流転

長船 改

1

 一人の少年が荒れ野を歩いている。

 

 年の頃は十四~五だろうか。身なりはとても貧しく、着物はぼろぼろで、かろうじて帯によってその体裁を留めている。

 体は栄養が行き届いていないらしく、かなりやせ細っている。

 肌は灼けて真っ黒で、頭は毛の長さの揃っていない汚らしい坊主頭。目は死んだ魚のようにうつろだが、その足取りは妙にしっかりとしていた。

 

 少年は記憶を失くしているようであった。自分がどこから来て、どこへ行こうとしているのかも分からないようだった。

 ひとつだけはっきりとしている事は、少年は失った自分の記憶を探し求めて、ただひたすらに歩き続けているという事である。

 

 やがて、少年の視界に一軒の古びた茶屋が映り込んできた。

 しかしそれはほとんど廃屋で、なぜ少年にそれが茶屋だと分かったかと言えば、半分が腐り落ちてしまった看板に辛うじて、「茶屋」という文字だけが確認できたからであった。

 

 少年は縁台に腰を掛けた。すると、茶屋の奥からぬるりと現れる影ひとつ。


「……なにかご注文ですか?」


 老爺だ。表情は猫背のせいでまるで窺えない。そして肩がクツクツと小刻みに上下している。どうも笑っているようだった。


「いや、探し物をしているんだ。」

「何を?」

「記憶。」


 すると老爺は北東の方角を指差し「あちらに一軒の旅館がございます」とだけ言って、また肩を震わせた。

 少年は礼も言わず立ち上がった。

 いつの間にか、老爺の姿は失せていた。


 風が出てきた。

 老爺が指し示した方角へ少年が歩いていくと、天をも覆わんばかりに高くそびえたつ竹林が現れた。その足元には草が生い繁っていた。少年の太ももくらいの高さはあるだろう。少年は足を止めた。

 

 風が一層強く吹いた。少年の目の前の竹が、まるで十戒のごとくその道を開けた。


 少年は竹林に足を踏み入れた。すると奥の方に何か人影のようなものを認めた。

 赤いちゃんちゃんこにおかっぱ頭。背丈は少年よりかなり低い。年端もいかない女児のように見えたが、竹林の中は暗く、それが確かなのかは分からない。


「こんな所で何をしているんだ?」

 少年は尋ねたが、人影は答えない。


「旅館を知らないか。僕は記憶を探しているんだ。」

 すると人影は少年に背を向けると、跳ねるように奥へと消えていった。


「待て。」

 少年はその後を追いかけた。跳ねる人影。走る少年。二人の距離はつかず離れずを保ちながら、保ちながら……。

  

 そうして竹林を抜けると、少年の前に今度は山が出現した。

 さほど高い山ではない。そんな山の中腹に、一軒の建物が見える。おそらくあれが、先ほどの老爺が言っていた旅館なんだろうと思われた。

 

 先ほどまで少年が追いかけていたあの少女らしき人影は、最早どこにも見当たらない。


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