轢過3回目

 山田は「今回もついていきましょうか?」と出発前に声をかけてくれたが、助手席に貼り付けたような笑顔をした奴がいるほうが、逆に頭が狂いそうなので断った。


 二回目も初回同様に激しい動悸がし、過呼吸のような症状が出たが、なんとか無事に一人でやり終える。謝礼金を手にして、帰り道コンビニのATMに十万円を投入しカードローンの借金をほんの一部返済した。


 少額とはいえ、これは俺が初めてした元本が減る返済だった。



◇◇◇



 三回目のバイト。運転席へ乗り込み、ナビを起動する。それから俺はサンバイザーをおろしたが、そこにタクシー券はなかった。


 しかたなくトラックを降りて、山田たちスタッフのいる事務室へ向かう。少しだけ開いた扉の隙間から中のスタッフたちが談笑する声が聞こえてきた。


「山田さん、今週のデータ入力と先週分の本社への報告送信、終わりました。それにしても送られた『魂』って向こうでどうなってるんすかね」


「んー、なんかいい感じに新しい人生を謳歌できるって聞いてるけどね。運がいいと、こっちでの記憶データごと転送されるみたいだし」


「はは。それじゃ、強くてニューゲームじゃないっすか」


 俺は話の続きが気になって、ドアノブにかけた手を動かさずに聞き耳を立てた。


「近々、厚労省うちと文科省共同で『異世界転生プロジェクト』立ち上げるって、文科省むこうに行った同期が言ってましたよ」


「まぁ、対象者の選定も今の方式だと限界あるからねぇ。現状でさえ目標数に達してないし。プロジェクトで募集して本人からの希望制になるなら、そっちの方が道義的にもありだよねぇ」


「今ってどうやって選んでるんですか? 明文化されてないですよね?」


「こらこら。関連法令だけじゃなく、ちゃんと通達まで目を通す習慣つけないとダメだよ」


 部下に小言を言いながらも、山田はそのあと轢き殺される対象者の選定方法について、こう続けた。


・身寄りがいない、または親類縁者と疎遠

・無職、または労基法に違反している疑いのある会社で雇用されており心療内科などの通院歴がある

・貯金や資産がほとんどない


「ただ、最近の研究結果で、生前から精神面で『ここではない世界、異世界へ行ってみたい』っていう魂の素養……というのかね。そういうものを抱いている人の方が向こうへの輸出が上手く行くみたいなんだよね」


「あ~。未着事故、意外と多いですもんね。向こうからのデータと数字合わなかったりしますし」


「そうそう。だから、WEBサイトでの閲覧情報、読書履歴や動画サイト等の視聴履歴も加味して選ばれてるよ」


「いやぁ、僕も異世界でスローライフとか、スキルで無双とか好きで、よくアニメ観ますよ。あれ? もしかして、これ僕も危ないってことですか? まいったなぁ。あはは」


「まぁ、そういった指向の作品、意図的に市場に増やしていってるのは確かだね。どこ主導での政策かは、私レベルじゃ知り得ないけど」


 彼らの雑談が一区切りしたタイミングで、俺はようやくドアノブを回して、「タクシー券がない」旨を彼らに伝えたのだった。



◇◇◇



 三回目の二十万円を手に入れて、また半分の十万円をATMで返済した。この分だと、このカードローンの借金については意外と早く返し終わりそうだ。ただ、何枚か滞納で強制退会になったクレジットカードがある。


 無職で貯金もない無敵の多重債務者だった俺は使えなくなったカードのことなど、すっかり忘れていたが、再起するならば全部の債務を把握しなくてなるまい。そうはいっても金融機関から届いた催促のハガキはそのままゴミ箱へ直行していたので、知る手立てもなかった。


 スマホで何か良い方法がないか検索をし始める。それにしても便利な時代になったものだ。スマホで調べれば、その場で大体のことはわかる。


 どうやら信用情報を保存している機関へ申請すれば、自分の借入状況について照会ができるらしい。俺はスマホに必要事項を入力し手続きを済ませた。そして、ふと閲覧していたサイトの下部に貼られた広告が目についた。


『初回登録から十四日間無料トライアル! 話題の映画・ドラマ・アニメが見放題!』


 こういったものを楽しむ気持ちも忘れきってたなぁ。金銭的な問題の解決の糸口が見えてきて、少し心の余裕が生まれた俺はこの動画配信サイトに登録をすることにした。 


 どの作品を観ようかと、スマホの画面をスクロールしていく。人気作品と銘打ったカテゴリーには、やたらと長いタイトルのアニメ作品が並んでいた。


 その中でパチンコの遊技台で見たことがあるキャラクターがサムネイル表示された作品をクリックする。パチンコの演出だけではストーリーまではよくわからない。せっかくだ。これから観てみよう。しばらくして第一話が始まった。


 日常シーンが流れる。しかし、十分ほど経ったところでブラック企業務めの疲れ切った主人公がに轢かれて死んでしまった。動揺でスマホが手から滑り落ちる。


 急に脳内に今日の山田たちの会話がフラッシュバックした。スマホを拾い上げ、それから「一度死んで別の世界へ転生するアニメ」の第一話を片っ端から再生していく。


 大型トラックにはねられて轢死。


 通り魔に刺殺。


 大型トラックにはねられて轢死。


 大型トラックにはねられて轢死。


 大型トラックにはねられて轢死。


 電車にはねられて轢死。


 大型トラックにはねられて轢死。


 大型トラックにはねられて轢死。


 過労による心不全で突然死。


 大型トラックにはねられて轢死。


 大型トラックにはねられて轢死。


 大型トラックにはねられて轢死。



――の作品、に市場に増やしていってる。



 山田の仮面のような笑顔を思い出して、俺はトイレに駆け込むと胃の中の内容物を全部ぶちまけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る