第10話 新しい仲間が出来ました
太陽の光が燦燦と降り注ぐ廃墟、季節が変わり始めているのか最近は気温が高くなってきたように感じるノヴァは背中に幾つもの機械を背負って廃墟の階段を登る。
町の規模はそれほど大きくないものの町一番の高層建築物ともなればそれなりの高さがある。
エレベーターが動いていれば楽に上に行けただろうが現状では階段を使うしか登る術がない。
「ヤバッ、キッツ……、自転車漕ぎで体力、付いたと、思ったのに……」
幾つの階段を登って来たのか覚えていないし、考えたくも無い、そんな疲労困憊な姿を見て心配になったのか階段を先導しているポチはノヴァを気遣い階段周囲を警戒しながらペースを落として合わせてくれる。
そんな感じでノヴァは息を切らせながら階段を登っていき屋上を目指す、そして辿り着いて息を整えてから背中に背負った機械を屋上に広げる。
壊れたアンドロイドの視覚モジュールを流用して作った監視カメラ、それを稼働させる電源を供給する小型の風力発電装置、情報を拠点に送信するアンテナ。
それらを組み立てて屋上に設置、装置を起動させ正常に動いているか確認する。
「お~し、セット完了。一号、ちゃんと見えているか?」
『はい、問題なく稼働しています』
耳には苦労して修理したイヤホンを掛け、そこからは人工音声が発せられている。
声の主は先日目覚めたばかりのアンドロイド、名前は暫定的に『一号』となっている。
装置が正常に稼働しているのを確認したノヴァは残りの機械を背負いなおし今度は降りようとする。
──その前に屋上から見える風景を見る、崩壊し、汚染され、死が溢れる世界を目に収める。
其処は危険が満ち溢れていている世界、だが太陽の光に照らされる風景はかつての世界と何ら変わらずに広く、綺麗な物だった。
『残りの設置個所は三カ所、このペースでいけば日暮れ前には終わるでしょう』
「はいよー、ポチ行くぞ」
「ワンッ!」
苦労して登った階段から地上へ降りていく。
今ノヴァが行っている事は拠点を中心にした監視網の構築であり、どうしてそんな事をしているのかというと目覚めさせたアンドロイドが関係している。
『修理再生センター』から拾ってきたアンドロイドは鹵獲する過程で手足を捥ぎ取ってしまったせいで自力で動く事が出来ない。
それ以前に元から事務用として設計されているためミュータントと戦う能力は無く、目覚めて情報を聞き出した後はその処遇をどうするか悩んだ。
スクラップにするは初めから除外、他の壊れたアンドロイドから取ってきた手足を繋げて直すのも考えたが同一製品の共食い整備とは違い、アンドロイドの規格が若干異なるので手持ちの工具では繋げられない。
正直言って手詰まりだった、専用の工具が揃うまでスリープモードになって眠ってもらうか真剣に検討もした。
だが当事者であるアンドロイドから解決策が提示された。
それは拠点を中心とした監視網の運用、その統括ユニットとしての運用だ。
アンドロイドは元々が施設の保守、運用の為に作られており、戦闘は考慮されて作られていない。
ならば機能を活かせる運用をしてみてはどうかと提案されたのだ。
えっ、監視カメラなんておしゃれな機械なんかない、監視網なんて作ってはいない?
無ければ作れば良いのよ、作れば。
苦行にも等しかった機械の再生をやり続けた事で能力は完全に血肉と同一化した、道具と設備と素材と電源さえあれば、もう何も怖くない。
勿論これはノヴァにとっても助かること、拠点周囲を自分に代わってアンドロイドが24時間監視してくれるのだ。
無論、監視中に何かあれば対処するのはノヴァだが警戒せずに眠れると言うだけでも助けた甲斐はあったのだ。
「だけど純粋に人手が欲しい、一号何かいい考えはあったりする?」
『私と同じようにアンドロイドを再生させるのが有用であると考えます』
「残念だけど施設には君以外に電脳が無事な機体がなかったんだ。物理的に破壊されていて手の施しようがない」
一号以外にも稼働しているか、もしくは修理すれば動ける機体が無いか探索を続けたが一機も見付ける事が出来なかった。
あったのは頭部を撃ち抜かれて破壊された機体しかなく、一号自体が施設で唯一稼働を続けていた機体だったのが分かっただけだ。
『でしたら、この街の外から稼働している凶暴化したアンドロイドを鹵獲するべきでしょう』
「やっぱそうなるか~、そうするんだったら鹵獲装備を作るにも、増えた分のアンドロイドを賄うために自転車を漕ぎ続けないと」
『申し訳ございません、施設にある発電室がある地下区画があの様になっているとは……』
『修理再生センター』の地下には非常用電源としての小型核融合設備があるらしい。
一号の口から最初に聞いたときは小型核融合があるのか! と驚いたが崩壊する前にはありふれていた設備であったらしく、崩壊前の科学力の高さには驚いたものだ。
まあ、高い科学力が仇となって見事に崩壊してしまったとも言えなくは無いが。
それでも核融合と聞いて胸を躍らせるのが男の子である、直ぐに準備を整えて『修理再生センター』の地下区画の探索に向かったが直ぐに引き返す事になった。
──いや、うん、グールが数え切れない程いたとは想像できないよ。
地下に続く階段を見付けて入った瞬間にグールにエンカウント、声なき悲鳴を上げながらクロスボウで殴りつけて倒せば地下からは幾重にも重なって聞こえるグールの唸り声。
直ぐに階段から出て入口を障害物で防いだのは仕方がない、今思い出しても心臓が悪い意味でドキドキしてしまう。
もしかしたらグールたちの正体は崩壊の際に施設に避難した従業員やその家族かもしれない。
それに地下の何処かが崩壊して下水に繋がり、そこからグールが町に出現している可能性もあり得る。
そんな魔窟に踏み込むには装備も何もかもが足りない、探索は当分先の事だろう。
「それこそしょうがないよ。まあ、使えるかどうかは分からないけど将来的には調べる必要があるけどね。今は出来る事に集中しよう」
そう言ってノヴァは残りの設置ポイントに向けて移動を開始した。
◆
目の前には一人の人間がいる。整形の可能性もあるため正確な年齢は分からないが、少なくとも若く見える。
そんな事を考えながら目の前にいる人間に何故自分を目覚めさせたのか理由を尋ねた。
「逃げてと言った、その理由が知りたくて」
純粋な好奇心からの行動であった、さすがにそれ以外にも知りたいことはあったようだが主に情報収集を目的に行った事には違いない。
それからは色々な事を話した、施設での自身の役割、運び込まれた兵器について、当時の前線の様子、ウイルスに侵されてから今に至るまでの出来事。
もう二度と話すことは無いと結論付けていた、だが会話が可能な存在と出会えたことで錆び付いていた電脳がウイルスに侵されながらも残された演算領域で思考を続けることで得た自我が息を吹き返したかのように働きだす。
そして会話が一区切り着いた所で今度はアンドロイドから人間へ問いかける、それは自我が芽生えた瞬間から抱える疑問について。
「生きるとは何ですか?」
人間は驚いたように目を丸くさせている。
アンドロイドが哲学的な質問をするとは思っていなかったのか、それとも己を電脳が壊れた不良品だと思っているのか分からない。
だが人間は驚いただけで暫くの間、宙に視線を彷徨わせ続け、そして考えがまとまったのか口を開いた。
「当たり前の事、疑問に思わない事」
「生きると言っても結局の処は単なる化学反応にすぎず、自我や心は脳神経細胞の煌めきの集合でしかないとも考えられ、魂なんてモノは存在せず人間の記憶情報が生んだ幻影でしかないのかもしれない」
「それでも俺は生きていくよ、其処に大した理由は必要ないと考えているから」
人間は己を馬鹿にする事も、見限る事もなく、視線を合わせ真摯に自らの考え、生きるとは何かを答えてくれた。
その問いの答えに対して何かを言うべきなのだろうか、それとも反論するべきなのか、どうすればいいのか分からない。
混乱の極致にある電脳、それを察したのか人間は笑いながら言う。
「これは直ぐに理解できる事ではないよ。積み重ねてきた時間と経験があって漸く自分に合った答えを手に入れる物だから」
「だからさ、君が今すぐ決めつける事でもない。悪夢に疲れて眠りたいって思っても間違いじゃないんだよ。それでも納得がいかないんだったら、もう少しだけ足掻いて『生きて』みない?」
そう言って人間、ノヴァは眼の下にクマを作りながらも口を開く。
「私の名前はノヴァ。生きるつもりなら出来る限りだけど協力する、代わりに私が『生きる』事にも協力してくれ」
その言葉を聞いてアンドロイドは少しだけ足掻いて『生きて』みる事にした。
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