第47話 三者三様

 無法者達が占拠する街の中にはスタジアムがあった。

 崩壊前は運動競技の会場であり、崩壊後も娯楽の少ない街の住人たちの為に多くの催しを開催するための会場として使われていた。

 だがその面影は消えた、無法者達の雄叫びと野次が木霊するスタジアムは嘗ての姿からは想像もできない闘争を見世物とするコロシアムと化した。

 其処には無法者達が立つこともあるが滅多に無い、彼等にとって最高の娯楽は悲鳴なのだから。

 連れ去った街の住人や反抗的な人間をコロシアムに立たせ彼等にミュータントやクリーチャーを差し向けるのだ。

 

 何秒持つのか、断末魔に何を叫ぶのか、人を人とも思わない彼等はその姿が何より代えがたい娯楽だった。


「漸く此処まで来たか」


 そんなコロシアムの最上段にこの街の支配者であるゾルゲがいた。

 傍らには女を侍らせ、貴重な酒を湯水の如く飲む姿は恐ろしく無法者達の憧れであった。

 だが彼等の羨望を一身に受けてもゾルゲは表情を変えない、それだけでは足りないからだ。


「次の街への進攻準備は整っているな」


「ええ、生産施設が襲撃されたのは予想外だったが必要な分のクリーチャーの生産は終わっている。破壊された施設の復旧も間もなく終わるだろう」 


 ゾルゲの質問に答えたのは傍にいる白衣を着た男である。

 男はゾルゲの協力者であり、ビジネスパートナーである。

 

「ならば問題ない、次の侵攻でもお前の作品を存分に使わせてもらうぞ」


「ええ、此方もデータ収集が捗るので問題ないですよ。ただもう少しまともな装備を持った相手と戦えないと満足なデータが集まらないのですがね」


「残念だったな、次の街も此処とそう変わらない程度の自警団しかいない。例え銃を揃えて戦力を増強しようと俺の軍団の脅威には程遠い」


「それは残念ですね、それでも素材が手に入るだけ良しとしましょう」


 残念そうに顔を顰める男を横目に見ながらゾルゲは笑う。

 短くない付き合いだがこの男とは上手くやれている、何より男の誘いが無ければゾルゲはこの場所にはいなかった。


「まだだ、まだ満たされない、もっと、もっと多くの物が欲しい。次の街を落したらクリーチャーを増産して都市に挑むのもいいな」


 ゾルゲには飢えがあった、生まれた瞬間から満たされない空虚を抱えていて、その孔を満たそうとしてきた。

 だが生まれが悪かった、その孔を満たせるだけの階級に生まれる事は出来なかった。


 崩壊した世界の影響が限りなく低く様々な技術が失われる事なく現存できた都市、ハルスフォード。

 だが都市に膨大な資源を供給するはずのサプライチェーンは失われ、限られた人間しか科学技術の恩恵を受ける事が出来ない。

 その恩恵を独占する上位の人間とそれに仕える中位の人間、這い上がる事は許されず最下層に固定される定めの人間達。

 

 最下層に生まれた男は幸いにも才能はあった、自らの力で底から這いあがり中位まで辿り着けた。

 だがそこまでだ、頂点に住む人間に仕える中位までが這い上がれる限界点だった。


 生身の身体より強く丈夫な機械の身体を与えられ、自らが選ばれた存在だと疑いもしない人間に仕えるしかなかった。

 そんな選ばれた人間達は破壊を免れた都市の中で自らの権力を保持するための派閥抗争に明け暮れていた。

 男は彼等にとって強く丈夫な代替可能な駒の一つであった、それでも最底辺の生活と比べればマシな生活を送る事が出来た。


 これでいい、そう自分に思い聞かせて男は諦めた、胸に抱えた空虚を誤魔化し続けて来た。


「おやおやおや、それだけの才能がありながらいい様に使われているのは勿体ない。どうだ私の作品を使って成り上がってみないか、無論タダでは無いがね」


 ゾルゲは男からクリーチャーを受け取り、ゾルゲは男に研究可能な施設と素材を提供する、その契約を結び目の前にクリーチャーを出されたことでゾルゲは決断した。

 野心を燃え上がらせ最下層の掃いて捨てる程いる無法者達を纏め上げ都市から武装や物資を大量に強奪、都市を脱出し近くにある街を占拠して根城とした。

 そして今、噂を聞きつけて集まって来た同業者達を迎え入れ勢力を拡大し続け次の侵攻に必要な兵隊を揃えた。


 ゾルゲの野心は未だに静まることは無い、まだ多くの物を欲している。

 今日は次なる侵攻に向けた決起会である、残酷且つ愉快な見世物で眼下にいる同類を焚きつけるのだ。

 ゾルゲが立ち上がりコロシアムに詰め掛ける無法者達の視線が集まる。


「さあ、カメラを回せ、余すことなく見せつけろ!」


 スタジアムには利用可能な放送設備が現存しており街には利用可能なテレビジョン受信機がまだ幾つもあった。

 それだけではない、此処で写されたものは現存している回線を通して街の外、ハルスフォードや他の街にも届くだろう。

 この光景を見て未だに街に残るレジスタンスは圧倒的な戦力差に絶望し屈するだろう、他の街や都市は恐怖に駆られるだろう。

 

 その光景を思いゾルゲは昂るがまだ足りない、ゾルゲの野望が達成されるには程遠いのだから。











 ゾルゲに占拠された街には多くのレジスタンスが潜伏している。

 彼等は裏路地や地下空間に隠れ街の解放を目指して準備をしていた。

 そのレジスタンス組織の中心に当たる部屋には数少ないテレビジョン受信機が置かれ、写される映像を憎悪を持って見つめる多くの人がいた。


「ああクソ、ゾルゲの奴を今すぐに殺してやろうか!」


 レジスタンスの一人、血気盛んな若者の呼び声に部屋に詰め掛けた多くの人が肯き同意を示す。

 彼等はゾルゲに街を、家族を、親しい者達を奪われた者達であり誰もが心の内に憎悪をため込んでいた。

 その復讐の対象が映像であるが目の前にいるのだ、今すぐにでも殺してやりたいと思うのは仕方が無い事である。


「やめて、充分な戦力も無いのにあそこに行っても殺されるだけよ。それどころか捕らえられて見世物になるだけよ」


 だが憎しみで頭が茹ったレジスタンスに対して冷酷な現実を告げる声が響く。

 彼らが振り返った先いるのは一人の少女だ、細く頼りない姿ではあるが誰もが彼女の放った言葉を静かに聞いている。


「分かっていますよ!ですが戦力が集まるのは何時なんですか。この前の病院襲撃で幾らか武器は手に入れられたから奴等に一泡吹かせる事も……」


「足りない、全く足りないわ。今の状態で歯向かってもクリーチャー一匹も倒せないわよ」


 レジスタンスの一人が少女に向かって尋ねる。

 それを聞いた少女はどうしようもない現実を仲間に告げるが彼は納得はしていない、そんな彼をどうにか宥めようと少女が考える後ろで物音がした。

 振り返ると杖を突いた青年が頼りない足取りでレジスタンスが集っている部屋の中に入って来た。


「リーダー!」


「ごほっ、カーラの言う通りだ、皆今しばらく堪えてくれ」


「お兄様、治ってもいないのに動いてはいけません!」


 杖を突いた男レジスタンスを纏めるリーダーであり少女の、カーラの兄である。

 その身体には幾筋もの包帯が巻かれ血がうっすらと滲んでいる、杖を突いて歩く姿は見ていて不安になるものでカーラは兄に近寄りその身体を支えた。


「今、ハルスフォードに援軍を要請している。この街は彼等にとっても欠かせない重要なものだ。援軍は必ず来る、それまでもう少しだけ耐えてくれ」


 リーダーは仲間にもう暫く耐え忍ぶことを伝えるが反応は悪い。

 誰もが口を開く事無く俯くだけであり、血気盛んな者達は割り切れない感情を抱えたままリーダーを顧みることなく部屋を出ていった。

 そうして部屋の中の喧騒は静まりテレビジョン受信機から流される音声だけが部屋に満ちる。


「お兄様、部屋に戻りましょう」

 

 カーラは兄を支えて部屋を廊下を歩き兄の自室まで送る。

 部屋には二人の母親がおり、小型のテレビが置かれ電源が入っていた。

 兄を母とカーラの二人で支えてベットに座らせる。


「すまない、私がこの有様でなければ……」


 口を開いたのは兄だった、そしてこれも既に何回も繰り返されたものだ。


「仕方がないのです、それに例え治ったとしても──」


「母上、言わなくとも分かっています。だがマクティア家として、この街の市長の息子であり現当主であるイアン・グラハム・マクティアとして私は先頭に立たないといけないんだ」


「お兄様、分かっています、ですが、ですが……」


 街の市長でもあった二人の父は既に死んでいる。

 戦いとも呼べない一方的な虐殺の中で先頭に立っていた父は真っ先に殺された。

 母親と子供である二人は何とか逃げる事が出来たがそれだけだ、街は占拠され多くの人が殺された。

 地獄の様な日々の中で隠れている間にレジスタンスが結成され亡き市長の息子であるイアンがリーダーとして担がれた。

 

 街を解放する象徴としてイアンは懸命に戦った、だがゾルゲは強すぎた。

 仲間は殺されイアンも傷を負い今では満足に動く事すらできない、動けない兄に代わりカーラが代わりのリーダーとして担がれるが実質的には飾りだ。

 計画は古参のメンバーが立案し実行する、カーラに出来るのは今日の様に逸るレジスタンスを宥める事しか出来ない。


『今日この日から俺達は更なる高みへ進む!そして今日──』


 テレビから流れる復讐相手の声、それに耐えられないのか母親が電源を切ろうとする。


「消さないでくれ」


 だがその行動をイアンは止めた、母親に信じられないような目を向けられながらイアンは自らを卑下するように嗤う。


「見せ付けているんだ、それは分かっている。……だがなこの最悪の見せしめに仄暗い喜びを見出している自分がいるんだ」


「お兄様……」


 二人はイアンに掛ける言葉が見付からなかった。

 やるべきことはやった、打てる手は全て打った、その結果が今なのだ。

 無責任な励ましの言葉は出てこない、言える訳が無かった。

 誰もが口を開くことが無く、只々テレビに視線を向ける事しか出来ないのだから。











「夢だったのかな……」


 全身に残る鈍い痛みを感じながらルナリアは口を開いた。

 

「夢じゃなかった、覚めないで欲しかった、でもこれが私の運命なのかな」


 周りは壁に囲まれて出入り口は一つもない。

 そして壁の上には何度も感じて来た悍ましいモノが沢山いた。

 その事が今自分がいる場所が何処であるかを嫌でも分からされてしまう。


「マカロン無事かな、ママは怒っているかな、パパは心配してるかな」


 此処にはいない人達についてルナリアは考える。

 私を身体を心配してくれたアンドロイド、何が悪い事か教えてくれたママ、そして傍にいると誰よりも安心できるパパ。

 もしかしたらパパもママも本当は自分がいつの間にか見ていた夢ではないかとルナリアは考えた。

 そうであれば諦められた。全部が夢で、幻で、本当はあの暗くて臭くて怖い部屋の中にいたままだったのだ。


「……死にたくない」


 だが夢でも幻でもない。

 初めて食べた魚の味を覚えている、初めて見たアンドロイドを覚えている、初めて読んだ絵本を覚えている、初めて怪我をして心配されたことを覚えている、初めて頭を撫でられた感触を覚えている。

 全てが本当の現実の事だったのだ。


「死にたくないよ、死にたくないよ」


 だからこそルナリアは恐い、死んでしまう事が、パパやママにもう二度と会えなくなってしまう事が怖くて仕方がない。

 

 ルナリアの視線の先、遠くにある会場の入口が開いた。

 だがそれは出口ではなく入口、其処から入って来たのはミュータントのハウンドが三匹。

 口から涎を垂らし、目の前いる哀れな生贄を見ている。


「おい、押すな!こっちに来るな!」


 会場にいるのはルナリアだけでは無い、何人もの大人達がルナリアと共に会場に立たされていた。

 そして今、少しでもミュータントから遠ざかろうと背後にある出入り口の一つに集まり扉を壊そうとしている。

 だが何の道具もない素手では扉を壊す事は出来ない、それを分かっていながら大人達は手の皮を破りながら扉を壊そうと足掻いていた。

 それを見たルナリアも一緒に扉を壊そうと大人達に近寄り──その中の一人がルナリアの服を掴んで投げ飛ばした。


「うえ?」


 どうして、なんで?

 頭の中に幾つもの疑問符が浮かび上がるが時間が止まる事なくルナリアはミュータントの近く迄投げ飛ばされた。


「悪いな、なるだけ引き付けてくれよ」


 ルナリアを投げ飛ばした大人が言った言葉、それが何を意味するのかルナリアは理解してしまった。


「た、たすけて」


 直ぐそこに迫る死を嫌でも感じてしまうルナリアは大人達に助けを求める。

 だが彼等は聞こえているのに振り返ることはなかった。

 彼等にしてみればルナリアを見捨てる事で得られるであろう僅かな時間の方が大切なのだから。


「来ないで、こっちに来ないで!」


 ルナリアはミュータントに向かって叫び後退りする事しか出来ない。

 だがそれが何の意味もない事も理解している。


『美味しそう』


『柔らかい』


『肉、肉、肉、肉!!』


 頭の中に響く声、それは目の前に迫るミュータントの嘘偽りの無い思念である。

 ミュータントは既にルナリアを食糧と定めている、それが覆る事は無い。


「いや、いやああああああああ!」


 ルナリアに向かい三匹が襲い掛かる。

 牙を突き立て身体を引き千切る為に、その悲鳴を断末魔を壁の上に立つ無法者達は楽しんでいた。












 誰もがこの後に訪れる光景を想像できた──だがそうはならなかった。

 コロシアムの会場、その入り口の一つが轟音を鳴らして吹き飛ばされた。


 この爆発が無ければルナリアは叫び声を、助けを求める声を上げながらも救いの手は差し伸ばされる事なく食い殺されていただろう。


 轟音と共にルナリアの前にいたミュータントは吹き飛ばされた。

 会場を囲う壁を凹ませる勢いで衝突しミュータントは身体を冒す痛みに呻く事しか出来なかった。

 そして更なる轟音──銃声と共に放たれた弾丸を頭蓋に喰らい中身ごと吹き飛ばされてあっけなく死んだ。


 この銃声が無ければレジスタンス達は憎悪を抱えながら──その隅にどうしようもない恐怖を抱きながら映像を見つめていただろう。


 ゾルゲもレジスタンスも哀れな男達も、そしてルナリアも、誰もが口を開いたまま何も言いだせなかった。

 予想もしていない、信じられない事がいきなり発生した、目の前の出来事が現実の事なのか判断を下せなかった。


「ルナリア、パパが助けに来たぞ」


 だがルナリアは違った。

 爆発による煙の中から聞こえた声、会いたいと思っていた人の声であったから。


「パ……パ?」


 ルナリアは目を凝らしてパパを探したが見つける事が出来なかった。

 代わりに爆発による煙が晴れると其処にいたのは鎧を着た人が一人。


 ルナリアにはそれが絵本で見た鎧の様に見えたが実際には違う。

 ノヴァがゲームの後半から登場するアメコミの緑の巨人染みた怪物に備え対抗する為に開発した強化スーツの上から装着する強化外骨格の試作品。

 圧倒的な力と速さを装着者に与えるノヴァの切り札の一つ、それが両手に大型銃器を、背中に大型武装を幾つも背負って現れたのだ。


「はい、パパですよ」


 外骨格のヘルメットに搭載された複合カメラが光る。

 その目は守るべきをルナリアを──そして滅ぼすべき相手を逃すことなく捉えている。


 ──ノヴァが居なければゾルゲは大きな問題を起こす事なく決起会を成功させていただろう。


 だがそうはならなかった、ゾルゲの決起会にノヴァは現れた。

 それが意味する事をゾルゲが知るのに時間は掛からなかった。

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