女神ちゃんの発泡スチロール
齋藤 龍彦
【発泡スチロール魔術な無双転生者】
諏訪 未世界(すわ・みせか)は問われ答える。
「ポリスチレン。スチレンの付加重合により得られる高分子化合物で無色透明の熱可塑性樹脂で熱や電気の絶縁性が高い。これを泡状にしたものを『発泡スチロール』といって、断熱材・包装剤として広く用いられているの」と。
11歳女子、小学五年生とも思われないこの喋りぶり。しかしこんなことを言われて『ほう、なるほど』と首肯できる人間もなかなかいない。
「いや、それじゃあなんだかさっぱりだ。この白いのは結局なんてんだ?」
問うた方、歳も
だがそんな身分もどこ吹く風に
「だから『発泡スチロール』だって。それより早くみんなで片付けないと。これ環境によくなさそうだし」と、そう一刻も早い行動を急かしたのみだった。
森の中。辺り一面、雪のように細かく砕けた発泡スチロールが降り積もっている。少年王子ガラドが率い連れている十人の兵士たちはたちで〝自分たちで上げた戦果〟だというのに、その目に入る光景を前にしてただ呆然として立ち尽くしているかのようであった——
——話しをほんのつい昨日に巻き戻す。王城の中でも特に広い広い『王宮広間』と呼ばれる部屋でのこと。
「父上、なんですかコレは?」不満げにそう尋ねたのは少年王子『ガラド・バウム』である。彼は彼の父に答えを求めたのだが、
「なぜあなたにそんなこと言われなきゃなの?」と口をとがらせてもう少女が反駁を始めていた。その少女はもちろん
「あいすまぬ『
「こんなめちゃくちゃな話しにすぐ〝うん〟なんて言えません」
「で、あるな」それだけ言うと国王バウム五世は口を閉じ目をつむった。そうした態度を示されてしまった以上、少々尊大なふるまいをしていた少年王子ガラドも当座黙り込むしかなくなっていた。
が、
王宮広間が静寂の時間に支配される。
つい先ほど未世界が国王バウム五世から聞かされた話しを要約するとこうなる。
『そなたは無双転生者としてこの世界・我が王国へと召還された。悪魔に魂を売り強大となった隣国ギッダイトが我が王国内に魔物を送り出し始めた。その数はあまりに膨大で我が王国の兵の数に限りあり、とてもとても手が回らぬ。一人をもって千の魔物とも当たれる無双転生者の力がどうしても必要なのじゃ。そこでそなた、その持てる無双の力を使い魔物退治に協力してはくれまいか』
ここまでなら〝割とありがちな話し〟と言えた。しかし話しには続きがあった。
『——ただそなたは幼い。だから退治活動はそなたの世界における時間で一日一時間でよい。それをこなしてくれたらその都度帰ることができる。もちろん報酬も払おう。黄金ならば問題はあるまい』と。
この〝これなら〟という破格の条件(?)に対し
「そんなことより父上、なんでわたしたちが台上に席をとらぬのです。ああいう者は本来台下に立たせ謁見を許すもの」
「分かりきったことをきくな、息子よ」国王バウム五世はそう極めて短く応じた。
「分からぬからきいているのです。なぜあんな〝女の子ども〟と対等な立場に——、」
しかしそのことばは
「わたしが〝女の子ども〟ならあなたは〝男の子ども〟じゃない」と
「無礼者。余はこれでも大人である」少年王子ガラドは言ってのけた。もちろん嘘である。なにせ〝少年王子〟であるから。『王子である』と言わなかったのは異世界人相手に高貴風を吹かせて、もし効果が無かったら、と〝権威〟があっさり踏みにじられることを恐れたからである。
王子が読んだ〝
「嘘くさい」とさっそく
(人がそう言ったなら人を立てておくもんだろう)と憤りの方が勝手に少年王子ガラドへと押し寄せてきた。
「人の身の丈がいささか無いのと、そなたの身の丈がいささかあるというだけのことで、余はそなたよりも年上である」
少年王子ガラドにとっての大事の順位は、王子としての威厳が先に立ち、身長がいまいち低いことなど後の後なのである。
「じゃあなん歳?」と
「年齢不詳である」と少年王子ガラドは答える。
「その子どもじみたやり取りはたいがいに致せ」さすがに国王バウム五世が中に割って入った。しかし——
「その子ども相手にここまでへりくだらねばならぬのですか?」と少年王子ガラドが彼の父にかみつけば、
少年少女に責め立てられる中年、国王バウム五世。しかし王国が悪魔に魂を売った隣国に脅かされつつあるという現状に、怒りを露わにするわけにもいかない事情というものがある。無双転生者にはその無双ぶりを発揮してもらわねば困る。それに年端もいかぬ女児を相手にしての、国王としての〝分別〟というものもある。
「〝歳のいった者〟を無双にして転生させると傍若無人な振る舞いをするのじゃ。そして傍若無人な者といえば〝男〟ばかりであった」国王バウム五世は年若きふたりにそう告げた。
だが口にしたことばは事実は事実でも〝女〟を無双にして転生させると実際どうなるかはまったく未知数であった。なにせこれまで〝男〟だけしか無双にして転生させていないのだから、傍若無人な振る舞いをしたのは男のみというのは至極当たり前とも言えた。
(〝無双〟は魔物相手には効果は
とはいえ〝いい歳をした無双転生者〟という一種のならず者の相手を少年状態の息子に任せるわけにもいかない。そこには父親としての〝分別〟というものもある。
『一日一時間、いつでも元の世界に戻れる』、といういっけん
しかしそうした〝事情〟をバカ正直に口になどしない。そこには大人としての〝分別〟というものもある。ただ、これについては勘が良ければ察することくらいは可能とは言えた。
「ききたいことがあるのですが」と
「なんなりと申されよ」と国王バウム五世が応じる。
「ひと口に〝無双〟なんて言いますけどどういう技を出して無双できるんです?」
「どんな技でも。そなたが思った通りに」
「あの……そのことなんですが……」
「なんだよ、もったいぶって」とここで少年王子ガラドが茶々を入れる。
「わたしは戦いたくない」と
「怖いんだろ。無理すんな」とまた少年王子ガラド。
「息子よお前は少し黙っておれ」と国王バウム五世はまず息子の方に釘を刺した。そして(おそらくは〝魔物と言えども生けるもの〟といったところか。女の子ゆえな、)と、そう
「『
「血を見たくないんです」と
(〝男〟でなければやはり無理か……)と自らの人選ミスを悟るしかなくなってくる国王バウム五世。〝女の子ども〟相手のこれ以上の強要は、どちらが『悪の国』か分からなくなるほど。国王としても大人としてもやはりそうした〝分別〟というものは持ち合わせている。
「じゃあ血が出なければいいのか?」と少年王子ガラド。〝黙っておれ〟と言われたにもかかわらず黙れない性分。
(このバカ息子は——)と内心で嘆く国王バウム五世。(話しを横で聞いていて人の心が分からぬのか)という、そうした〝嘆き〟であったが〝外した〟のはむしろ国王の方であった。
「はい。その通りなんです」と未世界。
「だ、そうです」と少年王子ガラド。
国王バウム五世は一瞬だけ頭の中が真っ白になったが、んっんんっ、と咳払いしすぐに状態復帰。「そうした懸念ならば心配ない」と、そう
事実、それはその通りであった。剣を振るっての無双も、射撃の命中率での無双も、無双転生者当人の思い描いた通りの無双ぶりを発揮することができた。ただ、〝剣も射撃も両方とも〟とはいかない。
そこいらあたりの説明をひと通り行い終えると、国王バウム五世は再び同じことばで
「——それで返事をききたいのじゃが、我らの願いに応えてくれるか?」と。
「すこし考える時間をください」
「で、あるな」それだけ言うと先ほどと同じように国王バウム五世は口を閉じ目をつむった。
案外、と言えるほど時間はかからなかったのかもしれない。
「じゃあやります」未世界は実に軽やかな承諾の返事をしてみせた。
「ウソだろ、」と思わず声に出てしまった少年王子ガラド。無言で彼の父に睨まれた。
善は急げ(?)とばかりにすぐ続行で細部の条件の突き詰めに移り、その
しかし王国にはあっけにとられ続けている余裕は無い。さっそくに
もちろん〝ただの人〟とはいうが彼らの元々は王国の兵士であるから〝戦い〟においてまったくのド素人というわけではない。ただ『攻撃魔法』も『防御魔法』も『回復魔法』も、誰もそんな特殊な力は持ち合わせていないというだけであった。攻撃は剣、防御は鎧、という専ら物理な力で戦う者どもであった。
ただこのパーティーの唯一の例外は
(これで勝てるのか?)と少年王子ガラドは率直に思っていたが、それ以上に気分が滅入るのは(パーティーを率いる者が一番戦力にならない)という点にこそあった。
しかし『行きたくない』などと言い出せば、『あの臆病者』と、宮廷内のみならず市井においてさえ陰口を叩かれ蔑まれることが目に見えていたから、行かない選択肢など最初から無い。
当然『パーティーを率い魔物退治に行くのだ』しかない。
もう〝すぐ次の日〟には
「者どもっ、かかれっ!」一群を引き連れた少年が号令をかけた。声の主はもちろん少年王子ガラドである。それを合図に十名の兵士が一斉に〝砕けた白く細かい粒〟の回収に動き出す。既に五体もの魔物が倒された後なのである。
〝かかれっ!〟と言った少年王子ガラド自身、なににかかるのか今ひとつ理解はできていなかった。かろうじて理解できていたのはつい今し方見た光景。
「みなさん、突撃を!」と
こんな時に少年王子ガラドがろくに考えもまとめずそのまま口から出てしまったことばが、
「これはいったいなんなんだ?」であった。
「ポリスチレン。スチレンの付加重合により得られる高分子化合物で無色透明の熱可塑性樹脂で熱や電気の絶縁性が高い。これを泡状にしたものを『発泡スチロール』といって、断熱材・包装剤として広く用いられているの」と。
「いや、それじゃあなんだかさっぱりだ。この白いのは結局なんてんだ?」未だ狼狽ぶりが尾を引き続けている。
「だから『発泡スチロール』だって。それより早くみんなで片付けないと」と、そう一刻も早い行動を急かしたのみだった。森の中。辺り一面、雪のように細かく砕けた発泡スチロールが降り積もっている。少年王子ガラドが率い連れている十人の兵士たちはたちで〝自分たちで上げた戦果〟だというのに、その目に入る光景を前にしてただ呆然と立ち尽くしている——
ようやくその中の一人、隊長職にある兵士が少年王子ガラドに語りかけた。
「王子、これは恐るべき快挙です。五体もの魔物を相手に一人の死人も出していません」
(やはり死ぬのか)
今までその現場をいく度も踏んできた者のことばに身体が硬くなる少年王子ガラド。声も出なくなっていた。代わりに会話としてつなげたのは
「良かった。じゃ、わたしいいことしたんだね、まるで女神ちゃんだね」
(了)
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