が掛かりますが、それでも今迄と比較すれば変化はしています。加えて現場に立ち会った領主からは今回の失態を名目に自警団の引き締めと内部の不適格な人材を自警団から追放するとのことです」
「追放しても復興に関して男手は幾らでも必要、肉体労働の仕事は幾らでもあるから真面目に働けば街で過ごすのに十分だろう。それで此方が斡旋した仕事に関しては?」
「領主からはこれまで以上に派遣する人員を選別すると。此方としては機関の監督下でマクティア家が労働力派遣の元締めとして働いてもらいます。また今後の物品の売買はマクティア家に限定し、報酬としてのポイントは一時的に停止、報酬は復興資材と少量の嗜好品をマクティア家に労働の対価として支払います。現地での売買は復興が完了するまでは停止、復興完了後に再開する予定です」
「それが現状ではベターかな」
今回の事件の切っ掛けとなった売買は実施するには早すぎた。
統制が崩れかかっており、なおかつ生活が安定していない時期にノヴァ達が出したものが復興を促進するどころか遅らせる結果となった。
これは早まった計画を実行に移したノヴァの責任であり、こればかりは言い訳しようもない。
それを考えた場合物品の売買を制限するしか事態を収拾する方法がなかった。
再開の目途が立つのは街が復興してからになり、それが何時になるかは街の働き次第である。
「これでマシになってくれるのであればいいけど。だけど、これでも駄目だったらマクティア家をどうしようか」
「その時は機関による直接統治に切り替えましょう。抵抗するのであれば見せしめが必要になりますが」
「それしかないか……」
供給をいきなり絞るようなことをせず減らしたうえで、その手綱をマクティア家に握らせる。
中核人員を大きく欠いたマクティア家に対するノヴァの援助の一つであるがこれを有効活用できるかは領主の腕次第だろう。
これでも統制を取り戻せない様であればマクティア家の統治能力は無いと判断せざる得ない、それがノヴァの最終決断だ。
そうなればノヴァ達による直接統治に切り替える事になり、その下準備を現在はデイヴがリーダーとなり備えて取り纏めさせている。
「それから子供達は如何なった?」
そして今回の介入の争点の一つとなった徒党を組んだ子供達。
その取扱いは表向きには銃による反撃を行ったため殺害したとし、裏では機関の工作員として保護・育成する予定となっている。
「今の所、地下水路に侵入した部隊は発見した全員を確保しています。保護の際は偽装をし易い様に麻酔銃で眠らせていますが体調の著しい悪化は確認できていません。また麻薬による中毒症状の重い子供を優先して移送、現在は沿岸拠点で安静状態にしていますが移送準備が整い次第医療機関に搬送する予定です。また健常な子供は沿岸部で一時的に滞在してもらい纏まった人数で移送します」
「受け入れ施設は出来ているが大丈夫かな?」
子供達を受け入れる施設は区画整理で空いた区画の一つに集約して建設した。
其処には居住区、病院そして学校等の施設に加え、彼等を管理担当するアンドロイドも既に待機している。
──因みに子供達の管理担当に関する仕事は街にいるアンドロイド達から募集したがかなりの倍率になった。
さすがに希望するアンドロイド全員を採用する訳にもいかず今回は教師や医療従事者として製造されたアンドロイド達を最優先に採用する事になった。
それでも街では今一番の話題であり、採用されなかったアンドロイド達は次回の募集を心待ちにしているらしい。
「明日には此処に到着します、保護した子供達を見に行きますか?」
「ゴメン、それはもう少し先にしてくれ。情けないが心の準備が出来ない」
「分かりました」
それしか方法はなかった、これ以外にあるのは碌でもない終わりだけだ。
理性では分かっている、これが現状でベターな選択であったと今なら断言できる。
それでもノヴァが感じてしまう遣る瀬無さは解消されることは無い。
これは平和な国で争いから程遠い世界で生きてしまった弊害なのだろう。
こればかりは時間が解決してくれるのをノヴァは待つしかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます