第31話冬の始まりという存在
すやすやと眠るローザ。
精霊酔いの凄まじさをはじめて見たわ。あれはヤバイ。なんというか本能が剥き出しになってしまってた。
一言でいえば『お姉ちゃんヘブン』だ。
起きたときの姿を想像すると、どんな顔をするんのか心配になってしまう。
ここは、全力でスルーするしかないな。
いつものクールなローザと違って、やわらかい微笑を浮かべて眠りついている。
慈母の微笑だ。
「ふみゅっ」
寝返りを打つたびに、また押し付けられた。
何がって? 決まってるだろう。
ローザはカーラ以上なんだ。
頬でやわらかい感触を楽しむ僕はまだまだ子供。ハーフエルフの僕はまだ二次性徴も迎えてないのさ。生まれて十五年、人族と違う僕はゆっくりと成長する。頭の中では思春期の高校生並みの煩悩にまみれているのに、どこ吹く風とばかりに全く反応しない身体。精神なら三十歳をはるかに超えているのに不思議だ。
えっ? 嘘だって? なにを言ってる。
いまだって本当にぴくりとも反応しないから。
いまだ装甲に覆われた我が息子を使う日は何時来るのか。くそっ! ホントに微妙サイズだし。成長しろよっ!
だけど、そっと手触りの良い髪の毛に指を沿わせながら、たまにはこんな朝があっても良いじゃんと思った。
僕にとって、ローザは母であり姉であるのだから。
※※※
スヴェアの国軍が、ヴィットーリオ伯爵の領地にたどり着いたのは雪の舞う前の日である。
王都から出発した部隊は従者も連れず騎兵のみで先行した。その数二千。
双頭の鷲を印した旗を掲げて、前触れも無く領主達の前を通り過ぎて行った。
この旗印を用いるときは『国王大権』を行使するときであり、何人もさえぎることは出来ないとされていた。
スヴェアで国王は『緊急時には臣民の土地の立ち入り、財産の徴発権』を持っている。もちろん現在は名目的であって、慣習的には貴族議会に権利を委任した状態になっているが王国法上で権利を失っていない。
凡庸とされたエリク七世は迷う事無く大権を行使した。
王宮雀たちがうるさいくちばしを挟んでいたが、後の混乱に目をつぶり事態の収束に動いたのである。
二千の騎士たちは一戦をも覚悟していたがこれは成らなかった。
なぜなら、ヴィットーリオ伯爵から待機の命が出ていたうえに、二百の傭兵は眠るように凍り付いていたからだ。
さらに、ロタの代官は砦の兵士と共に城門に磔とされ事切れていた。
ヴィットーリオ伯爵の領軍指揮官は武装解除に応じ、徴兵した農民たちに家に帰るように告げ解散させた。
そして国境線は難所の峠のふもとまで下げられ王軍騎士の一部がそこに残る事とした。暫定的な処置であった。
そしてククリとの間には空白がおかれ、ロタの町を含む一帯はそれを知る事も無く冬篭りに入ったのだ。
※※※
「そろそろかな」
辺りを雪精霊が埋め尽くしている。
「キラキラしてキレイですね」
ラトリーは冬に変わる瞬間はまだ見た事がないそうだ。この世界の季節の変わり目は凄いからな。僕もはじめてみた時はビックリしたもの。
「来るぞ!」
イネスの声にそろえるかの様に、雪精霊たちに天から一筋の光が注いだ。
女神の祝福だ。
「きたっ!」
一瞬で変わる世界。
光に反応して波紋が広がる。ゆっくりと確実に。
冬の始まりだ。
すべてが凍り付いて行く。
大地を波紋が通り過ぎると木も川も一面氷と雪の世界。
この世界の季節は一瞬で変わるのだ。
「うわぁああああああ」
だれもが皆、無意識に声を上げていた。
峠を街道を降り積もる雪が覆い隠し、ローズウッドは、こうして長い冬を迎えたのだった。
第一章 完了
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