第32話閑話 森の聖地



「はあはあ、ここまで来たら大丈夫よね」



 口うるさいサーガの族長の目をくぐりぬけ森に隠れる事にした。


「いくらハイエルフだからと言っても限度があると思うわ。成人の儀もまだだし本当なら遊んでいられるのに、毎日お勉強とか、少しは手かげんしてくれなきゃ身がもたないっうの! まったくあのジジイは、融通が利かないんだから」



 そうよ、生まれてからまだ二十年も経っていない私は本来ならまだ子供なの。



 この森はエルフにとって特別の場所だ。


『光り輝く神』が返って来る場所とされているからだ。女神の加護で祝福された純粋な魔力が満ち溢れた聖地。



「うわぁああ」


 いつ来ても喜びが沸き起こる。行く手を導くように魔木が枝を開けて歓迎してくれた。



「やあ、良く来たね」


 一本の大木の樹洞から声がした。


「こんにちは、リーヴ様」


 エルフの祖であり、神の国からの彷徨い人でもあるリーヴ様。


 遥か昔にこの森にやって来た。


 いつかやってくる『光り輝く神』を待ち、もう何年もこの洞で暮らしていた。それこそ私が生まれる、ずーと前から。



「カーラ、その美しい顔を見せておくれ」


 そう言ったリーヴ様は目が見えない。でも心できちんと分かるのだと言う。


 しわくちゃの手で私の頬を撫で、優しい微笑みを浮かべた。



 そして、うんうんと頷きながら「小さなノルン」と私を呼ぶのだ。


 以前なぜノルンなの? って聞いたら「スクルド(未来)だから」ってホント意味が分からないよ。



 ウルド(過去)があってヴェルサンディ(現在)が私なんだって。


 リーヴ様はときどきこう言って私の分からない話を聞かせてくれる。



「よく意味が分からないよ」と首をかしげれば。


「ふふふ、僕たちは小さなノルンがスクルド(未来)でおこす奇跡を待っているのさ」とリーヴスラシル様を見る。



 リーヴスラシル様とはリーヴ様の伴侶で、もうお隠れになったお方のこと。


 大木から湧き出る泉に立つ石柱はリーヴスラシル様のお変わりになった姿だ。



「いずれ僕もリーヴスラシルのようになるだろう」


「石になっちゃうの?」


「そうだね」


「痛くないの?」


「あはは、痛くないよ」


「そうか」と納得した。不思議だがリーヴ様が言うと何でも納得できるのだ。


 お話できないのは悲しいし寂しいけれど、存在を感じることは出来るから怖くない。



 エルフにとって死は恐怖でも悲しみでもなく、大地に帰り一本の大木となって行く事なのだ。



「それにね、父様と母様を呼ばないといけないから」


 リーヴ様の父様と母様。詳しく教えて貰った事は無いけど「やっと存在のかけらを見つけたんだ」と嬉しそうに言われた。



「きっと父様と母様はスクルド(未来)でカーラの助けになってくれるよ」とどこか遠くを見るようだ。



 いまでもどちらか一人ならリーヴスラシル様を使って呼べるらしいけど「どうせなら二人一緒のほうが良いでしょ?」と聞けば、その通りだと思った。


 だって一人はとても寂しそうだもの。



 ここに遊びに来るのもリーヴ様が一人だというのもあるんだよ。


 ぐちを聞いてもらったり、慰めてもらうのが目的じゃ無いからね。



「またおいで」


 適当な時間になればリーヴ様にそう諭される。気がつけばお腹もすいていた。



「はい、次はお花を持ってきますね」




 次はリーヴスラシル様の好きな花を持ってこようと思いながら、リーヴ様に別れを告げて家路に帰るのだった。

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